軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【44】月日は穏やかに

まあ、あの女、群衆の中にサクラ仕込んでたな、と近場で見ていたレアンドロは察したが。

隣で壇上に惜しみのない拍手を送る妻ニーナがいたく感動しているようなので、特に指摘するのはやめておいた。

それに、式典に感銘を受けているのはなにも、ベルタの隠れた信奉者であるニーナだけでもないようだった。

なんにせよ、ああいう行事が成功裏に終わったことは良いことだ。

もはや王太子となったルイは完全に脇役で、人々の記憶はほぼ、その生母として後見役を務めたベルタへの印象に終始しているだろうが。

(ま、いいんじゃないか?)

本人はきっと、こうなるまでの胸の内の葛藤だとか、ルイを完全に利用する形での権威の確立だとかに、逐一思い悩む節があるのだろう。

けれどあくまで臣下として見上げている限り、ベルタはまさになるべくしてなった王妃としか思えなかった。

そして、彼女がそうして揺らがずに王妃として立ち続ける限り、南部カシャ一族としてのレアンドロの立場もまた安泰である。

昨年のシエナ修道会への粛正から、元異端審問官という経歴を持っていたオヴァンド(彼はシエナ修道会の信徒ではなかったが、弾圧の余波の懸念はあった)が財務長官の任を外された時はどうなることかと思ったが、オヴァンドはこの春に許されて復職した。

また長官をつつきながら、帳簿や会計理論をこねくり回す日々だ。

とはいえ、そういう王都での日常に不満を覚えることはない。

王都で彼が新たに構えた家庭も順調だ。

「――レアンドロさま、聞いてらっしゃいますの?」

「ん? ああ」

今日は朝からニーナがうるさい。その日、珍しくレアンドロは休日で家にいた。

「ごめんごめん、何?」

完全なる生返事を笑顔でごまかして答える。

「ですから、妃殿下のご懐妊のお祝いに、何を贈りましょうか。……南部から何か、妃殿下の好物の食べ物でもあればと思うのですけれど」

ベルタはあの式典が終わった直後、懐妊していることを明らかにしていた。国中が待ちに待った国王の第二子の誕生が近いとあって、最近の王宮はにわかに浮足立っている。

「あー。ベルタは別になんだって食うだろ。なんでも良いよ」

「まあ! なんておっしゃりようですか!」

レアンドロの目から見れば、ニーナはすっかりベルタびいきだ。

そのわりには、たまに王妃の宮に行く時に一緒に連れて行ってやると、ベルタ本人の前では終始ぶすくれた顔をしているからわからない。

「もう、レアンドロさまは当てにならないこと! いいですわ、フェリパと相談して決めてしまいますからね」

「なんでもいいから、早めに贈ったほうがいい。うちが送らないと南部派閥は先んじるのを遠慮するかもしれないから」

レアンドロにとって、政治的な付き合いで求められる贈り物やつけ届けは真心を込めるものでもない。

金額と時機を外さなければそれで良いし、あの姉もそう思っているだろうから、何か適当に高い食材でも送っておけば良いだろう。

ニーナにはその考えがなかったのか、ぴょんとその場で身を跳ねさせて反応した。

「そ、うなのですね。わかりました。急いで整えますわ」

彼女も変わったよなあと思う。

当初、ニーナとの結婚生活はもう少し畏まった、他人行儀なものになるのかと思っていた。

けれど彼女は引っ込み思案で、過度に恥ずかしがり屋で、単に素直になるのが苦手なだけの人だった。

実際のニーナはわりあいに怒りっぽいし、それでもレアンドロの言うことはよく聞くし、色々と取り繕えないところも可愛い。

彼女の親族との親戚付き合いだけは若干鬱陶しいが、こうなってくると面倒な政略結婚を押し付けられたというよりは、中央に出てきてただ良い結婚をしたみたいになってくる。

「レアンドロさまもお手紙を書いてくださいませ」

「手紙?」

ニーナはそれだけ言うと、忙しなく行ってしまった。侍女のフェリパを探しに行ったのだろう。

バタバタと足音が遠のいた室内は、嵐が去ったかのように静かになった。

レアンドロは一人、休日の午前中に相応しく、ゆっくりと伸びをした。

(平和だ……)

そう一人ごちる。

ヴァウエラはなんだかんだ居心地の良い街で、仕える君主もどうやら信に足る。今のところは。

きっとレアンドロはこれから長くの時間を、この街で過ごすことになるのだろう。

彼はニーナに言われた通り、とりあえず文机の前に座ってみた。

ニーナはおそらくベルタに手紙を書くように言ったのだろうが、しかしそういう気分にはなれなかった。姉とはどうせすぐに顔を合わせるだろう。

レアンドロは代わりに、筆を執り、久しぶりに父への私信を書くことにした。

『――父上。王都ヴァウエラはもうすぐ遷都一年。きっと、おいでになれば驚きますよ。新たな都は美しく広大で、町の活気は南部のようでも、外国のようでもあって、そのどこでもない。まあ、良さそうな都です。

サラとサラの子のこと、夫人に面倒を見ていただいてありがとうございます。

今後とも、私はしばらく南部には戻らないつもりです。彼女たちのことはどうぞよろしく。サラがもし、再婚なりしたいと言い出した時は、私は反対するつもりはありません。よく図らってやって下さい。

――最後に、ベルタのことですが。

あれはやはり、出世するつもりですよ。歴史にその名を残すくらいには。

ベルタがやる気満々なので、私も帰る暇がないようです。

腹を据えて未来を見つめる姉上と、私ももう少し、同じ夢を見て参ります』

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