作品タイトル不明
第四百八十一話 諜報員
ノーネームを帝都に招く下地は整った。
ここからはノーネーム次第だ。
だが、それは準備を怠っていい理由にはならない。何が起きてもいいように準備をする必要がある。
「ほう? これが四宝聖具の一つ、聖輪か。在位中に探させたのじゃがな。ギルド本部にあったなら見つからんわけじゃ」
帝剣城にある秘密の一室。
爺さんの隠し部屋で、うちの小さな爺さんが聖輪を興味深そうに調べていた。
「魔導師にとっては最高の味方だからな」
「そのようじゃな。特にお前さんのような、魔力消費が激しい者には理想の装備と言えるじゃろうて」
「好きで魔力を消費しているわけじゃないんだがな」
「あれもしたい、これもしたいと欲張るから魔力が足りなくなるんじゃよ。求めるモノが大きくなれば、それに伴う責任は大きくなる。その責任を果たそうとすれば、消耗するのは当然じゃ」
爺さんは暗に余計なことをしすぎていると言ってきた。
まぁレオを皇帝にするためなら、ノーネームに関わる必要はない。
メリットがあるかもわからない。
それでも。
「俺はアードラーの一族らしくない男だと自負しているんだがな……ときたまその本性が顔を出すんだよ」
「血のせいにするか。たしかにアードラーの一族は欲しがりな一族ではあるがのぉ。どう思う? ヘンリック」
そう言って爺さんは部屋の隅に目をやる。
そこには壁によりかかった男、真っ黒なマントで体を覆ったヘンリックがいた。その顔半分はつけている赤いマフラーに隠されている。
そのマフラーは魔導具であるが、幻術的な効果はない。
つけている者の自然治癒能力を高める魔導具だ。
それと薬を併用することで、凍毒に侵された体でもヘンリックは動けるようになっていた。
「僕に話を振らないでいただきたい。師匠」
「お前さんも欲張りの結果じゃろうて」
「かもしれませんね。ですが、僕には利用価値がありましたから」
「打算での助けはアードラーではないと?」
「打算で理想は掲げられませんからね」
ヘンリックはそう言って呆れたように肩を竦めた。
アードラーの略奪者の性質は、理想を追い求めるがゆえの性質だ。
多くの者からすれば馬鹿としか思えない。
それがアードラーだ。
「そう言う意味では、今回のアルノルトの行動はアードラーらしいのかもしれませんね。打算よりも感情が先に来ていますから」
「打算はあるぞ。ちゃんと」
「それでもリスクとメリットが釣り合わない。前から思っていたが、お前と父上のそっくりなところは、相手とは逆のことをしたがる点だ。諦めている者がいると、どうしても諦めたくなくなる。天邪鬼もいいところだ。付き合うほうの身にもなれ」
「俺に説教とは偉くなったな?」
顔をしかめて告げると、ヘンリックはフッと笑ってマフラーを深く顔によせた。
そのまま何も喋らなくなったので、俺は爺さんのほうへ目を向ける。
「とにかく、準備が必要だ」
「どんな準備が必要なんじゃ? 相手の変化を期待する以上、やれることは限られておるぞ?」
「悪影響を与えないようにしないといけない。悪い虫は払うに限る」
「なるほど。たしかに一人で来ることはないじゃろうな。あくまで形の上だけ」
「そうだ。先代を帝都に近づけるわけにはいかない」
「しかし、元SS級冒険者じゃぞ? どうやって止める?」
「本人を止めるのは爺さんたちじゃない。爺さんたちは連絡員をやってくれ」
元SS級冒険者の先代ノーネーム。
本気で帝都に侵入してきたら、ヘンリックでは止められない。
だからそこは他の者に頼んである。
だが、一応は一人で来いと言ってある。いきなり帝都に入ってくることはないだろう。
おそらく連絡員を使って、今代ノーネームと連絡を取るはずだ。
その連絡員を潰す。
「――承知した」
短く答えてヘンリックは短い杖を二本、その手に持った。
そして視線で転移門を開けと促してくる。
「気が進まんなら手伝わなくてもいいぞ? 正直、帝位争いどころか、ほとんど帝国には関係ないからな」
「まさか。地味な情報収集よりはよほどやりがいがある。それに……助けられる人がいるなら助けるべきだろう。この帝都にいるならば、それはアードラーの役目だ」
そう言ってヘンリックは俺が開いた転移門で城の外へ向かっていった。
それを見送り、俺はやれやれと首を振る。
「一丁前に……」
「弟の成長が嬉しいか?」
「喜んでいるように見えるか?」
「とても、な。儂に感謝するんじゃ。甘えた小僧を男に育ててやったんじゃから」
「誰が感謝するか。前より生意気になってるぞ?」
「子供だな、から、生意気に変わったということは、成長したってことじゃろうて。感謝せよ」
ああ言えばこう言う。
どうやって言い返そうか迷い、やめた。
これは負け戦な気がしたからだ。
ヘンリックは前とは違う。
本来なら魔導具や薬を使っても、一年程度で自由に動けるようにはならない。それぐらいヘンリックの体はボロボロだった。
そこから回復したのはヘンリックの弛まぬ努力があったからだ。
爺さんの稽古もあり、諜報員としては十分すぎるほどの実力も手に入れた。
ヘンリックは変わったのだ。
その事実があるかぎり、この言い合いに勝ち目はない。
「まぁいい。それじゃあ頼んだぞ?」
「――アルノルト」
俺が踵を返すと、爺さんが俺の名を呼んだ。
そして。
「五百年……その時間の重みは人を縛り付けるには十分じゃ。勇爵家は勇者の血を守ることに縛られ、アードラーも強い血を求め続けている。それが一族が続く理由だからじゃ。だから、更生など期待するな」
「たしかにその重みは計り知れないだろう。けれど、その一族が続いてきたのは後世への期待があったからだ。つまり、未来への期待が源だ。人は変われるのだと、それが証明している。俺は期待しているよ。ノーネームは変われるはずだと」
「期待するのは自由じゃがな。期待を裏切られて落ち込むでないぞ?」
「平気さ。俺は期待できない奴には期待しない主義なんでな」
そう言って俺はその場を後にしたのだった。