軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百九十二話 食事の風景

「エリクは城……?」

「はい、レーア義姉上」

「そう……」

帝都にあるエリクの私邸。

そこにエリクの妻、レーアはいた。

療養中だったが、帝都にやってきていた。

ほかでもないエリクが呼び寄せたのだ。

「忙しいでしょうけど、会いたいと伝えてくれるかしら……? コンラート」

「はい、伝えるっす」

ベッドで横になっているレーアに答えつつ、コンラートは果物の皮をむいて、皿にのせて差し出した。

そんなコンラートがむいた果物を少し食べたあと、レーアはか細く笑う。

「また、三人で食事ができるといいわね……」

「そうっすね。楽しみにしているっす」

笑顔で受け答えしながら、コンラートはレーアに布団をかぶせた。

近頃は喋るだけで疲れを見せるようになった。

負担をかけさせないように、コンラートは部屋をあとにする。

部屋にいれば、いつまでもレーアが喋ってしまうからだ。

念入りに選別した信頼できる侍女たちに世話を任せると、そのままエリクの私邸をあとにする。

向かう先はエリクの待つ帝剣城だ。

帝都は後宮が燃えたにしては、恐ろしいほど穏やかだった。

「北部と南部はどうっすか?」

帝都を抜け、城にたどり着いた頃。

何もないところでコンラートは呟く。

すると、何もないところからシャオメイが現れた。

「着々と対抗勢力が形成されています」

「それじゃあ、引き続き監視と情報収集を頼むっす」

言いながらコンラートは一人、城を歩き続ける。

一人でいることはコンラートにとっては当たり前のことだった。

コンラートは望まれて生まれて来たわけではない。

コンラートの母、ゾフィーアはゴードンを生んだ時点で次の子供は望んでいなかった。

たまたま、できてしまっただけ。

だから、ゾフィーアはコンラートが生まれたあともコンラートに興味を持つことはなかった。

興味があったのはゴードンを武人として育てること。

ゆえにコンラートは侍女に囲まれて育った。

それを問題視して引き取ったのは、エリクの実母であるカミラだった。

けれど、それは皇帝に対するアピールのためだった。

そこに愛はなく、何事も形式的だった。

皇帝が見ている場面では、良い母だった。とはいえ、いつも皇帝が見ているわけではない。

そんなのはときたまだ。

そのため、コンラートは引き続き一人だった。

広い部屋で、侍女が控える中、一人で食事をとるのが当たり前で。

七、八歳までその状況は続いた。

数えるほどの人との食事は、行事の際、家族で集まる時だけ。それも行事のため、食事にあまり集中できない。

作法も守らなければいけない。

だが、状況はいきなり変わった。

ある日の夕食。

コンラートの部屋に運び込まれた食事は三人分だった。

『今日は城に泊まるの。だから一緒に食事をしましょう』

そう言って快活に笑うレーアと、ばつの悪そうなエリクをよく覚えている。

弟がずっと一人で食事をしていることに気づかないとは、何事か。

レーアによって長々と説教を受けたあとだったと、あとから聞かされた。

その日からコンラートの日々は色づいた。

ただ、流されるように家庭教師による授業を受けて、一人で食事をとって、そのまま一人で寝る。

そんな日々は終わった。

家庭教師の授業にエリクが顔を出すようになったのだ。

レーアが城に来ている時は、二人で顔を出した。

コンラートは頭が良い、と初めて人に褒めてもらえた。

今までこんなに気分の良いものだと知らず、嬉しくてコンラートは勉学に打ち込んだ。

コンラートの成長に家庭教師がついていけないとみると、エリクはさっさと家庭教師を変更させた。

十代前半で必要な教育は終わった。

あまりの飲み込みの早さを聞きつけ、カミラはさも自分が教育したかのように振る舞った。

エリクに引き続き、コンラートも秀才に育てたのだ、と。

コンラートにとって、それはどうでもいいことだった。

カミラがいくら凄いと言おうが、侍女がいくら褒めようが、家庭教師が絶賛しようが、コンラートには何も響かなかった。

頑張ったのは、食事の際にエリクやレーアに褒めてもらうため。

それだけがコンラートの活力だった。

ゆえに、二人が関係ない事柄についてはコンラートはやる気を出さなかった。

判断基準は二人が関わっているか、二人が褒めてくれるか。

エリクが出陣する際、エリクはレーアの傍にいることをコンラートに求めた。

コンラートはそれに従った。出陣して、手柄を立てるより、そちらのほうが二人は喜ぶからだ。

二人のために。それがコンラートのすべてだった。だから、コンラートは目立った手柄を立てることはなかった。

皇族として注目されるよりも、二人のために生きているほうが気分が良かった。

ただ、唯一の例外は父である皇帝だった。

母性は二人が与えてくれた。けれど、父性は皇帝ヨハネスが与えてくれた。

忙しい皇帝は、夜遅くまで仕事をしている。子供と一緒に食事をとるのは稀だった。

子供たちのほうが先に寝るからだ。

けれど、ヨハネスはできる限り、時間を見つけて子供たちとかかわった。

限られた回数ではあるが、コンラートも遊んでもらった。

子供心に大切な時間だった。

ゆえに。

「お疲れ様です、殿下」

「ただいま戻りました、殿下」

後ろから聞こえてきた二人の声にコンラートは眉をひそめた。

振り返ると、そこには白いマントを着た二人の騎士がいた。

近衛の証である白いマント。

一人は元近衛第十騎士隊隊長、ラファエル・ベレント。

もう一人は、現第十騎士隊隊長、ブルクハルト・フォン・アルテンブルク。

騎士として礼をする二人にコンラートは告げる。

「殿下なんて呼び方はやめてほしいっすね」

「では、なんと呼べと?」

「なんでもいいっすよ。ただ、心のこもっていない殿下はやめてほしいっす。皇帝を裏切った近衛騎士と、皇帝を見捨てた近衛騎士。二人とも忠義とはかけ離れた騎士のはず。見せかけの忠義は……虫唾が走るっす」

ラファエルは帝都での反乱の際、裏切った近衛騎士隊長であり、ブルクハルトは早々に死を装って、王都での決戦から離脱した。

ラファエルは反乱を有利に進めるために、ブルクハルトはあの決戦で消耗しないために。

どちらもヴィルヘルムに仕える騎士ゆえに。

皇帝を守るべき近衛騎士隊長として、やってはいけない行動をとった。

そんな二人から殿下と呼ばれるのは、コンラートにとって不快だった。

「嫌われたものですね」

ラファエルが苦笑する。

そして。

「ですが、実母と育ての親を騙し討ちした殿下も大したものです。裏切り者同士、仲良くいきませんか?」

「わかってないっすね。同じ裏切り者でも、自分と二人じゃ格が違うっす」

「裏切りに格がありますかな?」

ブルクハルトの質問にコンラートは静かに頷く。

そのままコンラートは歩き始め、二人を見ずに呟く。

「信念のある裏切りは、不義であっても、不忠ではないっすよ」

忠義を誰に向けるかの問題だ。

人はそれぞれ信じるモノのために戦う。

それが違っただけの話。

しっくりこない表情でラファエルは肩を竦めるが、コンラートには関係ない。

もとよりコンラートにとって、他者からの評価などどうでもいいのだから。