軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【12】姉の夫

レアンドロは、昔からあの姉のことが気に食わなかった。

物静かに見えるのは外見だけで、昔からとんでもなく傲慢で、周囲が自分に従って当然と思っている。

ベルタは生まれからして、他の弟妹たちとは違った。

母親である第一夫人のもとで常に別格の扱いを受けて、最高の教育と贅沢な暮らしの中で育った姉。

カシャの絶対的な当主である父ですら、昔から姉に対しては折れていると思う。

父はあれで多数いる妾腹の子供たちに対してはなかなかどうして冷静で、淡々と力量を図るような目でも見ているが、姉や嫡男クレトに対してはそれがない。

けれどベルタは、そうやって父からの無償の愛情を注がれて育っていることにすら無自覚な振る舞いをする。

彼女は、他の兄弟では決して言えないような父の悪口さえも公然と口に出しながら育った。

……カシャはつくづく、本家の嫡出の子供たちのための家だ。

父がそういう風に一族の空気を仕立て上げて、周囲もそれに逆らわずにベルタに接した。

ベルタが第二夫人として国王に嫁ぐと聞いた時、レアンドロは相当驚いた。

あの姉に甘い父が、ベルタにそんな話を用意するとはすぐには信じ難かったからだ。

あんなに一族の中で蝶よ花よと女王さまのように育てておいて、必要になればそんな手の放し方をするのか。ベルタには、分家のオラシオあたりを尻に敷いておくような結婚しか、どうせ無理だろうと思っていた。

ああいう女が、相手が国王とはいえ、夫の後ろで三歩下がって控えているような「お妃さま」を演じているというのは笑えるだろう。

正直レアンドロは、今回王都に来てみるまでは、ベルタがどういうつもりでいるのかと思っていた。

正妻との政争に打ち勝ち、跡継ぎを産んで実質的に王家の女主人の座を手中に収めようとしているベルタ。

ーー彼女は、どういう意図をもって、カシャ一族の人間を王都に呼び寄せたのだろうか。

書状でのやり取りを踏まえる分には、ベルタは積極的にカシャの中央進出を後押ししているようではあった。現状ではカシャとの連絡役すら難儀するから、ひとまず一人、様子見も兼ねて出すように。

けれどそう意図を通す彼女は、中央政治という得体の知れない巨大な合議体の中で、いったいカシャをどこにまで連れて行きたいと考えているのだろうか。

直接会って話さなければわからないことも多すぎて、レアンドロは今や王妃となったベルタと対面してその真意を見極めることを最大の目的として、この王都に訪れたのだった。

……しかし。

玉座の間でレアンドロは、ベルタと国王が並んで座っている姿を目にした。

その一瞬ですら、横に座った国王を見上げるベルタの表情には興ざめというものだった。

久しぶりに会う姉は、まあ最後に会ったのがお互い十代半ばの頃だったということもあり、十年分歳を食ったかな、という印象ではあった。

顔かたちは彼女の母親に似てきたような気もするし、中央に出て多少垢抜けたところもあるのだろう。とはいえ容姿という面では、特段驚きを得るほどの変化はなかった。

問題はその表情のほうだった。

(なんだ。あの顔は)

レアンドロは、こと男女関係に関してはやたらと機微を察知する能力に長けていた。

だから十年弱ぶりに再会した姉が、国王のことを――仮にも一国の君主を、すっかり自分の男だと認識しているということも。

(ベルタはああいうのがいいのか……?)

実姉のそういう顔を見せられるのは、正直きついものがある。

それに、つまらなそうな男だ。

真面目くさった顔をして、人生になんの喜びも快楽もなさそうな、王家の暗い歴史の亡霊を背負って生きている男。

いかにもクソつまらん××××しかしなそうな。確かに顔だけは良かったが。

しかし、ベルタがその調子のせいでレアンドロは、すっかり調子を狂わされている。何をすっかり、王宮に居場所を見つけて地に足をつけて暮らしているのだ。

国王、本来であればこの国の盟主たる男など、南部からは一定の警戒をもって距離を測るべき相手に違いない。

にもかかわらずベルタのせいで、レアンドロにとってあの男はすっかり「あの姉の夫」という印象が先に立ってしまっている。

国王陛下は、初対面の謁見の日からそう間を置かないうちにレアンドロを呼び出した。

「レアンドロ・デ・ライラ・カシャ――か」

それが公人としての召し出しではなく、あくまで私的な場であることを示すように、彼は適度に砕けた様子で椅子に腰掛けていた。

レアンドロも勧められるまま、その向かい側の席に通されて着座した。国王の周囲だというのに、室内にはそれほど人目も多くはなかった。

「王妃のことは、こちらの貴族たちは当初からベルタ・カシャと呼んでいたが。南部にいた頃は彼女ももう少し長い姓を使っていたのか?」

彼の言葉は世間話という体でもあったし、実際多少気になっていることを聞いてみたという風でもあった。

疑問を投げかけられ、レアンドロは様子をうかがいつつも返答する。

「いえ。ベ……妃殿下は南部でも、単に名とカシャ姓だけで呼ばれておりました。私の姓が長いのは、第一夫人以外の妻から産まれた子は、母方の姓を合わせて名乗るという慣習によるためです」

「ああ、なるほど。それでは、南部では名乗りが短いということはそれだけで家の当主か、嫡流を示しているということか」

こうして近くで向き合って座っていると、当然顔にばかり目がいく。

前情報から三十半ばの王だということは知っているものの、知らなければ到底そうは思えない若作り。何を食って生きているのだろうか。

レアンドロはふと、この王の従妹だったという先の正妃のことが気になった。さぞや絶世の美女だったに違いない。

失脚して幽閉された先の正妃を今更垣間見れるはずもなく、好奇心を満たす手段がないことが残念でならなく思える。

「さようにございます。当代では、単にカシャ姓のみを名乗っているのは、妃殿下と父ヴァレリオ、そして弟のクレトだけです」

「クレト・カシャか。私も一昨年南部に赴いた折、あの少年には会ったぞ。利発そうな可愛らしい弟だな」

「恐れ入ります」

「それにしても、中央にはなかなか馴染みのない慣習だ」

彼もまさか、こういう世間話をするためだけにレアンドロを呼び出すほど暇ではないだろう。

「しかし南部には、そうした慣習が行き渡るほど一夫多妻の文化が浸透して長いらしい。……そなたも、今般のヒメノの娘の他にも南部には何人か妻がいると聞いた」

とはいえ陛下はそこで、こちらの想定よりかはいきなり一歩、会話の内容に踏み込んだ。

「は。さようにございます」

「その中の一人は、オットー家に一人残された娘だとか」

きれいな顔も、レアンドロを見据える吸い込まれそうに青い瞳も、彼が今どういう感情を浮かべているのかを今一つ読み取らせなかった。

「はい」

「転封で南部に飛ばした小領主たちは、気がつけば多くがそうして南部の有力家と次々婚姻を結んでいた。なるほど貴族ではない南部の太守たちは、婚姻を結ぶに王家の承認を得る必要もないからな」

陛下はなおも穏やかな口調で、レアンドロに頭を切り替える隙を与えないまま、話題はいきなり大枠の政治的なものへと飛んだ。

「そうした小領を取り込んで、次の世代には既に保守派の貴族たちももう、南部の血族的連帯の一部になっているというわけか。――私は南部の慣習には疎いのだが、つまり、オットーの所領は既にそなたとの婚姻によって、実質的にカシャの勢力圏に収まったという理解で良いか?」

メセタを出立する前、父から陛下の印象については、「世襲君主のわりには食えない男」という趣旨の忠告をされていたことを思い出す。

だが、おい。

こんなに初手からぐいぐい来るような奴だとは聞いてないぞ。

「……僭越ながら、陛下のご認識には誤りがございます」

レアンドロは一度呼吸を整え、はっきりと言い返した。

「カシャが能動的にオットーを勢力圏に下したというよりは、オットー家には男手もなく、女子供のみで困窮しておりました。カシャとしては、そうした近接領地が目に見えて荒廃していく有り様を見て、むしろ婚姻によって領土や領民の世話をするという役割を引き受け、肩代わりしたという言い方のほうが、正しゅうございます」

痩せた小領を、今更カシャの内部に取り込んだところで大した旨味はない。

そのことで得られる便益よりも、手を貸してやる手間と持ち出しのほうがよほどカシャにとっては多かった。

「これは慈善事業に過ぎません。中央がただ厄介払いのように南部に飛ばして終わりにした家々を、南部の有力家が尻拭いをして回ったというだけ」

それをまるで、体のいい領土接収の方便のような言い回しをされては適わない。

「事実、オットー家の名目上の当主は今も、サラの兄君であるジョエルどのに相違ありません」

「ジョエル? ああ、」

陛下は一瞬、ジョエルの名に何かを思い出すような顔をした。サラの双子の兄たちは以前陛下の侍従を務めていたと聞くし、当然面識はあるのだろう。

「今後ジョエルどのが赦されて釈放されるようであれば、カシャとしても当然領主権限をオットー家の子息の返上する心づもりでございます」

「それ自体、南部の自浄作用だと申すわけか」

「ええ。私がサラとの結婚によってオットー家に対して果たす役割は、あくまで援助に過ぎません」

陛下は、南部の実情とレアンドロの方便との境目を、明確に感じ取っているというような顔をした。

「援助か。そうだな、後はそうした南部の統治形態の文脈で、小領主たちに、カシャの風下に立ち続けることをあくまで自発的に選ばせれば良いというだけの話だ」

そして、彼の認識はだいたい的を射ていた。

現実的にはたとえ当主が戻ったところで、オットーは既に婚姻による現地化の流れからは外れられないだろう。領民たちも皆、ぽっと出の余所者領主などよりカシャの庇護下に入ることを望む。

しかしレアンドロは、そんな陛下の指摘すら一笑に伏して跳ね返した。

言い返して勘気を買うのなら別に、それまでだと思ったからだ。

「――そうした自浄作用にまで口出しをなさりたいのなら、陛下はそもそも、政変によって失脚した家々を南部に飛ばすべきではありませんでした」