作品タイトル不明
第六百九十三話 二人のイレギュラー
「さて、お前はどこまで知っている?」
アルノルト死す。
その訃報が皇帝ヨハネスの下に知らされたのはさきほどのことだった。伝えたのは、部隊を率いて合流したヴィンフリートだった。
事前に竜人族の長老から聞いていたレオは、真っ先にヨハネスに呼び出された。
そのうえでの質問だった。
どこまで知っているのか?
それは難しい質問だった。とくにアルノルトについては。
そして、何かを探るような目を見て、レオは合点がいった。
ヨハネスも自分と同じである、と。
「皇剣というのは不思議なものですね」
「帝国の宝だからな。大地から魔力を集める過程で、残留思念も取り込んでいる。そのため、我々が本来知り得ぬことが見えてしまうことがある」
「ええ……シルバーの正体は――兄さんでした」
レオの言葉にヨハネスは驚かない。
それを知っているかどうかを確かめたかったからだ。
自らも皇剣によってシルバーの正体を知った。
とはいえ、それは答え合わせのようなものだった。
古代魔法は古い魔導書に記されている貴重な魔法だ。その使い手が、無名の村出身などありえない。
それを入手できる繋がりがある者なのは間違いなく、そして帝国においてもっとも可能性が高いのが皇族だ。
資質についても曽祖父が古代魔法使いだ。
正体を隠す理由も、皇族なら納得できる。曽祖父である狂帝が暴れたせいで、古代魔法は皇族の中では禁忌だった。
それぞれヒントはあった。
直接会ったときに感じた、高貴な生まれの気配。
大きすぎる魔力総量。
まるですべてが読み通りとばかりに、必要な場所に顔を出す聡明さ。
実際、ヨハネスもシルバーの正体がアルノルトなのでは? と疑ったことがあった。
もちろん、疑いの段階だった。
レオナルトに肩入れしているのはわかっていたからだ。
だが、それはないと思っていた。
よくアルノルトのことを知っていたからだ。
わざわざ、アルノルトがそこまでしてSS級冒険者をする理由が思いつかなかった。
資質があろうと、理由がなければアルノルトは動かない。
そのことをよくヨハネスは理解していた。
アルノルトは生粋の面倒くさがりだ。SS級冒険者など、面倒の塊のような役割だ。
そんなことするはずがない。
そう思ったのだ。けれど、正体を知った今は考えを改めていた。
「アルノルトのことだ……よほどの理由があったのだろうな」
「母上か、エルナか、クリスタか……家族の誰かのためでしょうね」
自分のためではない。
他者のことでしか動けない。
ある種の欠点。
幼い頃からその片鱗はあった。
自己評価は低く、身内にはとことん甘い。
周りの誰かのためなら、どんなことでもやれてしまう。
だからこそ。
「それにしても……お前の兄の悪い癖が出たな」
「そうですね……」
自分の死の偽装。
理由はわからない。
ただ、必要でなければやらないだろう。
それが厄介だった。
「どうする? 我らは知ってしまったぞ? アルノルトにとっては大きな誤算だろう」
「僕らが平然としているのは明らかに不自然ですからね」
「とはいえ、状況が状況だ。我らが立ち止まっては、連合軍は動けん」
伝わっている状況は一部のものだった。
帝国にヴィルヘルムが現れたこと。
エリクがヴィルヘルムに協力していること。
帝都を占拠したこと。
詳細はまだわからない。
詳しいことを知りたいならば、帝国に入るしかない。
だが、アルノルトが死んだということにもリアクションをしなければいけない。
「エルナはどうしている?」
「気力を失って、眠っています」
「困ったことだが……派手なリアクションは必要ないな」
エルナが動けなくなった。
それだけでアルノルトの死について信ぴょう性が増す。
同じようなリアクションをする必要はない。
ただ、悲しむ素振りは必要だ。
「……悲しむ役はワシが引き受けよう」
「父上は帝国に必要です」
「必要なのはワシではなく、お前だ。だから、お前は兄の死を乗り越えて進む弟を演じよ。乗り越えられない父はワシが演じる」
「しかし……」
「しばらくワシは動けん。これが最善だ」
「……承りました」
「しかし……ワシらはともかくエルナはどうする? 伝えるべきか?」
「兄さんが伝えなかったということは、エルナの反応が必要だったんでしょう。十分すぎるほどの反応は得られた以上、エルナが必要となれば兄さんが来るかと」
「たしかに。転移魔法ならいつでも正体を明かしに来られるか」
沈んだ表情をしてヨハネスは告げる。
それはアルノルトが信頼する幼馴染を駒のように使ったから。
ではない。
それをしなければいけないと、アルノルトが判断せざるをえない状況にしてしまったから。
皇帝として、父として。
皇子に、息子に。
そのような判断をさせた時点で、何もかも失格だと思えた。
「今、アルノルトがどんな気持ちなのか……想像するだけで胸が痛い」
「覚悟をもってやったことのはずです。僕らは邪魔をしないようにしましょう。僕らが気づかなかったということは……敵も気づかない」
「アルノルトの存在が致命的な一撃となればよいのだがな」
「そういう風に動くのが兄さんです」
レオの言葉を受けて、ヨハネスは納得したように頷くのだった。
■■■
「まずはアルノルトの葬儀を行う……」
ベッドの上。
疲れたような表情でヨハネスは連合軍の主要人物に告げた。
仕方ないことだ。息子が死んだのだから。
しかし、それは今やるべきことではなかった。
「皇帝陛下……お言葉ですが、帝国の問題に対処するほうが先決かと」
連合王国の王、ウィリアムはそう告げた。
連合王国は帝国についたのだ。偽物か本物かもわからないヴィルヘルムが、皇太子として居座ったままの帝国を放置されては困る。
もはや事態は帝国だけの問題ではなくなっていた。
「死んだ人間は蘇らない。悪魔という例外をのぞいて。帝国が悪魔に乗っ取られたとするなら、放置はできない」
王国の王子、アンセムもウィリアムの言葉に同意した。
いまだ回復途中ではあるが、竜人族の薬によって毒は中和されはじめた。
体は徐々に回復している。
自分も力になれる。
王国を解放するために多くの者が命を落とした。
それに報いるためにも、今度は自分が命を張る番。
そうアンセムは思っていた。
「我が王国軍はアルノルトの犠牲を無駄にはしない。あなたがこのまま塞ぎ込むというなら、我が軍だけでも帝国へ向かわせていただく」
「連合王国軍も同様だ。国を空けてまで参戦したのは、大陸の危機だからこそ。まだ危機は去っていないなら、それを取り除くまで」
二人は帝国に向かうことを主張するが、ヨハネスは葬儀を優先させると言い張る。
そんな中、黙っていたレオが口を開いた。
「では……陛下は葬儀を。帝国のことは僕が解決します」
「レオナルト……」
「兄さんの死は確かに悲しいですが……帝国をこのままにしては兄さんの死が無駄となります。悲しむのはあとからでもできます」
悲しみを押し殺し、そう告げるレオを見て、ヨハネスはしばらく黙り込む。
そして。
「好きにせよ……」
「では、全軍の指揮権をお渡しください」
「……すべてレオナルトに任せる」
その会話の後、連合軍は怪我人を残して帝国へ進路を取ったのだった。