作品タイトル不明
第二百三十二話 帝国元帥
「リーゼロッテがなぜ帝都にいる!? 東部国境はどうした!?」
「内密に護衛としてお招きしておりました。東部国境は適切な代理を立てるとご本人が言っておられました」
フランツは静かにそう告げた。
フランツとリーゼがやり取りをしたのは極秘裏の手紙で一度だけ。
フランツは状況を説明し、護衛として帝都に来るように求め、リーゼはそれを了承した。
余計なやりとりは情報が漏れる可能性があるため、一切していない。そのためフランツも東部国境を現在誰が守っているか把握していなかった。
一応幾人か候補は出して推薦したものの、リーゼがこちらで対処するといって余計な口出しをさせなかったからだ。
東部国境を完璧に守り通してきたリーゼならば、人選を間違えることはないだろうとフランツも深く掘り下げることはしなかった。大事なのは誰にもバレないようにリーゼが帝都に来ることだったからだ。
リーゼがいると思っていれば、皇国は決して動かない。そうフランツは分析していたし、事実、そうであった。
「すべて任せるとは言ったが、国境守備の要を帝都に来させるとは何事だ!? なにより、なぜわしが呼んでも中々来んのに、お前が呼んだら来るのだ!?」
怒るポイントはそこかとフランツはため息を吐く。
なんと言うべきか迷っていると、後ろからエリクが口を挟んだ。
「父上、お話は別の場所で。ここでは目立ちます」
「エリク殿下の言う通りです。移動しましょう」
「ぐぬぬ……」
納得いかないと言った表情のヨハネスを引きずるようにして、フランツはリーゼたちの後方へと下がる。
そこでフランツはこれからの段取りを説明した。
「陛下。まずは東門より脱出を」
「脱出だと? 帝都を捨てろというのか?」
「予想よりゴードン殿下に加担した将軍が多いようです。勇爵がすでに備えてくれています。そちらと合流してから後日討伐といたしましょう」
フランツの言葉にヨハネスは一瞬、帝剣城に視線を向けた。
そちらにはまだ多くの妃と子供たちが残っていたからだ。
だが、すぐにヨハネスは視線を切った。
帝都を一時とはいえ捨てるということは民を見捨てるということ。皇帝として妃や子供の安否を気に掛けている場合ではないからだ。
そんなヨハネスの隣でオリヒメが告げる。
「安心するがよい。皇帝陛下。城ではアルノルトが動いておる。こそこそ動くのは得意ゆえ、なんとかするだろう」
「些か不安ではあるが、そう信じるとしよう」
オリヒメの言葉を受けて、ヨハネスは少し表情をやわらげた。
そしてフランツに視線を向ける。
「考えはわかった。しかし、帝都に籠られれば厄介だぞ? ゴードンがいれば天球も発動できてしまうからな」
「致し方ないでしょう。城に配置した近衛騎士隊長たちにはいざとなれば、虹天玉を持って離脱するように指示を出しております。三つ揃わなければ天球は発動できませんし、いざとなれば勇爵に聖剣を使ってもらうという手もあります」
「出来れば使いたくない手だな」
「手段を選んではおれません。タイミングよく闘技場に連合王国と藩国の要人が居なかったところを見れば、ゴードン殿下と協力関係である可能性は高いでしょう。加えて聖女の一件が陽動だとするなら、王国もそこに加わります。ゴードン殿下に時間をかければ国境がそれだけ危うくなります」
フランツの言葉にヨハネスは思わず舌打ちをする。
ゴードンだけでなく、他国が関わってくるとなると問題の深刻さが跳ね上がる。
他国が帝国を恐れるのは帝国は強国、帝国は揺るがない、という認識があるからだ。しかし、今回の反乱はこれまで盤石だった帝国に生じた数少ない隙となる。
三年前の皇太子の死以上の混乱が待っているかもしれない。
そのような混乱を招くほど愚か者ではないと思っていた。
どうにかしてヨハネスを打ち破り、帝国の支配権を得たとしても弱体化した帝国に待っているのは目をぎらつかせた他国との戦争だ。
協力した国は無理難題を要求し、皇国はゴードンの帝位を認めないだろう。南部の公国もこれを機に大陸中央に打って出るかもしれない。
ゴードンが待ち望んだ戦争ではあるが、明らかに帝国が不利な全面戦争だ。
その未来が見えていないのか、見えていてもどうにかなると踏んだのか。どちらにせよ、愚か者という言葉しかヨハネスには思いつかなかった。
そんなヨハネスの目に戦場のど真ん中で相対したリーゼとゴードンの姿が見えた。
相対する娘と息子。
かつては競い合いながらも肩を並べた子供たち。
迷いは一瞬。すぐにヨハネスは戦場全体に響き渡る大声で告げた。
「リーゼロッテ元帥! 殺して構わん! 帝国に楯突くことの愚かさを教えてやれ!!」
そう告げたあと、ヨハネスはそのまま踵を返して東門に向かったのだった。
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戦場の中心でヨハネスの号令を聞いたゴードンは鼻を鳴らした。
「ふん! 何が楯突くことの愚かさだ! 父上は弱くなられた! かつてのような精強さがあれば俺も反乱など起こさなかったものを!」
「まるで……反乱を起こさせた父上が悪いと言わんばかりだな?」
「無論、そのとおりだ! かつての父上ならば今の帝国には強い皇帝が必要だといち早く気づいたはず! 軟弱なエリクはもちろん、レオナルトのような甘えた小僧と俺が競いあっていることがおかしいのだ! 帝国のために強い皇帝! つまり俺が皇帝になるべきなのだ!! それに気づけぬから反乱を起こしたまで!!」
自分を正当化させるゴードンに対し、リーゼは静かに剣を構える。
攻撃する気なのだとゴードンは手に持った大剣を構えたが、その大剣をすり抜けるようにしてリーゼの剣がゴードンの首に迫った。
「くっ!」
咄嗟に体を後ろに傾けたため、ゴードンの首が飛ぶことはなかったが、薄っすらと傷がつく。
「愚かだ愚かだと思っていたが、私の想像以上だったようだな……。そこまで自分に自信があるならば帝位争いで勝ち抜けばよいだけのこと。この場で反乱を起こした時点でお前はエリクにもレオにも勝てないと自分で認めたのだ。反乱に走ったことがお前の弱さだと知れ。だからお前は帝国元帥の地位にすらつくことができなかったのだ」
「俺は弱くなどない! 帝位争いなどでは俺の力は測れぬ! 回りくどい暗闘など弱者の戦いだ! 帝位争いという枠組みに俺を押し込めること自体が間違いなのだ!!」
「小細工を弄し、反乱を起こすのは暗闘ではないのか? お前のやっていることはすべて矛盾だ。皇族は帝国のために。それさえも忘れ、帝国に災禍をまき散らすお前は皇族としても将軍としても失格だ。貴様のような息子を持って、父上もさぞや悩ましかったことだろう」
「馬鹿にするな! 帝位争いにすら名乗りをあげず、国境に引きこもった貴様に何がわかる!!」
そう言ってゴードンは手に持った大剣に魔力を込める。
すると大剣が光り輝き、ゴードンを包み込む。
「なかなか上等な魔剣を用意したようだな。そんなに自分の力に自信がないのか?」
「ふん! それ以上の侮辱は許さん! 貴様など捻りつぶしてくれるわ!!」
「ならば掛かってこい。帝国元帥の名において、その首を刎ね飛ばしてやろう」
ゴードンは剣を思いっきり振り下ろす。
それをリーゼは後ろに下がって避けるが、その一撃で地面が大きく陥没した。
「身体能力強化の魔剣か。お前らしいといえばお前らしいな」
「これが俺の力だ! 貴様に勝ち目はないぞ!! 父上に貴様の首を投げつけてやろう!」
ゴードンの言葉にリーゼは押し黙る。
それを気にせず、ゴードンは追撃をかけた。
横殴りの一撃。
リーゼはその一撃を受け止めた。
そして。
「私がわざわざ国境から出向いたのは父上にお前を討たせたくなかったからだ。兄上を失い、父上は心に深い傷を負った。それでも父上はお前が反乱を起こせば、お前を討つだろう。だから私が来た。これ以上……父上には傷ついてほしくはないからだ」
「甘いな! 国境に引きこもって情に流されるようになったか!」
「好きなように言え……父上に息子を討てと命じさせた罪は重い。よくも言わせたな? その親不孝の代償は――その首で払ってもらうぞ!! ゴードン!!」
言葉と同時にリーゼはゴードンの剣を弾く。
そしてそこから両者は一歩も動かずに激しい打ち合いを繰り広げ始めた。
まるで嵐のような二人の打ち合いは、近くにいる兵士たちすら巻き込んでいく。
どちらかが死ぬまでその剣は止まることはないのではないか。
そう周りにいた兵士が感じ始めたとき。
突然、帝都を巨大な結界、 天球(フィルマメント・クーゲル) が覆ったのだった。