軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十三話 湯治・上

「温泉?」

「そう、温泉。みんなで一緒にどう?」

それは唐突な提案だった。

リンフィアと冒険者体験を終えた次の日。

連日外出したせいか、体のあちこちが痛い俺に向かってエルナが温泉に行くことを提案してきたのだ。

場所は帝都近くの老舗温泉〝ハイルング〟。傷や体の疲労を癒すとされて、古くから皇帝や著名な戦士が利用していたことで知られる。

とはいえ、正直行きたくない。まず一つ、面倒だ。ぶっちゃけ疲れてるし、外出気分じゃない。なぜ疲れを取るのに疲れなきゃならんのか。

もう一つはこのタイミングでエルナがそんなことを言ってくるのが気になる。なにか裏があるような気がする。

そんなことを思っていると、俺の考えを察したのかエルナがため息を吐いた。

「別に思惑なんてないわよ」

「じゃあどうして唐突に誘うんだよ?」

「お母様が最近、アルが頑張ってるみたいだから温泉で休んで来たらって言ってくれたの。私も近衛騎士の仕事があると行く機会はないし」

エルナの謹慎はすでに解かれているとはいえ、まだ近衛騎士復帰のめどは立っていない。

父上としてもクリスタを守れなかった責任を追及し、近衛騎士から外した手前、戻すキッカケが欲しいんだろう。戻したいところではあるが、無条件で戻すことはできないといったところだろうか。

だが、即位二十五周年が近づく中、いつまでもエルナを遊ばせておく余裕はない。そのうち近衛騎士に復帰せよという勅命が出るだろう。そうなればエルナはまた忙しくなる。

今のうちにゆっくりとするというのは間違ってないだろう。

だが。

「そう思うならそっとしておいてくれ……ぶっちゃけ外出する元気はない」

「情けないわねぇ」

エルナは嘆息しつつ、部屋にある椅子に腰かける。

そして足を組んで俺に向かって告げた。

「アルは行きたくないかもしれないけど、ほかの人はどうかしらね?」

「温泉にわざわざ俺がついていく必要はないだろ……」

「必要はないけど、ついてきてほしいって思う人はいると思うわよ」

「誰だよ?」

「誰かしらねぇ」

そう言ってエルナはとぼけた表情を見せる。

なんだ、こいつの余裕は。いつもなら、いいからついてきなさいってごり押してくるのに。なんだろう。

嫌な予感が。

そう思ったとき、部屋の扉が開かれた。

「兄さん! 温泉行くなら僕も行くよ!」

ノリノリの様子でレオが入ってきた。

いつも以上に笑顔だ。完全にテンション上がってる。

思わずため息を吐いて、エルナを見る。

エルナは俺と視線を合わせない。

「……レオ。俺は行くとは言ってない」

「えー、もうクリスタやフィーネさんも誘っちゃったよ」

「お前はどうしてそう……」

呆れて俺は顔を覆う。

レオはこういうみんなで何かする、どこかへ行くということが好きだ。

子供の頃から家族旅行なんかに憧れを抱いていた。とはいえ、それは憧れだ。皇帝と妃、そして皇子が移動するとなれば護衛も必要だし、大げさになる。家族だけの楽しい旅行にはなりえない。

大人になってからは帝位争いが始まって、それどころじゃなかったし、レオとしては夢をかなえるいい機会なんだろう。

「お前、帝都守備隊の指揮はどうするんだよ?」

「一日くらい平気だよ。名誉将軍だからね」

「勢力争いの真っ最中だぞ?」

「エリク兄上は今日の昼には帝都を離れるよ。外務大臣だからね。ゴードン兄上の勢力も動かないし、大丈夫」

「……」

ちっ、状況が良いように揃ってしまっている。

ここでレオが温泉に行くのは印象がいい。何かしようと思えばできる状況で動かないというのは、父上の意思に反する気はないと表明することに繋がる。

帝位争いの観点から見てもなかなかに上策だ。ただし俺が行く理由にはならない。

「そんな行きたいならお前とエルナで行ってこい」

「兄さんだけ置いていくわけにはいかないよ」

「いや是非、置いていってくれ」

「最近休んでないでしょ? たまには親しい人たちとゆっくりしようよ」

「あのなぁ……俺はゆっくりしたいから行きたくないんだよ」

そんな平行線の話し合いをしてると、今度はフィーネがリンフィアと共にやってきた。

こちらもなんだかウキウキしてる。

「アル様! 温泉に行くんですか!? 私も行きたいです!」

「いや、まだ行くと決まったわけじゃ……」

「ほら、フィーネさんも乗り気だよ?」

レオはそう言って俺に選択を迫る。

レオ、フィーネ、エルナ。この三人がまさかの結託とは。

俺は最後の助けを信じてリンフィアを見る。

「湯治というなら賛成です。今はお疲れで動くのが億劫かもしれませんが、温泉に浸かれば疲れがしっかり取れます」

「リンフィアまで……」

味方してくれると思ったのに……。

ガクリと肩を落とした俺だったが、やはり諦められない。

湯治? そんなものに頼るほど重傷じゃない。単純に体が疲れているだけだ。適当に寝ていれば回復する。

むしろ温泉に行くことで更なる疲れが出るかもしれない。

「俺は行きたくない」

「そんな……」

「兄さん、これは兄さんのためなんだよ」

嘘つけ。

顔に自分が行きたいって書いてあるぞ。レオ。

騙されるかと顔をひきつらせていると、さらなる来客がやってきた。

「アル兄様……温泉……」

部屋の外から顔だけ出して、クリスタが俺のほうをジーっと見てくる。

行きたいという感情が視線から伝わってくる。

そんなクリスタの後ろからひょっこりとリタが顔を出す。

「リタもいきたーい!! アル兄連れて行って!!」

「リタまで……このメンバーで行くとなるとスケジュール調整が」

「お任せください。すべて整えておきました」

「……」

音もなく現れたセバスがまさかの仕事が終わった宣言をしやがった。

なぜだ!? 主人は俺だぞ!?

いつもは有能さに助けられているが、こんなときは厄介でしかない。

俺はセバスを思いっきり睨むが、セバスはどこ吹く風だ。しかも。

「アルノルト様が行かないとなると、帝都で噂されてしまうかもしれませんな。レオナルト皇子がエルナ様とフィーネ様を連れてお忍び旅行だと。レオナルト様のイメージが壊れてしまうやもしれません」

「俺が行っても一緒だろ!?」

「アルノルト様とレオナルト様、そしてエルナ様が幼馴染なのは周知の事実。仲が良い三人にフィーネ様が加わり、クリスタ様とそのご友人もついていった。文句のない家族旅行です」

なんだ、その理論。

帝都の民はそれで納得するのか?

レオに憧れる女子、フィーネに憧れる男子は俺が間にはいるだけで引き下がるのか?

「アルノルト様の湯治に付き合ったということにすればすべて解決です。つまりアルノルト様が不可欠なのです」

「どうしてそこまで俺を行かせようとする……」

「帝位争いも激しさを増し、アルノルト様もレオナルト様も無理をなさっています。傷を負い、疲労も溜まっているでしょう。今は休む期間ですから、全力で休むべきです」

「はぁ……わかったわかった。行けばいいんだろ、行けば」

「本当!? やった!!」

レオが子供のように無邪気に喜び、クリスタやリタとはしゃいでいる。

どんだけ行きたかったんだよ、こいつは。

「メンバーは俺、レオ、エルナ、フィーネ、リンフィア、クリスタ、リタ、セバス。この八人でいいな? このメンバーなら護衛もいらんだろ」

「おいおい、オレを忘れてもらっちゃ困るぜ。小僧」

そう言ってニヤリと笑いながらジークが部屋に入ってきた。

「温泉……それは男の理想郷! 壁の向こうに見えるのは魅惑の花園! 挑むべきか、退くべきか! そこで男の度胸が試される! 初めてだとビビッてしまうだろうが、安心しろ! このジーク様がお前の夢をかなえてやろう! 小僧! オレについてこい!!」

「お前は留守番だ」

「なにぃぃ!!??」

自分に酔っていたジークが現実に引き戻されて、驚愕の表情を浮かべた。

俺は驚愕することに驚愕しているが。

当たり前のことだが、覗き魔を連れていくわけない。

「お前、覗くだろ。今、そう宣言しただろ」

「の、覗かねぇよ。今のは熱いお湯に入るのは勇気がいるよなって例えであってな」

どんな例えだ。

どう考えても覗く宣言だっただろうが。

「何言っても無駄だ。お前は留守番」

「おい!? それでも男か!? あんまりだと思わないの!? 同じ男として可哀想とか思わないのか!?」

「思わないな。欠片も」

「この鬼畜生め! さては自分だけ覗く気だな!? どうせ行きたくない、行きたくないって言いつつ、周到に覗く計画を立ててるんだろう!? てめぇだけに良い思いをさせるか! 美女の柔肌は全男子の共同財産だぞ!」

そう言ってジークが俺に向かって飛び跳ねてくる。だが、その瞬間に首輪を重くして地面に落とす。

「あべぇ!!」

「留守番はお前のためだ。覗いたが最後、エルナに斬られるぞ?」

「ゆ、勇者が怖くて覗きなんてやれるか……つ、つれていけ……オレをつれていけ!!」

「立派だが、駄目だ」

「なんだよ! つれていけよ! オレも行きたい! 行きたい!」

そう言ってジークはゴロゴロと地面を転がる。まるで駄々っ子だ。

駄々っ子と違うのは、転がった先でフィーネのスカートの中を覗こうとする点だろう。

近づく前にリンフィアに弾き飛ばされているが。

「これで決まりだ。行くならさっさと行こう。馬車の準備もできてるか?」

「もちろんです」

「んじゃ出発だ」

「おのれぇ……覚えておけ、小僧。オレを留守番させたところで第二、第三のオレが現れるだろう……!!」

「第二、第三のお前はエルナに斬られるから安心しろ」

そう言って俺たちはその場を後にして、老舗温泉〝ハイルング〟へと向かったのだった。