軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十四話 湯治・下

「あー……良いお湯だ」

ハイルングに来た俺たちは男女の部屋に分かれた。とはいっても、温泉に入ることが目的なため、俺とレオはすぐに温泉に入ることとなった。

ハイルングの源泉は山の中腹にあり、そこから下のほうにあるここまで湯を引いてきているそうだ。

傷や疲労回復の効能があり、帝国屈指の観光名所でもある。

そこを俺たちは貸し切りで使っていた。偶然、客がいなかったとかそういうわけではなく、今日一日、勇爵家が貸し切ったのだ。アンナさんの仕業だろうな。

まぁおかげで余計な心配もせず、まったりできるし感謝しておこう。

「来てよかったでしょ?」

そう言ってレオも湯の中へと沈む。俺とは違って鍛えているせいか、引き締まった体には小さな傷がいくつもついており、肩には大きな傷がある。南部で悪魔と交戦した際に刺された傷だ。

そこにレオは湯をかける。

「兄さんも左手をちゃんとつけておきなよ? これで痛むことはなくなるらしいよ」

「問題ない。ちゃんと沈んでるからな」

そう言って俺は深く体を沈ませる。最近、溜まっていた疲れが湯に溶けていくようだ。

ああ、気持ちいい……。

「セバスも入ればよかったのにね」

「外の警戒するって言ってたからな。俺らが上がったら入るんじゃないか」

「そっか。じゃあ僕は早めに上がろうかな。兄さんものぼせないうちに上がりなよ?」

「ああ、わかってる」

そう言ってレオが湯から上がっていく。

それを見送り、俺は静かに目を閉じる。

疲労回復効果があるというのは本当だろう。お湯から魔力を感じる。もしかしたら魔力も回復できるかもしれない。ここ最近、ずっと魔力を使いっぱなしだったせいか、なかなか万全には戻らなかった。

今まではそれで何とかなったが、これからはそうもいかないかもしれない。本格的にエリクと争うとなればこれまで以上に慎重な暗躍が求められる。

セバスが俺を連れて来たがったのはそういう意味もあったのかもしれない。

「ふぅ……」

深く息を吐き、悩みも一緒に吐き出す。今は考えるのはやめよう。

ただお湯に身を任せ、過ぎ去る時を感じていよう。そんな風にまったりと温泉を堪能していると、隣から声をかけられた。

「アル兄ー! レオ兄ー!」

リタの声だ。

反応するか迷ったが、無視も可愛そうだと思い、返事だけする。

「レオはもう上がったぞー」

「えー、そっちはどんな感じ?」

「そっちと変わらんだろ。時間によってはこっちが女湯になるらしいしな」

源泉からお湯を引っ張ってきているが、そのお湯が最初にたどり着くのはこっち側で、そこからさらに隣の女湯まで広がっている。大して変わらないだろうが、源泉に近い分、こっちのほうがやや熱いのかもしれない。

違いといえばそれくらいだろうな。

「こら! リタ! 体を流してから入りなさい!」

「えー! 早く入りたい!!」

「駄目よ! まずは体を流すの!」

そう言ってエルナがリタを注意する。

わいわいとうるさくなったところを見ると、女性陣はようやく入り始めたらしい。随分と部屋でゆっくりしてたんだな。まぁ貸し切りだし、慌てて入ることもないと思ったんだろうか。

「殿下、熱くありませんか?」

「うん……平気」

別のところからはフィーネとクリスタの声が聞こえてきた。

たぶんフィーネがクリスタの髪でも洗ってやっているんだろう。

声の調子からフィーネも楽しそうだし、子供の面倒が負担というわけではないらしい。

リタとクリスタを任せてしまって申し訳ないと思っていたが、考えすぎだったか。

そんな声を聞きながら、俺は目を開けて空を見上げる。

夕方になり、日が落ち始めた空は幻想的な色を見せている。お湯に入っているせいか、なんだかその空が特別なものに思えてくる。

不思議なもんだ。来るまでは乗り気じゃなかったが、お湯に入れば来てよかったと思える。

あれなら一生、このお湯の中で過ごしてもいいくらいだ。それくらい気持ちいい。

なんて他愛のないことを思っていると、唐突に俺の耳に異音が届いた。

「チュピー」

「チュピー……?」

なんだと思いつつ、空から視線を外す。

すると黒い毛並みのペンギンらしき動物が傍にいた。サイズは小さめだ。見た目的には愛くるしいペンギンだ。ちょっと太っているように見えるけど。

誰かのペットなのだろうか。なんだか上等そうな服を着ている。

まぁ今はそんなことはどうでもいい。

「おい……お前……その板、どこから持ってきた……?」

問題なのはそのペンギンらしき動物がデカい板を軽々と持ち上げていたことだ。

明らかに設備の一部らしきその板は、たぶんだがここにあってはいけないものの気がする。

ペンギンらしき動物は人の言葉がわかるのか、シュッと山の中腹あたりを示した。

「あそこから……板を持ってきたのか……?」

「チュピー」

その通りと言わんばかりにペンギンらしき動物は鳴く。

あそこにあるのは源泉だ。そこからお湯を引く以上、お湯が来過ぎないように制限する物があるはずだ。

もしかしなくても。

「それは仕切り板じゃないのか!?」

「チュピー」

俺が叫んだ瞬間、山の中腹のほうから大きな音が響いてきた。

やばい!

咄嗟に立ち上がって温泉から出ようとするが、お湯の中ではうまく走れずに俺は一気に流れてきたお湯に押し流される。

お湯に飲み込まれ、前後と上下の感覚すらなくなる。ただなんとか息を確保しようともがいてみると何とか顔を水面に出すことができた。

「ぷはっ!! はぁはぁ……」

死ぬかと思った……。

俺は風呂関係に呪われているんじゃなかろうか。

一度目はエルナに溺れさせられ、二度目はよくわからん動物のせいで溺れかけた。

「くそっ……ひどい目に……」

とりあえず生きていることに安心し、俺はお湯からさっさと上がろうとする。

そこで俺は気づく。さきほどと少しだけ風景が異なることに。

些細な違いだ。お湯が流れてくるところが先ほどより遠いだけだ。それ以外は大差ない。問題なのはその些細な違いがある場所は、本来木の板を挟んで向こう側だったはずということだ。

「っっっっ!!??」

声にならない悲鳴が耳に届く。

どうやらお湯に押し流されたときに木の板が壊れたらしい。

そう――俺は女湯にいた。

目の前には一糸まとわぬエルナがおり、その奥には同じく何も纏っていないフィーネとクリスタとリタ、そんな三人を守ろうとしてたのだろう。剣を持ったリンフィアがいた。ただ、この場合は剣じゃなくタオルを取るべきだった。

フィーネの見た目のわりに質量のある胸や、リンフィアの均整の取れた体、そして二人の白く眩い肌は何も隠れていない。

身を隠すには剣というのはあまりに細すぎる。それは目の前のエルナにもいえるだろう。

両手で体を覆っているが、それだけじゃ何も守れていない。

胸は相変わらず残念な感じだが、それはそれでいいと言う人も多いだろう。それに女性らしい丸みを帯びつつ、細く引き締まった下半身は一見の価値はあるだろう。まぁ見るのに命懸けというのが難点だが。

「アル……? なにか言い残すことはあるかしら……?」

「そうだな……エルナは下半身の丸みを帯びつつ、細く引き締まったラインがいいな。リンフィアは全体的にバランスがとれていて、非常にグッド、フィーネは大きな胸と細い腰の黄金比が完璧だ」

俺がそう評すると三人は一斉に顔を赤くし、より一層体を隠した。

もはや下手に誤魔化したり、弁明するだけ無駄だ。折檻は決まっているわけだし、正直な感想を言うべきだろう。

男の素直な評価も今後の彼女たちの役に立つはずだ。眼福の対価としてはあれだが、ためになれば俺としても本望だ。

クリスタとリタはさすがに批評できない。まぁトラウ兄さんなら感涙ものだろうけど、俺にそっちの趣味はない。

「女湯に乗り込んできて言うことがそれだけ!?」

「言い訳はしない。完全に偶然だが……眼福でした。ごちそうさま」

ペコリと頭を下げると頭に強い衝撃が走り、俺は思いっきりお湯の中に沈ませられた。

一撃で意識が遠のいていく。かつてもこんなことがあった気がするなぁと思いつつ、俺は意識をゆっくりと手放していく。

その過程であのペンギンらしき動物の鳴き声が聞こえてきた気がした。

そうだ……あいつ、次に会ったら丸焼きにしてやろう。

そう決意しながら俺は底へと沈んでいくのだった。