作品タイトル不明
第五百五十八話 暗躍の匂い
「――ということだ」
長老から聞いた話を俺はクライドに聞かせた。
聞いたことをそのまま伝えただけだが、クライドの衝撃は凄まじいものだった。
直接、光景を見たわけでもないのに頭を抱えている。
「つまり……お前が毒で死ぬまでに悪魔問題を解決しないと、人類は詰むというわけか?」
「正確にはアムスベルグがいなくなる」
「ほぼ同義だな。しかもこっちはシルバーも失う。ほかのSS級冒険者を失う可能性だってあるわけだ。今より状況が好転することはないだろうな」
クライドの言葉に俺は頷く。
時間が経てばこちらが不利なのは間違いない。
しかし。
「その反応を見るに、初めて聞いたんだろうが……ギルドには何も伝わっていないのか? リナレスからも聞かなかったのか?」
「何も伝わってはいない。リナレスからも聞けてはいない。本人が黙っている可能性もあるが……一番はリナレスも知らないんだろう」
「そんなことがあるのか?」
「リナレスの祖父であるアナクレトは寿命で死ぬ前に、すべてを息子に託した。だが、その息子、リナレスの父はリナレスにすべてを託す前に亡くなっている。正体不明の刺客に襲われてな。リナレスを養育したのは母であり、その母はアナクレトの血筋ではない。知っていることには限度があっただろう」
リナレスは特殊な家系だ。
それが刺客に襲われる?
そのことに俺は違和感を覚えつつ、一つ頷いて話を進めた。
「そういうことなら仕方ないな。これ以上、好転することはないということは、裏を返せば今は戦力が揃っているということだ。すべてを終わらせるなら、今を措いてほかにはない」
「たしかに戦力としては充実している。だが、五百年待った悪魔が出てくるか?」
「ウェパルが出てくるかどうかはわからない。だが、他の悪魔が動き出している。悪魔は傲慢だ。他の悪魔が人類を追い詰めれば顔を出すだろう。命からがら敗走した屈辱を忘れるとは思えんからな」
「そうかもしれんが、そうなると俺たちは追い詰められないといけなくなるぞ?」
「王国と帝国が争い、人類は混乱して弱体化する。魔界にいる悪魔はともかく、すでに大陸に潜入している悪魔がその期を逃すとは思えん」
「それもそうだな。病毒が勇者を殺すのを待てなかったから、すでに大陸へやってきているわけだしな」
ウェパルの権能は正しく勇者の血筋に近づいている。
だが、それは五百年という長い時をかけてのことだ。
長老は悪魔のことを傲慢と評した。ならば、人間ごときに持久戦を強いられるのを良しとはしないだろう。
幸い、五百年前と比べて人類の戦力は低下した。
病毒が勇者に届くことを待つまでもない。そういう考えだから大陸に進出したと考えることができる。
決定的な弱体化ではない。だが、悪魔には好機に見えている可能性はある。
「となると……帝国と王国との戦争中に仕掛けてくるか?」
「王国と組んでいれば十中八九、な。やることは変わらない。戦力を配置しておくことだ。いざとなれば、大陸中の戦力を王国に送り込むことになる」
「王国で決戦か……考えたくはないがな」
大陸中の戦力を結集すれば、それだけで地形が変わる。
王国は大陸三強の一角。
その国内で決戦が行われれば、被害はとんでもないことになる。
人は死に、建物は壊れ、物流に影響が出る。
さらにいえば、王国という国の存亡にも関わる。
きっと大陸は五百年前並みの混乱に陥るだろう。
「奴らが場所を選んでくれればいいんだがな」
「敵に期待しても仕方ないか……ギルドはすでに総力をあげて混乱に備えている。すでに打てる手はすべて打っている状況だ」
「それでいい。帝国と王国の弱体化を見て、悪魔が仕掛けてきたら殲滅する。それが今できることだ」
「ウェパルが現れなかったらどうする?」
「その時はその時に考える。だが、俺はどうしても気になる。悪魔は基本的に力押しだ。例外だった悪魔は一人。そいつは魔王に粛清されたとされるが、五百年間の悪魔の動きを見るに、どうにもそいつの影がちらつく」
「魔王軍の大参謀、ダンタリオンか……」
「悪魔が五百年も待ったのも不思議だし、病毒のことについて、まったく後世に伝わっていないのも不思議だ。一握りしか知らないとはいえ、痕跡くらいありそうなものだが、見事に何もなかった」
「何が言いたい?」
「悪魔はダンタリオンの指揮下で動いている気がする。よくよく考えれば、暗躍する組織もあった。魔法関連の書物なんか探し求める組織が、な」
「魔奥公団か……」
「後世に伝えるなら口伝か、貴重な魔導具を使うだろう。口伝は暗殺で阻止できるし、魔導具は買い求めれば回収できる。代々伝わる貴重な魔導具といっても、困窮すれば売り払うのが人間だ」
魔法の奥義を求める組織。
魔導具や魔導書を奴らは集めていた。
奴らの顔はところどころに現れている。
「リナレスの父が暗殺されたのも、その一環なら納得がいく。悪魔と繋がりがある組織なら、さっさとリナレスの一族を消したくて仕方ないだろうからな」
「飛躍しすぎじゃないのか? すべて想像だぞ?」
「ありえる話だ。すべて都合の良いように裏から動かしている……同じ人種の匂いを感じるんだ。この状況からな」
「妙に説得力のあることを言わないでほしいな……」
クライドの言葉に頷きながら、俺は立ち上がる。
話すべきことは話した。
あとはクライドに任せるべきだろう。
「今の情報はお前から周りに伝えてくれ。とくに皇帝には絶対、伝えてほしい」
「自分で伝えるという手はないのか? その……息子だろ?」
「勇者の恐ろしさと同時に、アードラーの恐ろしさも悪魔は知っている。規格外の魔導師なら恐れないだろうが、それがアードラーの血筋となれば話が違う。警戒されるわけにはいかない。これ以上、俺の秘密を知る人間を増やす気はない。たとえ、父であろうと、な」
「難儀な性格をしているな? そうなると、お前が正体を明かすのは悪魔がすべていなくなった時か?」
「……愚問だな。悪魔がすべていなくなれば、アードラーの血筋のSS級冒険者はもっとも危険な存在だ。その時は大人しく姿を消すさ」
そう言って俺はその場を転移で後にしたのだった。