作品タイトル不明
第五百四十一話 黄昏の森
ミヅホ仙国の南部。
そこに黄昏の森はある。
森としてはそれなりに大きい。
だが、特別なことはそれくらい。
どこからどう見ても普通の森だ。
「ここだ、ここ。オレはここから中に入ったんだ。正確には引きずり込まれたんだが」
ジークは一際太い木を指さして告げる。
だが、その太い木に近づいても触っても何も起きない。
「おかしいなぁ……」
ジークは恐る恐る森の中に足を入れるが、何も起きない。
普通の森と変わらないのだ。
「もしかして記憶違いか?」
「いや、合っている。何も起きないのは森を守る力が弱まってないからだろう」
魔法に熟達した者しか見えないだろうが、森の周りには光る膜が張ってある。
あれがこちらの侵入を拒んでいるようだ。
だが、そうなると子供はどうやって入ったのか?
「弱まってないと入れないのか?」
「見る限り、な。子供が侵入したから強化したとみるべきだろう」
「そうなるとお手上げか?」
「そうでもない」
いくつか魔力弾を森に打ち込む。
空から落としてみたり、真っすぐ森に打ち込んでみたり。
だが、すべて森を突き抜けてしまう。
面白い。
性質的には結界に近い。
だが、どの結界とも異なる。
「この森はここにあるようで、ここにないようだな」
「……何言ってんだ?」
「仮説だが、この森には表と裏があるんだろう。今見えて、触っているのは表。竜人族が住むのは裏。裏に入るには正規の手段が必要といったところだろうな」
「へぇ、これだけでよくわかるな?」
「魔法は専門なんでな。ただし、これは魔法ではない。似ているだけの別物だ」
幻術で表の森を見せているわけじゃない。
表は確かに存在している。
少しズレたところに裏側があるのだ。
膜が裏側を作っているんだろうが、どういう原理なのやら。
次元をズラしているのか、それとも想像もできない方法なのか。
興味は尽きない。
だが。
「竜人族は入った者を外に出さないんだったな?」
「長老はそう言ってたな。迷い込んだ人間は外に出さないらしい」
「その言葉の穴をつき、熊にしたか。なかなか愉快な奴もいるようだ」
「そりゃあ見ているだけなら愉快だろうな。薬を飲んで、怪しげな術のあとにこの姿になったら、愉快じゃ片付けられねぇだろうさ」
「その術も興味深いな。中に入ったら教えてもらうとしよう」
「げぇ……こんな術、覚えてどうすんだよ」
「嫌いな奴に掛けるのに使えるな」
「趣味の悪い奴だ。これは善意だが、その仮面、センスないぞ?」
「問題ない。俺自身、よく似合っていると思っているんでな」
ブレない俺に対して、ジークはため息を吐く。
そして、そうですか、と小さく呟いた。
話が逸れたが、竜人族は入った者を外に出さない。
つまり、今回の子供たちのように偶然入る者たちは前からいたということだ。
彼らはどういうときに迷い込んだのだろうか?
それは膜が弱体化したときだろう。
ならば、膜を弱体化すればいいだけだが、すでに試したとおり、攻撃はすべて表の森へいってしまう。
「んで? どうするんだ?」
「裏側に行く方法は二つ。引き入れてもらうか、弱体化したところに入りこむか」
「強化されてんだろ? じゃあ引き入れてもらうか」
そう言ってジークは太い木の前で仁王立ちする。
そして。
「おーい!! ロレッタ! オレだー! ジークだ! 入れてくれー!!」
大声で森に呼びかける。
だが、反応は返ってこない。
「振られたな」
「振られてねぇよ! 失敬な!」
ジークは俺の言葉に怒りだすが、呼びかけに反応がないのは事実。
子供が迷い込んだばかりだ。
きっと見張りくらいは立てているだろう。
こちらの様子は把握しているはずだ。
ジークが助けた女性がいないのか、勝手ができる立場じゃないのか。
きっと後者だろうな、とあたりをつけつつ、俺は深く息を吐く。
「ロレッタが動いてくれないんじゃ打つ手なしだぞ!?」
「何度も言わせるな。そうでもない」
「どうするんだよ!?」
「こうする」
ゆっくりと俺は空へ上がっていく。
そして。
≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者≫
≪銀星は星海より来たりて・大地を照らし天を慄かせる≫
≪其の銀の輝きは神の真理・其の銀の煌きは天の加護≫
≪刹那の銀閃・無窮なる銀輝≫
≪銀光よ我が手に宿れ・不遜なる者を滅さんがために――≫
詠唱を始め、銀の光球が俺の両手の間に生まれる。
押しつぶせば発動だ。
俺の魔力で大地は揺れ、木々たちは騒めいている。
「裏側にいる竜人族よ。お前たちにわかるかは知らんが、自己紹介をしておこう。俺は冒険者ギルドのSS級冒険者シルバー。現状、大陸最強の魔導師と認識してくれていい。見てわかると思うが、こちらは攻撃態勢に入っている。森を開け。さもなければ森を消滅させる。表の森が消滅すれば、裏側も影響は避けられんはずだ」
どこでも裏側の世界を作れるなら、どこでもいいはずだ。
わざわざ森を選んだのは、どこでもいいわけではないからだ。
きっと裏側の森は表側の森に頼っている。表側に壊滅的な打撃を受ければ、裏側も無事ではいられないだろう。
「おい!? 何してんだ!?」
「呼びかけだが?」
「世間じゃそれを脅しって言うんだぞ!? この非常識が!」
ジークの叫びに俺はフッと笑う。
だが、攻撃態勢は崩さない。
いざとなれば森を消滅させることも厭わない。
ゆっくり解析するほど俺に時間はないからだ。