軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百二十九話 子供

自己紹介を受けたルーペルトだが、不審な視線を変わらずに俺へ向けてきた。

そんなルーペルトを見て、アロイスがフォローを入れた。

「殿下。グラウは僕と共に帝国軍一万と戦ってくれた凄腕の軍師です。帝国軍に勝てたのもグラウがいたからなんです!」

「凄い人と信頼できる人は別だよ! 顔くらい見せてくれなきゃ僕は信用しないから!」

そう言ってルーペルトはベッドにしがみついたまま、動こうとしない。

状況はアロイスから説明されているだろうに。

「殿下。どうか信頼してください。殿下のことは僕が守ってみせますから!」

「アロイスは十二歳でしょ!? 僕と大して変わらないのに守れるわけないでしょ! 部屋にいたほうが安全だよ!」

「年は関係ありません。僕は帝国貴族として殿下をお守りします。僕と共に戦ってくれる騎士たちもいます」

そう言ってアロイスは部屋にいる騎士を見る。

騎士の数は五名。全員がアロイスと共に帝国軍に立ち向かったジンメル伯爵家の騎士たちだ。

「たった五人じゃないか!? 相手はあのゴードン兄上なんだよ!? 周りにいる将軍たちには腕自慢が揃ってるんだ! そいつらが城を制圧しに来てるのに、この数で外に出るなんて嫌だよ!!」

ルーペルトは頑なに部屋に籠ることを主張する。

それは子供の希望的観測に基づいた主張だ。

「ルーペルト皇子。援軍のない籠城は愚策だ。援軍のアテはあるのかな?」

「ち、父上がきっと助けに来てくれる! そうじゃなくても近衛騎士たちが城にもいるんだ! 彼らがきっと!」

「なるほど。ではお一人で部屋に籠るといい。アルノルト皇子にはそう伝えておこう」

「え……?」

突き放つように告げると俺は部屋を出ようとする。

それを止めたのはアロイスだった。

「ま、待ってください! グラウ!」

「部屋に籠るというなら一緒に行動はできない。君も早く移動しろ。時間が経てば経つほど城内は敵の勢力下だぞ」

「それはわかっています。ですが、ルーペルト殿下は置いてはいけません」

「我々ではなく、部屋のほうが頼りになると言う皇子にどれほどの価値がある?」

「この方はアルノルト殿下の弟君です。僕にはそれだけで価値があります。ジンメル伯爵家は受けた恩を忘れません。あの方に頼むと言われたからには僕は死ぬまでルーペルト殿下のお傍を離れません」

「……だそうだぞ? ルーペルト皇子。ベッドにしがみついて泣いているだけで命を賭けてもらえるなんていい身分だな」

「ぼ、僕が頼んだわけじゃないし……アルノルト兄上が勝手に」

「……思い違いをしているようだから正しておこう。アルノルト皇子が君の下に護衛を派遣したのは君を想っての行動じゃない。君の母上があの出涸らし皇子に必死に懇願したからだ。自分はどうなってもいい、君だけは助けてほしいと懇願され、アルノルト皇子は自分の母親に護衛をつけることを選ばず、君の下にアロイスを派遣した。その意味がわからないというなら今言うといい。母親の願いも兄の想いも踏みにじるほどの度胸があるというなら逆に認めてやろう」

フードの奥から俺はルーペルトを真っすぐ見据えた。

強い視線を感じたルーペルトは思わず体をびくつかせる。

「ぼ、僕は……」

「もしも君の言う通りに部屋に籠ったとしよう。敵の数は百や二百じゃきかない。それをこのひ弱な扉で受け止めることになる。稼げる時間はわずかだ。その間に君の父上が援軍をさし向けると? 言っておくが君が思うほど皇帝ヨハネスは甘くもないし、万能でもない。ゴードン皇子が反乱を起こせば、帝国のために自分の身を第一に考えるだろうし、見捨てねばならないなら子供も見捨てるだろう。帝位に関係もなく、功績を残したわけでもないただの皇子ならなおさらだ」

「こ、近衛騎士が助けにきてくれる! 近衛騎士団は帝国最強なんだから!」

「ゴードン皇子は皇帝を逃がさず、外からの援軍と合流させないために帝都を結界で覆うだろう。その要となる宝玉を近衛騎士たちは守っている。君を守る余裕は彼らにはない」

ゆっくりと、しかし力のこもった言葉で俺はルーペルトの逃げ道を塞いでいく。

まだしばしの余裕があるとはいえ、すでに城の兵士たちは動き出している。

早く動けばそれだけ優位に立ち回れるが、ルーペルトがごねるせいでその優位を捨てる羽目になる。

十歳の子供に配慮がないとアロイスは思っているかもしれない。

だが、子供の心情に配慮している余裕などない。

「君にあるのは二択。この部屋に残るか、この部屋を出るか。部屋に残れば、間違いなく捕まる。皇帝が助けてくれる可能性も低いだろう。外に出れば命の危険は増すが、脱出の希望がある。それに捕まった場合、ほかの人質も一緒の可能性が高い。多くの妃や寵愛するクリスタ皇女もそこに含まれているなら、皇帝は全力で助けるかもしれない。だが、君一人ではその可能性はゼロだ」

「そ、そんなこと……」

「君にとって最悪なのは俺たちが脱出に成功し、君だけが捕まった場合だ。その場合、皇帝は絶対に君を助けない。助かる道を捨てた者を誰が助ける? 俺なら絶対に助けない。絶対に助けなければいけない理由がないかぎりはな」

そして残念ながらルーペルトには絶対に助けなければいけない理由がない。

ゴードンとしてもあまり人質の価値は見いだせないだろう。

子供を人質にするデメリットを考えれば、見せしめに殺すくらいはやるだろう。

だからルーペルトはなんとしても城を出なければいけない。

「早く決めろ。逃げるのか、ここに留まるのか。時間は君を待ってはくれないぞ?」

「そ、そんなこと言われたって……!」

ルーペルトは俺のきつい物言いに涙を流す。

母親に大事に育てられた十歳の子供なら当然の反応かもしれない。しかし、ルーペルトを取り巻く環境は普通ではない。

そんなルーペルトにアロイスがそっと近づく。

「殿下。殿下のお気持ちは僕もよくわかります。帝国軍が迫ってきたとき、僕も泣きたかった。目を閉じて、これは現実じゃないと思いたかったんです」

「……アロイスはどうやって乗り越えたの……?」

「守るべき人のことを考えました。僕は領地の人々を守らなければいけなかった。母のためにも逃げることはできなかった。だから戦うしかなかったんです。あなただって一緒のはずです。母上は大切ですね?」

「うん……」

「それならば逃げましょう。もしもあなたの母上が捕まったとしても、あなたが逃げ切れば人質の価値が上がります。そうじゃなくても、母上が逃げているときにあなたも逃げていれば、敵の手を分散させることができます。帝国のためとか、皇族だからとか。今は置いておきましょう。そういうことを考えるのは大人の仕事です。でも――母のために頑張るのは子供でもできます」

アロイスの言葉を受けてルーペルトの顔つきが少しだけ変わった。

臆病で、今にも泣きだしそうではあるが。

泣いてはいない。

「アロイスは……大人だね……」

「僕も子供です。まだ多くのことはできません。でも、グラウの言うとおり、時間は僕らが大人になるのを待ってくれない。子供は大人になったらこう成りたいと口にします。けれど、そうなる前に危機が来ることもある。それが今です。来てしまった以上は仕方ありません。騎士になりたいなら、今、騎士になるしかありません。あなたが立派な皇族になりたいなら、今、そうなるしかありません。将来、何かになれるなら今の僕らにだってなれるはずなんです」

「でも、僕らは子供だよ……?」

「子供だって何にでもなれます。子供は子供。何にもなれないなんて見識の低い人の妄言です。今、このとき、あなたの近衛騎士は僕です。安心してついてきてください。帝国の近衛騎士団は最強なのですから」

そう言ってアロイスはルーペルトに手を伸ばす。

その手をルーペルトは取った。

これ以上ごねるようなら眠らせて強制的に連れていこうかと思ったんだが、その必要はなさそうだな。

「ではグラウ、方針を示してください。アルノルト殿下からは玉座の間に来いと言われてますが、行く道はきっと簡単ではないでしょう」

「承知した。任せてもらおう」

そう俺が答えた瞬間。

部屋の外でバタバタと何かが倒れる音が聞こえた。

ルーペルトは思わずアロイスに抱きつくが、アロイスの手は素早く剣に伸びている。

二歳差があるとはいえ、この差はきっと潜ってきた修羅場の差だろうな。

「今のは……?」

「外に兵士がいたのでな」

そう言って俺は部屋の扉を開ける。

すると、そこでは数人の兵士が眠っていた。

こちらが出てくるのを待っていたんだろうな。

ちょうどいいので、ルーペルトに使う予定だった眠りの魔法をこいつらに使った。

精神的に強い奴らには効果のない魔法だが、ただの兵士程度なら深い眠りに落とすくらいの効果はある。

「ま、魔導師なの……?」

「いいや、俺は軍師だ」

そう言って俺はニヤリと笑いながら歩きだす。

その答えに納得できないといった様子のルーペルトだが、アロイスと騎士たちが俺に続くので、慌ててついてくる。

そして歩いている間に下のほうがどんどん騒がしくなり始めた。

人質を穏便に確保することを諦めて、本格的に城の制圧に動き出したか。

音の感じからして城の半ばまでは軍に制圧されたと見るべきだな。

外を見れば、城から何人かの兵士が外に出ようとするが、仲間のはずの兵士に捕まるか殺されている。

兵士がすべて反乱に参加しているわけではないということだろうな。

彼らはきっと父上にこのことを伝えようとしたんだろう。

でも、伝える必要もないだろう。

「向こうもそろそろ動き出すだろうな」

呟き、俺は闘技場をチラリとみる。

だが、それだけだ。

父上の傍にはオリヒメもいるし、宰相もいる。

きっとゴードンは反乱の成功を疑っていないだろうが、それはさすがに父上を甘く見すぎだ。

父上はゴードンが反乱までするとは思っていなかった。

しかし、宰相は違う。

「帝国宰相のお手並み拝見といくか」

俺の想像どおりならゴードンはさぞや驚くことになるだろうな。