軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百三十一話 親孝行

帝国東部国境。

そこには壁のようにそそり立つ巨大な建造物がある。

帝国東部国境防衛の要。

その名はアイゼンヴァント要塞。

帝国東部国境守備軍の本拠地であり、対皇国の最前線である。

「いやはや、わしが迷わず目的地についたのはいつぶりじゃろうか」

「あんなに周りを無視して走れば、そりゃあ迷子になるよ……」

本来、そこには縁がない二人組がいた。

ドワーフの老人にエルフの娘。

まったくもってちぐはぐなコンビ。

エゴールとソニアだ。

シルバーからの要請を受け、エゴールはすぐにソニアと共に東部国境を目指した。その旅路でソニアはエゴールが迷子になる理由がよくわかった。

エゴールは常人とは移動速度が違うのだ。ソニアを抱えたままでも瞬時に大地を駆け抜け、本来曲がらなければいけない場所をあっさりと通り過ぎてしまうのだ。

ソニアがストップと言って、状況を確認しなければエゴールは東部国境ではなく、北部国境に行っていたことだろう。

「次から気を付けねばならんのぉ」

「それで何百年も治ってないんでしょ? たぶん治らないよ、その迷子癖」

呆れたようにソニアがつぶやいた。

迷子の剣聖と呼ばれるほどだ。もはやトレードマークに近い。

誰かが傍でコントロールするか、本人に移動させないか。どちらかしか対処法はないだろう。

今回は前者だったわけだが、ソニアは二度とごめんだと思っていた。

エゴールに抱えられての移動はソニアにとって、いろいろと常識外れすぎたのだ。

気づいたときには山を越えていたときは、めまいがしたほどだった。

しかし、そのおかげで早めに東部国境には着けた。

「それでドワーフの王様をどうやって連れ戻す気なの?」

「連れ戻しにきたわけではない。わしがここにいれば皇国は決して攻めて来ぬ。頑固者のドワーフを止めるのは困難じゃしな。だったら戦いが起きないようにしようと思ったのじゃろう。シルバーは」

「それだけだったらお爺さんは必要ないと思うけどなぁ」

ソニアはつぶやきながら要塞の中を歩く。

すでにエゴールの名を出し、ドワーフ王との面会許可は得ている。

廊下を真っすぐ行ったところの部屋だと告げ、案内してくれた兵士はそそくさと任務に戻ってしまった。

急いで任務に戻らなければいけないほど人手が足りないのだろうかと、ソニアは疑問だった。

東部国境は帝国にとって最重要の国境といってもいい。

ゆえにそこに配置されている東部国境守備軍は帝国軍最強なのではと噂されている。

「率いるは帝国元帥、リーゼロッテ・レークス・アードラー。第一皇女にして皇族最強の将軍。皇国は彼女が東部国境守備についてから軍事行動を起こしたことはない。それだけ恐れられているってことだし、お爺さんがいなくても彼女がいれば皇国は攻めてこないと思うけどなぁ」

「わしもそう言ったのじゃが、シルバーが貸しを持ち出したのじゃ。行かんわけにはいかんじゃろ?」

「シルバーが貸しを無駄に使うかなぁ」

ソニアは呟きつつ、部屋の前で咳払いする。

中にいるのはドワーフ王と帝国元帥。

失礼があってはいけないと身だしなみも整えるが、そんなソニアの横でエゴールはさっさと扉を開けて部屋に入ってしまう。

「邪魔するのぉ~」

「ちょっ!? お爺さん!?」

友人の部屋に入るような気安さで、ノックもなかった。

驚いたソニアはすぐに頭を下げて謝罪する。

「も、申し訳ありません! このお爺さん、もうボケてて!」

「わっはっはっ!! あのエゴール翁が若いエルフ娘にボケていると言われているぞ! 愉快だな!!」

そう言って豪快に笑ったのはひげ面のドワーフだった。

手に持っていた巨大ジョッキに入った酒をまるで水かのように飲み干し、ドワーフらしいたっぷりとしたひげを濡らしながら、何度も愉快愉快と口にする。

ああ、この人がドワーフ王だなとソニアは察した。

ドワーフたちと暮らす中でさんざん見てきた光景だが、今までで一番豪快だった。さすがは王だと思う反面、ドワーフは酒の飲みっぷりで王を決めているのだろうかと疑問が浮かんでしまうほどだった。

「お初にお目にかかります、陛下。ソニア・ラスペードと申します。今は、エゴール翁の付き人のようなことをしています」

「知っている。自治領に入れる以上、俺のところには必ず報告が入るからな。老人どもはエルフを入れることに難色を示したが、俺は大歓迎だと言ってやった! 若い娘が増えたほうが気分がいいからな!!」

わっはっはっと笑いながらドワーフはさらに酒を注いで飲んでいく。

要塞内の酒をすべて飲み干すのではと心配してまうほどのペースだった。

「陛下。こちらを」

「うん? なんだ?」

「お髭が濡れています。女性の前では気を付けるべきかと。男前が台無しです」

「おお! そうかそうか! すまんな! 公爵!」

そう言ってドワーフ王はひげについた酒を拭い、乱れた衣服を整え、威厳のある声でソニアに向けて自己紹介をした。

「そういえば名乗りがまだだったな。失礼した。俺の名はマカール。ドワーフの王だ。そこの老人とは子供の頃からの付き合いゆえな、非礼など気にせんよ」

「いやいや、王になったからにはちゃんと礼儀は尽くすわい。ところでその酒、良い物じゃな? わしも飲みたい」

礼儀とはなにか。

思わず自問して、ソニアは額に手をやった。

そんなソニアに向かってマカールの隣にいた男が声をかけた。

「ドワーフの方々は細かいことを気にしないんだ。それがドワーフの良さだ。気前がよく、常に豪快。裏表のない彼らを僕は好きなんだけど、君はどうかな?」

「――公爵と同意見です」

ソニアはそう言ってすぐに頭を下げた。

その男はドワーフの王と親しく話せるうえに、公爵と呼ばれていた。

前情報と合わせるとこの人がラインフェルト公爵なのだろうとソニアは察した。

体型だけ見ればドワーフと似たようなものだが、帝国貴族として育てられたせいか、ユルゲンにはにじみ出る気品と穏やかさがあった。

印象として成功した商人といった感じだった。

そしてそれは間違っていない。

ラインフェルト公爵は帝国東南部に領地を持つ貴族だが、その影響力は帝国東部にも広がっている。

商才があり、しかも度量の広い現ラインフェルト公爵は多くの貴族に手を差し伸べ、公爵として、そして一人の人間として一目置かれているのだ。

「ああ、こちらも自己紹介が遅れたね。僕はユルゲン・フォン・ラインフェルト。一応帝国公爵だけど、気にしなくていいよ。エゴール翁の付き人のほうがよっぽど凄いからね」

「い、いえ、そんなことは……」

「わっはっはっ!! 公爵の言う通りだ! この迷子爺さんの付き人なんて、この数百年、誰も務まらなかったんだ! 大したもんだ!」

そう言ってマカールは愉快だと叫びながら酒を飲み、その横でいつの間にかエゴールも酒を飲んでいた。

そんな二人をユルゲンは微笑ましそうに見ていた。

聞いていた話と違う。

そうソニアは思い、ユルゲンに質問した。

「公爵。もしも間違っていたら申し訳ありません……ドワーフ王が皇国に攻め込むと決めたのはもしや演技ですか?」

「お見事。そのとおり」

ユルゲンは素直にソニアの言葉を認めた。

そしてユルゲンはそっと部屋の奥にある机を見た。

そこは本来、この要塞の主である元帥が座る場所だ。

だが、今は空だった。

「すべてはあの方の策です。ドワーフ王が国境に来たのは戦力増強のため。東部国境を〝代理で預かる〟僕が頼りないので、あの方が手配してくださったのです」

「代理で預かる……? まさか元帥はここにはいないのですか!?」

「ええ。あの方は別の場所にいます。できれば一緒に行きたかったのですが……お前にしか頼めないと言われれば男として引き受けざるをえませんでした」

「わっはっはっ!! 馬鹿な男だな! 公爵は! この情報が漏れたら皇国は目をぎらつかせて攻め込んでくるぞ! 間違いなく死地! 運よく生き残っても処罰は免れないだろうさ! まさしく馬鹿だ!」

「陛下も似たようなものでは?」

「何を言う! 我々ドワーフは帝国に借りがある! しかもあのお姫様には幾度も世話になってきた! そのお姫様にあんたを頼むと言われたのさ! 引き受けなきゃドワーフ王の名が廃る!」

そう言ってマカールはどんどん酒を飲んでいく。

これほど楽しいことはないと言わんばかりの表情だ。

「俺は馬鹿が大好きだ! まったくもってこの国の皇族は馬鹿ばかり! たまらんよ! 父親が父親なら娘も娘だ! 大事な国境をよりにもよって、商人気質の公爵に預けたんだからな! その公爵もとびっきりの馬鹿だ! 自分に得なんてないのに引き受けおった!」

「僕はいるだけです。いざ戦闘となったら陛下とこの砦の兵士たちにお任せしますよ。僕は責任を取るだけの存在ですから」

「だからシルバーはお爺さんをここに……そうなると元帥は今、帝都に?」

「何事もなければ久しぶりの親子の対面。何かが起きれば敵も味方も気づかぬ援軍。どうであれ皇帝陛下は驚くことだろうね」

そう言ってユルゲンはニコリと笑ってみせたのだった。

■■■

ゴードンが剣を掲げた瞬間。

帝都に清冽な声が響いた。

「放て」

その声と同時に無数の矢が闘技場を囲んでいたゴードンたちを襲った。

その光景を見ていた皇帝の横で宰相が再度謝罪した。

「お許しを。軍部で間違いなく信頼できる方はあの方しかおられなかったので」

「まさか……」

ヨハネスは大きく目を見開き、ゴードンたちに攻撃を仕掛けた集団を見た。

全員がフードを深く被っていたが、その下にチラリと見えたのは軍服だった。

そのフードの集団の中から青いマントを羽織った女性が颯爽と現れた。

軍服の上から青いマントを羽織れるのは三人の帝国元帥のみ。

そして女性の元帥はただ一人。

長い金色の髪が風で靡く。その姿を見て、ゴードンは呻くようにつぶやいた。

「貴様がなぜ!?」

「帝国元帥が皇帝を守りに来ることがそれほど意外か? それとも私が父上を守りに来るのが意外だったか?」

そう言って薄く笑うと、フードを被っていた部下たちが一斉にフードを脱いだ。

帝国東部国境守備軍の精鋭たちがそこにはいた。

「自らの無知を恥じるがいい。ゴードン。私はお前が思っているよりは親孝行だ」

「突撃体勢! あの女を殺せ!」

「こちらのセリフだ! 総員抜剣!! 帝国元帥リーゼロッテ・レークス・アードラーが命ずる!! 逆賊を討て!!」

こうして帝都の中で帝国軍同士のぶつかり合いが起きたのだった。