軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百四十七話 伏兵の街

ヘンリックの本陣は逃げ続け、ラーゲという小さな街に入っていた。

そこに逃げ込んだとき、ヘンリックの本陣は五百人以下となっており、疲弊して戦えるような状況ではなかった。

そんなヘンリックをレオは正確に捉えていた。

「上空から見た限り、敵は五百人以下。疲弊して座り込んでいます」

「そうか……」

ラーゲの街の近くでレオは五千の追撃部隊を待機させていた。

レオの号令があればいつでも攻め入ることができる。

しかし、レオは動かなかった。

「殿下……攻め入る好機かと思いますが……」

山火事によって後れを取ったが、レオはラーゲに逃げ込むことを読み、最短距離を走ってきた。それゆえにここまで距離を詰めることができたのだ。

敵軍は散り散りに撤退している。本陣に合流する動きも見えない。

狙われているのが本陣だからだ。

自分たちを置いて真っ先に逃げた本陣を助けに来る将軍などいない。

どう考えても好機だった。

だが。

「静かすぎる」

「静か、ですか? 敵は疲弊していますし、そのせいでは?」

「けれど、街の人は違う。戦場になることが目に見えているのに逃げる人はおろか、騒ぐ人もいない。空から街の人は見えたかい?」

「たしかに……もう一度見てきます」

「そうしてくれ」

フィンに頼みながらレオは軍を二つに分けて、街の東西に配置した。

馬の移動音は大きい。

普通の民なら恐怖で悲鳴くらいはあげるだろう。

だが、街に異変はない。

「何もなしか……」

レオは馬上で考え込む。

そこにフィンが戻ってきた。

「どうだった?」

「民の姿は見えません。軍の移動にも反応はありませんでした」

「そうか。全軍に通達。撤退だ」

「撤退されるのですか……?」

「わざわざ危険を冒すほどヘンリックに価値はないからね。おそらく民家に潜んでいるのは民ではなく、兵士たちだ。ウィリアム王子が用意していた部隊だろうね」

ふぅと息を吐き、レオは肩を落とす。

簡単にはいかない相手だとは思っていたが、予想以上だった。

撤退した時点で最悪を想定して、部隊を配置していたに違いない。

戦場におらずとも戦局に影響を与えるのはさすがというしかなかった。

ここで無理にヘンリックを狙いにいけば、手痛い反撃を食らうのは目に見えていた。

「すでに勝利は確定している。あえてその勝利を汚すことはないさ。綺麗なまま終わろう」

「かしこまりました」

「……」

レオはしばし考え込んだあと、部隊にいる魔導師を呼んだ。

そしてその魔導師に拡声の魔法を使わせて、街に向けて顔を向ける。

「街に潜む部隊の指揮官へ。僕はレオナルト。見事な伏兵だ。ウィリアム王子に流石と伝えておいてほしい。そしてヘンリック。命が惜しいならウィリアム王子を頼ることだ。彼は状況をよくわかっている」

それだけ伝えるとレオは部隊と共に撤退を開始した。

そんなレオの横。

低空で飛行しながらフィンが疑問を口にした。

「なぜ助言をしたのですか? 弟君だからですか?」

「甘いと思うかい?」

「弟君というだけの理由でしたら、甘いと言われても仕方ないかと。相手は反乱者です」

「そうだね。まぁ弟だからというのもあるよ。けど、それだけじゃない」

「問題なければお考えを聞かせていただけますか?」

「簡単だよ。ゴードンはヘンリックを殺そうとする。見せしめに、ね。けど、ウィリアム王子はそれを止める。今の状況で弟を殺すのはまずい。ヘンリックが失態を犯したとはいえ、止められなかった将軍にも非はある。弟を殺すなら自分も殺される。そう思われても仕方ない。それをウィリアム王子は見過ごさない。助けを求められたなら尚更ね」

「なるほど。しかし、敵を助けているように思えますが?」

「ヘンリックが生き残ってくれればまた失態を演じてくれるかもしれない。それにね、ヘンリックを助けることでウィリアム王子はゴードンと対立する。有効な手だと思わないかい?」

ウィリアムの危険性はレオが一番よく知っている。

ゴードンが全幅の信頼を寄せたうえで全軍を任せるような事態になれば、どれほど苦戦するかわかったものではない。

そのため、ゴードンにはウィリアムを警戒してもらわなければいけない。

連合王国が欲しいのは操れる旗印。ゴードンでは強すぎる。

ヘンリックを擁立して、傀儡としようとしていると考えてもおかしくない。

ウィリアム個人がそれを考えるかは別として、連合王国ならばそう考えてもおかしくない。

だからこそ、ゴードンはウィリアムを警戒する。

「殿下は武芸だけでなく、策謀にも長けているのですね」

「別に長けてないよ。真似しているだけだから……本物の策士の足元にも及ばないさ」

「ご謙遜を」

「謙遜じゃないよ。事実だ」

言いながらレオは苦笑する。

その本物の策士は今頃、せっせと裏工作に明け暮れているのだろうなと思ったからだ。

■■■

ラーゲの街に潜んでいたフィデッサー将軍は、伏兵に気づいたレオに舌を巻いた。

「さすがは英雄皇子というべきか……」

逃げる敵本陣。

ようやく追い詰めた以上、さっさと突撃したい局面だ。

その隙をつくために、民を移動させて部隊を待機させていた。すべてウィリアムの提案だ。

しかし、わずかな違和感からそれを見破られてしまった。

自分なら間違いなく突撃する場面。

「かなわんな……」

呟きながらフィデッサーは民家を出た。

それでも敵は撤退し、ヘンリックを守ることはできた。

レオが傑物ならウィリアムとて傑物。

戦場にいなくてもレオを阻止してみせた。

将軍として認めざるをえない。器が違いすぎると。

「あの殿下もそれを認めてくれればいいのだがな」

言いながらフィデッサーは街の奥で震えるヘンリックの下を訪ねた。

布にくるまりながら、ヘンリックは蹲っていた。

「殿下。レオナルト軍は撤退しました。我々も本拠地に戻りましょう」

「い、嫌だ……ゴードン兄上が……僕を殺す……」

「大敗北ですからな。指揮官の首が飛ぶのは仕方ないかと」

「ぼ、ぼ、僕のせいじゃない! ウィリアムが撤退したからだ!」

「お忘れですか? そう仕向けたのは殿下です」

「みんな賛成したじゃないか!」

「それでも殿下が指揮官だったのです。レオナルトは最後に助言を残しました。死にたくないならばウィリアム王子を頼れということです。どうするかは殿下にお任せします」

そう言ってフィデッサーはその場を去る。

そんな中、騎馬隊がラーゲの街に入っていた。

その先頭にいたのはギードだった。

「殿下! 殿下! ギードが参りました!」

ギードは慌てた様子でヘンリックの下へと向かおうとする。

だが、その肩をフィデッサーがつかんだ。

「なんだ!? 無礼だぞ!? 僕を誰だと思っている!?」

「殿下の側近であるホルツヴァート公爵家のご長男では?」

「わかっているなら手を離せ!」

「一つ質問があります。今までどちらへ?」

「お前に言う必要があるのか!?」

「言葉にお気をつけられよ。今、まさにレオナルト軍と一戦交えようとしており、気が立っております。今までどちらに?」

フィデッサーの鋭い目を見て、ギードは小さく悲鳴を吐く。

ギードの周りにいた兵士も、フィデッサーの部下たちに睨まれて動けずにいる。

仕方なく、ギードは答えた。

「で、殿下とはぐれ、敵の包囲を潜り抜けてきたんだ!」

「ほう? 包囲を潜り抜けてきたと? それにしては綺麗な鎧ですな?」

ギードの鎧には傷ひとつついていなかった。

ヘンリックの鎧ですら小さな傷が無数についているのに、だ。

フィデッサーは怒りに満ちた目でギードを睨む。

「逃げたヘンリック殿下を擁護する気などないが、その殿下を囮にして自ら安全圏へ逃れる者を許す気もない! この撤退で何人の兵が死んだと思っている!? 今頃やってきて得意顔をするのはやめてもらおう!」

「な、なんだと!? 僕はホルツヴァート公爵家の長男だぞ! 侮辱は許さない!」

「許さないならどうする!? そもそもこっちのセリフだ! 殿下を諫めるべき側近がなぜ逃げた!? 一体、何しに戦場に出てきた!? この無能者め!!」

「む、無能者だと!? ま、負けたのは将軍たちのせいだ! 僕のせいじゃない!」

「本陣が先に退いたのだ! 何の指示もなく! 現場の将軍に何ができる!? その時どこで何をしていた!? 殿下の護衛によれば、撤退を進言したのはホルツヴァート公爵家の長男だという話だが!?」

「ぼ、僕は……うわぁぁ!!?? 何をする!?」

フィデッサーは怒りに任せてギードを地面に押さえつけた。

そしてそのままギードの腹部を蹴る。

「汚れていない鎧、怪我もしていない体。それで殿下の前に出れば、逃げた臆病者と勘違いされるやもしれません。それではホルツヴァート公爵家の名折れでしょう? 我々が激戦を抜けてきたように見せてあげます。やれ」

「うわぁぁぁぁぁ!!?? やめっ! 痛い! 痛い!!」

フィデッサーは部下に命じて、ギードを袋叩きにした。

ギードの部下たちも同様だ。

すぐにギードたちは土まみれになり、小さな傷も無数に負った。

「うぅぅ……やめ……もう許して……」

「これで言い訳ができるでしょう。あなたは殿下とはぐれた後、激戦を突破したと」

「ううぅ……」

蹲っているギードを見て、殺してやりたい気分に駆られながらフィデッサーは自分を抑える。

この大敗戦の責任を取る者が必要だ。

一介の将軍ではなく、もっと高位の者。

ギードの責任はホルツヴァート公爵家の責任だ。

「監視しておけ。絶対に逃がすな。ウィリアム王子なら上手く使うはずだ」

「はっ!」

フィデッサーはそう指示を出しながら、撤退準備に入ったのだった。