軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【43】次代を担う

晴れた春空の下、盛装の王妃の姿はこれ以上ないほど、その式典の場を相応しく彩った。

王妃ベルタは意図的に貴色である緋色を避け、黒を基調としたドレスに身を包んだ。

そういう努力はさておき、新たに王太子となったルイよりも、人々はどうしても大柄な黒髪の王妃にこそ鮮烈な印象を覚える。

ハロルドは壇上の席から、ベルタのことも、ベルタに視線を向ける貴族たちや民衆の反応も、つぶさに観察していた。

次期国王の証である宝具を授かり、ここに正式に王太子となったルイ。

その式次第がつつがなく終了すると、ベルタはその場で立ち上がり、ルイとともに舞台上から方々を見渡した。

「――――此度、当代の国王陛下の長子、ルイが王太子に任ぜられ、いずれ第七代の王としてこの国に立つことと相成った」

ベルタの声は野外の舞台でも、遠くまでもよく響くものだった。

彼女は、この場において自らが誇るべきはなにも王妃としての美貌ではなく、その為政者としての資質であると理解している。

「その次代を担う王太子はまだ幼い」

ルイはただ、他の招待客の大半と同じく、ベルタを見上げて彼女の声に耳を傾けていた。

というよりも、彼もただ凛とした母に見とれているようだった。

「――彼を取り巻く環境が、次期君主としての相応しさに彩られ、整ったものであるのなら、彼はやがてこの王国を須らく統べる雄王となろう。

……けれどもし、彼が見る世界が不寛容なものであるならば、彼は民に臣下に不寛容な王ともなろう」

彼女本人はおそらく自分のことをまだ、理性的で静たる為政者であると自任している。

しかしその言葉の響く強さは、彼女自身が思うほど弁えているわけでもないのだ。

寿ぎの場で公然と、敵対派閥に向けてルイへ膝を折らせるための弁舌を振るう、若く好戦的で、「強い王妃」の姿。

「――今の時代の行いを、彼は余すことなく見つめて育つ。

南部と北部の融和を。新たな国教会の確立を。

……そうしてこの国の行きつく先を。

どうか、幼子の目に映る世界が失望で埋め尽くされぬよう。

彼が与えられたものを、そなたらの子に返す御世が、この先に必ず訪れるよう」

敬虔なプロスペロ教国からの大使たちは、苦々しい顔を隠しもしない。

土着の民と侮っていた王妃が、あまりにも当然という顔でその場に立ち、彼女の言葉に招待客や民衆が聞き入っているという状況に。

一方で、外交に厳格な信仰を求めない国の者たちは、意外にも手放しで舞台上のベルタに真っすぐな視線を向けていた。

彼女は大勢に語りかけるように、あるいはそのうちの一人一人に問いかけるように、ゆっくりと聞き心地の良い声音で言葉を紡ぐ。

「――我らは我らの歴史に、今大きな一歩を踏み出さんとしている。

あらゆる分断を乗り越え、この先は誰のことも見捨てず。

そなたは彼らのために祈り、彼らはそなたのために祈るだろう。

我らを救うものはただ、共に一つの、未来を照らす大きな光であることを」

実質的に王妃の座に就いて二年。

ベルタは既に疑いもなく、この国家に重要な役割を担う王妃としてそこに立っている。

「――共に受け入れ、共に歩み、どうかこれからも共にあらん。

この国を再び、陽の沈まぬ大国にするために――……」

言葉の終わり、まるで太陽に手をかざすかの如く、ベルタは高く高く手を挙げた。

それが合図となったかのように、遠くの民衆は一瞬ののち、たちまち王妃に応えた。

割れんばかりの歓声の伝播をもって。

――――――………――――。

ワァアッ!! という民衆の沸き立ちの中、ベルタは微笑んで、きょとんとしているルイを抱き上げ、彼にそっと耳打ちをしてルイにも手を振らせた。

観衆の高揚を支配する王妃の姿は、……これが今日のために彼女が色々と仕組んだ演出であると知っているハロルドでさえ胸に来るものがあった。

国運を占う明確な追い風がそこにはあった。

ルイの登極は、突き上げられるような民衆の支持を受け、やがて叶うだろうというような。

現実的な問題はさておいて、これから全ての出来事が、彼女の言葉の通りに帰結し、うまくいくような気さえする。

(……南部の人間は、これだ)

いつかメセタの街で見た、民とカシャとの関係を思い起こさせる。

溢れんばかりの熱量は衝動的で、鳴り止まない大外の民衆の歓声に浮足立つように、まず最初に招待客の中から立ち上がって王妃への迎合を示したのはやはり南部太守たちだった。

次いで国内貴族も、中には自発的に立ち上がる者、あるいは、周囲の雰囲気に呑まれて仕方なく拍手を送る者。

ついには外国の大使たちの招待席まで、大半の人間が立ち上がって総立ちの歓声を上げる中、ベルタは薄く笑みを浮かべた顔を、一瞬だけハロルドのほうへと向けた。

彼女を妻としたことの幸福は、これまでも幾度も思った。

けれど今、それに加えてハロルドは、自身の隣に彼女という「王妃」を得たことの歓びを、強く感じている。

(まったく)

頼もしい妃殿下だ。実に。

君でもいいよ。――もし、ルイまでもたなくても。

ハロルドがこの先、どこか道半ばで倒れたとしても。

そう思えば大それた夢すら、安心して見ていられる気がした。

式典は間違いなく、かつてない成功のうちに幕を閉じた。