軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【13】国家とは

言い返して勘気を買うのなら別に、それまでだと思った。

レアンドロとしても別に、一国の盟主の顔を立てて「臣従してやる」という程度の忠誠心はあるものの、なにも理不尽な追及に耐えてまでこの男に額づき続けるつもりはない。

そうなればベルタには悪いが、適当に理由をつけて官位を辞し、すぐにも王都を去れば良いだけの話だ。

しかし、喧嘩っ早いレアンドロが早々に啖呵を切ろうとしても、目の前の男はなおも小憎らしいほど態度を変えなかった。

「――ベルタが南部から出してきた先鋒が、あまりにも若すぎると思わないでもなかったが」

公の場では、取り澄ましたように彼女のことを王妃と呼んだくせに、実際には単に近しい仲であるようにベルタと名で呼んでいるのだと知って、いらない方向に気が散りかける。

「だが、そなたは実際その若さでも色々と、南部やカシャの事情にも精通しているようだ。ベルタがそなたを指名しただけのことはある」

まるでレアンドロの力量を量りたかったと言わんばかりの態度には、余計に不快感が募った。

「それはどうも。私の見解は陛下のお眼鏡に適いましたでしょうか」

「見解はさておき、資質としては問題ないな。実はまだそなたに与える官職の位置取りについて悩んでいるところだ」

レアンドロを仕官させること自体を約束して王都に受け入れはしたものの、陛下はまだレアンドロの重用については慎重であるらしい。

「いきなり重い位につけるには、そなたはまだ若すぎる。中央の慣習を踏まえれば、重すぎる地位は却って実務的な身軽さを挫くだろう」

なるほど、無能なわけでもない王。

とはいえ陛下のそうした慎重さは、南部の速さに慣れたレアンドロの目には、愚鈍さと紙一重にも映る。

「お望みとあらば、私に代わりカシャから萎びた老人を呼び寄せることも、どうぞご随意のままに」

「はは。そなたでも構わん。ベルタがそれでそなたを使いやすいのならな」

安い挑発は受け流される。

窘められるようなその言い方は、レアンドロに嫌な既視感を味わわせた。

「レアンドロ。南部に転封で流した旧保守派の小領主たちについて、――ベルタは実際のところどの程度のことを知っている? 保守派と南部太守たちが次々婚姻による同盟を結ぶような流れを、彼女も把握していただろうか」

のらりくらりと掴みどころのないような態度の陛下だったが、彼は何かしらの明確な意図をもって今日この場でレアンドロに対峙しているはずだ。

この男の人となりを把握できるほどまだ王都に馴染んでいないレアンドロには、それが何かはわからなかった。

「私はまだ王都に来てから、妃殿下と個人的に話してはおりませんので。妃殿下の見解については存じ上げません。しかし、今回の転封の政策については、南部の者の視点から見れば、保守派領主の現地化という顛末は明らかだったと思いますけどね」

けれどそれをもって、彼らがもしそれをベルタの未必の故意だと責めようというのなら、全くもっておかしい話である。

「むしろ、陛下はどういうおつもりで彼らを、馴染みのない南部に飛ばしたのかと、我々の立場としてはいささか疑問に思います。保守派の小領主たちが困窮することは目に見えていたでしょう。……小領を困窮させ、領民を苦しめ、見せしめのように治安の悪化地帯を作り出すことのほうをお望みでしたか?」

いかにも現地の民を人とも思わないような統治者が打ってきそうな姑息な手だ。

「いや。正直なところ、そこまで手が回っていなかった」

しかし、陛下はあっけらかんとそう言って苦笑した。

「先般の転封の趣旨はまずもって、保守派の家々を物理的に北から引き離すことにあった。中央政治からは失脚したとはいえ、そのまま放置していてはまだ北方の諸国と繋がる可能性があったからな」

想像以上に正直な返答が返ってきて、聞いたレアンドロのほうが面食らう。

「だからそうした小領が、気がついたら南部に取り込まれかけていることもまあ、南部にただで領土を配分してしまったなと思わないでもないが。結果として保守派の無力化に繋がれば、状況はそこまで悪くはない」

どう好意的に見積もっても、レアンドロはまだ国政にとっては部外者でしかない。

その彼にいっそ赤裸々なほど政策の意図と、まあまあの失策について話す陛下に、どう答えたものかわからなかった。

一瞬、戸惑って毒気を抜かれたレアンドロに対し、陛下はその青い目を困ったように緩く笑ませた。

「私は、ベルタとこういう話をしたくないんだ」

彼はよく考えると、結構情けないことを堂々と言っている。

「中央の指針が、南部から見れば納得しがたいこともあるだろう。それは逆もしかり。少なくとも南部との慣習の違いや隔意は、今すぐには解消されるようなものではないだろう。私は、そうした小さな火種が燻る都度、家庭内でも妻と揉めるような目には合いたくないんだ」

「……はあ。……そうですか」

なんの話を聞かされているのかわからないが、それは職場と家庭を分けて考えたい、という、会話の相手が国王陛下でもなければ極めて一般論という気もする。

「今後、南部とひと悶着あるような時は、ベルタではなくそなたが矢面に立つよう調整したい。王妃である彼女とは別に、そなたのような存在を南部から早々に受け入れたのはそのためだ。――意味はわかるか?」

「、――お待ち下さい」

レアンドロはとっさに固い声で制止したが、陛下は言葉を止めなかった。

「ベルタと南部との間にそなたが入り、調整弁としての役割を果たせ。カシャや南部から入る情報の、全部が全部をベルタに集約させる必要はない」

自分はてっきり、ベルタに呼ばれたのだと思っていた。ベルタがカシャの人員を王都に押し込み、自らの後ろ盾を築くために、中央をうまく説得したのだろうと。

もしかしたらベルタもそう思っているかもしれない。

しかし、陛下はそうしたベルタやカシャ側の意図とは別に、彼の打ち出す施策の方向性のためにも、カシャからの使節を欲していたというのだろうか。

「……そのお言葉には承服できかねます。私はカシャより、妃殿下の為の働きを求められて中央へ参った身です。私の役目は妃殿下をお支えすること、やがては中央へ進出するであろうカシャ一族の先駆けとして、妃殿下と南部を繋ぎ、妃殿下の派閥的な孤立を避けるためにこの王都へ参りました」

「それはその通りだ。ベルタの孤立を避け、彼女が動きやすい環境を整える手助けをするなとは言わん」

「いいえ。陛下の言は、明確に妃殿下を裏切れと言っているように聞こえます」

彼はレアンドロに対し、ベルタと南部を「繋ぎ過ぎるな」と忠告しているのだ。

ましてや、あくまでそれがベルタのためであるという言い回しで。

「そうではない。そなたに汚れ役を引き受けろと言っている」

その意思の固さを示すように、彼の言葉は端的だった。

「南部派閥という一つの派閥の矢面に、わざわざ王妃ほどの人材を割く必要はない。ベルタが王妃として動きやすい余白を作るためにも、そなたが南部派閥の矢面に立て。ベルタに泥を被らせるな」

「……そのことは、妃殿下自身もご納得のことですか?」

けれど、彼はこの問いには少し参った顔をした。

「私がそれに答えて、カシャにもし、ベルタが南部を裏切っていると受け取られでもしたら困りものだ」

ベルタの立ち位置はどこにある?

少なくとも陛下は本当に、南部出身のベルタという王妃を、完全に王家側の人間として取り込もうと考えているのだ。

そういう夫に寄り添って、では、あの姉は?

「――つまり陛下は、妃殿下にはカシャのための働きではなく、王家のための働きしか許すつもりはないと仰せなのですか」

「許す許さないという話ではなく、ベルタはとうに私の妃であり、そして唯一の王子の生母でもある」

「たとえそうだとして、女は嫁いだ先の家でも一生、生家への便宜を図り続けるものです。そのことを責められるのはお門違いというもの。陛下も、もしこの先王女さまがお生まれになれば、王女さまには当然、生涯ご自分への忠心を期待なさることでしょう」

彼には娘がいないし、いたこともないからわからないのだと、レアンドロは当て擦りの意図も込めて指摘した。

しかし、陛下は少なくともその場ではそれを歯牙にもかけなかった。

「レアンドロ。そなたは一つ思い違いをしている」

彼は足を組み、くつろいだ様子で椅子に座っていたが、その膝の上で彼の長い指先がゆっくりと組み合わされた。

「南部もカシャも、この王家が統べるアウスタリアという国体の一部だ。王家に臣従する家の娘が、妃として王家のために働くことに何の不都合がある? それは別に、彼女に生家を裏切らせることと同義ではない」

観念的な、あるいは綺麗ごとに過ぎないような言葉に、彼はまるで意味があるとでも信じているような言い方をする。

「それから、そなた自身も。そなたは王妃ただ一人に仕えるためではなく、国家に仕えるためにこの王都へ参ったのだ」

予想を超える話の展開にやや置いて行かれながらも、レアンドロは必死に彼の話について行こうと頭を働かせた。

「国家とは、陛下。――あなたのことですか?」

「私ではない。国王のことだ」

この為政者の思想。彼の価値観。彼が標榜するもの。

「心配せずとも、王家と南部が大きく反発し合うような未来はこの先早々には起きないだろう。なぜなら私の次の『国王』は、南部の血を引く黒髪のペトラ人だ」

その言葉に偽りがないことを、彼は既にその行動の一部で示しているのかもしれなかった。

彼は、彼の思い描いた王家の未来を、運命の王子に託そうとしている。

旧来の支配層とペトラ人の血を分けたその子に。

レアンドロにとっても、甥であるその子供に。

王都に来る前、事前に想定していたどんな可能性にも及ばないほど、自分は大変な役割を求められているのだということを、レアンドロはその時ようやくはっきりと自覚した。

(これは……)

しばらく、南部には返してもらえそうにない。