作品タイトル不明
第四百五十九話 浮いている駒
突然のラインフェルト公爵の登場。
本来なら混乱するところだが、リーゼ姉上の親書を持っているという言葉がすべてを正当化させる。
今しているのは戦の話。
そして戦において、リーゼ姉上ほど精通している者はいない。
「リーゼロッテからの親書か。見せてみろ」
「はっ」
ラインフェルト公爵は傍にきた近衛騎士に手紙を渡す。
そしてそれが父上の手に渡った。
興味深そうに手紙を読んだあと、父上は笑いながらフランツに手紙を見せる。
「面白いこともあるものだな? フランツ」
「面白いかどうかさておき、珍しいことなのは間違いありませんな」
「リーゼ姉上はなんと?」
レオの質問にフランツは苦笑しながら簡潔に答えた。
「王国攻略には自分が出る、と」
「東部国境の守りはどうするつもりなんですかね……」
そんなことだろうと思ったが、予想通りすぎて力が抜ける。
だが、流れが変わったのも事実。
「詳しいことはお前に聞けばいいのか? ラインフェルト公爵」
「はっ、説明はお任せを。リーゼロッテ元帥は配置替えをするべきだと考えています。近年、皇国の脅威はなく、王国の脅威が増しました。そのため、東部国境守備軍の主力を西部国境へ移すべきだと」
「言うのは簡単だが、軍の移動、しかも国境軍の移動は至難の業だ。東から西へ、そして西から東へ。移動だけで何か月かかると思っている?」
エリクが顔をしかめて抗議する。
当然の意見だ。
まったくもって当然で、常識的すぎて突っ込むこともできない。
「それについてはすべてエリク殿下に任せるとのことです。お言葉をそのまま伝えますと、手柄はくれてやるから何とかしろ、とのことです」
「あの女……」
エリクはそれ以上、何も言えなくなってしまった。
俺もエリクの立場なら何も言えないだろう。
きっと頭が痛くて仕方ないと思う。
「リーゼロッテらしいな。フランツ、どうだ? この提案は?」
「最悪ですな、文官の立場から言わせていただくなら」
フランツもエリクと同意見らしい。
現場の将軍からの無理難題。
文官にとってはキレたくなるような提案だ。
「しかし、言っていることはもっともだ。リーゼロッテと東部国境軍が浮いているのは間違いない」
「皇国の脅威が薄れているのは、リーゼロッテが東部にいればこそ。私が外務大臣として皇国を止めておけるのも、リーゼロッテという絶対の盾がいるからです。動かせば、皇国まで対帝国に本腰をいれかねません。外務大臣として、そして皇族として、決して認められません」
エリクがそう言ってリーゼ姉上の要求を跳ね除けた。
エリクの言葉にフランツも頷く。
そりゃあそうだろう。
こういう展開になるに決まっている。
リーゼ姉上も読めないわけない。
こういう要求をしたのは、あえてのはず。
俺はチラリとラインフェルト公爵を見る。
公爵もエリクの意見に頷いていた。やっぱりとんでもない要求だと理解していたようだ。
「ラインフェルト公爵、リーゼ姉上はそれだけしか言いませんでしたか?」
「いえ、拒否された場合の案も考えておられました。軍の配置替えが駄目ならば、自分以外の浮いている駒を使うべきだと」
「リーゼロッテ以外の浮いている駒だと? 誰のことだ?」
ラインフェルト公爵の視線がエリクへと向かう。
エリクは表情を変えずに、その視線を受け止めた。
「亡き皇太子殿下の軍師、エリク殿下を前線に復帰させるべきだと。皇国は自分が抑えるゆえ、問題なしとのことです」
「私を前線に復帰させるだと?」
「レオナルト殿下とエリク殿下。二人で王国攻略に当たれば、ほぼ負けはないとリーゼロッテ元帥はお考えです。かつて、皇太子殿下を支えた智謀をもう一度、前線で活かしてはいかがでしょうか?」
一瞬、静寂が流れた。
確かに万全の態勢ではある。
だが、一つ問題がある。
「それは私に……レオナルトを補佐しろということか?」
「私はリーゼロッテ元帥のお考えを伝えただけですので」
ラインフェルト公爵は一歩下がる。
それだけエリクが発している圧が重かったからだ。
エリクは前線に出るタイプではない。あくまで、参謀、軍師の類だ。
ゆえに誰かが前線を張ってこそ活きる。
サポート型ということだ。
レオと組めば、必然的にレオを補佐することになるだろう。
かつて皇太子と組んでいたときのように。
「私が補佐するのは……ヴィルヘルムのみだ。他の誰も代わりは務まらない」
静かにそうエリクは告げた。
二人での出陣を拒否したことになる。
そうなると、話は最初に戻るわけだが、何もかも最初には戻らない。
対王国戦をどう戦うか、というのが今の話だ。
アルバトロ公国を抑えるべきというのは共通認識で、あとは本格的に王国軍とどう戦うか。そこが問題だった。
エリクがこの流れを作った思惑は二つ。
俺とレオを離したいという思惑。
もう一つは対王国戦において重要ポストを確保したいという思惑。
だが、今、自分は前線には出ないと宣言してしまった。
これはエリクにとっては困ったことだろう。
「エリクの心情は理解できる。無理強いはできんな」
「そうなると候補はレオナルト殿下のみとなります。相手は強力になった王国軍。並みの将軍では相手にならないでしょう」
父上とフランツの言葉に、エリクはかすかに眉をひそめた。
おそらく当初の予定では、自分子飼いの将軍たちと共に自分が前線に出る気だった。
皇太子と共に暴れ回った頃のエリクを知っていれば、その提案は悪くないと映るだろう。
そこにレオが絡んだことで頓挫した。
受け入れるわけにはいかなかったんだろう。
補佐はどこまでいっても補佐。
エリクの武名が轟いていないのは、あくまで皇太子の補佐だったから。
今回も同じになる。
自分にメリットがない以上、受ければ終わりだ。
まぁ、断わり方はもう少しあったかもしれない。エリクらしくもない。感情的な言葉だった。
エリクを良く知る、リーゼ姉上だからこそというべきか。
「では、対王国戦についてはレオナルトを主軸として考える。それでよいな?」
「異論ありません」
誰よりも早く、エリクはそう言った。
もはやここからひっくり返すのは不可能と判断したんだろう。
エリクらしい判断だ。
だが。
「陛下……万が一、レオナルトが失敗した場合は……私が前線に出ましょう」
「ヴィルヘルム以外、補佐しないのではないか?」
「帝国を守るほうが優先されます。レオナルトだけで勝てるなら、それに越したことはありません。私も外交に専念できますので」
「なるほど。では、万が一のときは頼むぞ?」
「はっ」
レオに譲ったかわりに、その次を確約させた。
それでも十分勝機があると踏んだか。
まぁ相手は聖女と共に連戦を重ねた将軍たちだ。
手こずることは十分ありえる。
失敗の判断は人それぞれ。気をつけねば良い所だけ掻っ攫われてしまうだろう。
「そうなると、アルバトロ公国にはアルノルトが行くことになるな?」
「仕方ありませんね」
「ふむ、少し帝都でゆっくりしてから出発せよ。王国もお前の動きはマークしているはず。すぐにお前が公国へ向かえば、こちらの動きを察知されてしまう」
「わかりました」
こうして対王国戦の基本方針は決まったのだった。