軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

80話 「交錯」

「……? お取込み中でしたか?」

生徒会室に入ってすぐ、フィーアさんがそう口にして不思議そうに小首をかしげた。

僕自身も入ってすぐロイド先輩の笑い声を聞いた気がしていたから、その質問の意図は理解できた。

「いいや。何も」

ロイド先輩は小さく首を横に振る。

……気のせいだったのだろうか。

などと、思いながら僕はロイド先輩の様子をじっと眺めた。

椅子に座っているだけなのに、なんというか、こう、形容しがたい迫力を感じるのは、彼が……ロイド・メルツが底知れない人物だということを僕自身が理解しているからだろうか。

それとも――。

「……明かりをつけていいかな?」

室内の静寂を裂くように、セレナさんの声が小さく響いた。

その言葉をきいてようやく僕は室内の様子に意識がいった。

慣れって怖いね。

「……」

薄暗い室内。その中で蝋燭の火がゆらゆらと揺れている。

机上にあるその焔の向こう側で、ロイド先輩は組んだ両手に顎をのせたまま、不敵に笑った。

「……役者はそろったな」

と、ロイド先輩の声。

それから少し遅れてセレナさんが呆れたようにため息を漏らしたのが分かった。

「あなたね……まぁ、いいか。それで? 口ぶりからして私もここに来ることが分かっていたみたいだけど、どういった意図があるのかな?」

「もちろんそれを含めて話すつもりだ。だが、その前に、俺からも一つ問おう」

ロイド先輩の口角が吊り上がる。

同時に、セレナさんへと向けた視線。その瞳に怪しい光が宿ったのを僕は見た。

「……なに?」

どこか緊張感をにじませたセレナさんの声。

不思議と僕まで少し緊張してしまう。

そう感じてしまうほど、異様な雰囲気がこの室内に漂い始める。

「セレナ・バレット。お前はどの立場でここにいる」

ロイド先輩のその言葉を最後に、場に静寂が訪れる。

「……?」

何を言っているのか、僕には分からない。が、もしかすると当の本人であるセレナさんにだけ分かるなにかしらの意味があるのだろうか。

そう思ってセレナさんを見ると。

「……?」

セレナさんも不思議そうに小首を傾げていた。可愛い。

だが、セレナさんの様子を見て、ロイド先輩は顔に浮かべていた笑みを更に深くした。

「戯れはよせ。セレナ・バレット」

「……どういう意味かな?」

「クク……」

面白いといった様子で笑うロイド先輩。

だが、ここまできてようやく僕はセレナさんの表情が真面目であることに気が付いた。

真面目とは、つまり、本当は質問の意図を理解していた、という意味での気づきだ。

「それでこそセレナ・バレットだ」

「……買いかぶりすぎじゃない?」

「いいや。あらためて気づかされた」

その言葉の応酬にぽかんとしていると、少し前にいたフィーアさんが視線だけを僕に向けてくる。

「……」

言葉はないが、どこか探るようなその視線を受けて僕はひとまず笑ってみる。

すると。

フッ、と優しい笑みを浮かべて、再び前を向くフィーアさん。

「……」

僕は何がなんだか分からなくなっていた。

「質問を変えよう」

そう前置きして、ロイド先輩は顔に笑みを浮かべたまま低い声色で言葉を紡いだ。

「セレナ・バレット。お前は今、学園の生徒会長としてここにいるのか? それとも――」

ロイド先輩の視線が鋭さを増した。

「――四大貴族、バレット公爵家の人間としてここにきたのか?」

その言葉を聞いて、セレナさんは黙り込むようにして口を閉じた。

そして僕もまた、あれこれと考えてみる。

最初の質問の意味を僕は理解した。

だが、そこにどんな意味があるのかは分からないままだ。

生徒会長としてのセレナさん。

そして、貴族としてのセレナさん。

そこにどれほどの違いがあるというのだろう。

もちろん政治だとか、派閥だとか安易な想像はいくらでも考えられるが――。

「……どちらでもないね」

絞りだしたかのような小さな声だった。

「いや、どちらでもあるのかもしれないけれど」

自分でもちぐはぐな言葉であることを自覚しているのだろう。

セレナさんは自嘲するような笑みを浮かべながらそう言うと、補足するようにして口を開いた。

「私は、ユノ君のお姉さんとして……そしてあなたの友人としてここにいる」

言って、セレナさんは強い意志を宿した瞳をロイド先輩へと向けた。

……姉?

「……なるほど。良い答えだ。物は言いようだな」

不敵に笑うロイド先輩。

その笑みにはどこか、からかいの色が滲んでいた。

「…… 穿(うが) ち過ぎだね」

「どうかな? 言ってはなんだが会長。セレナ・バレットがこの場にいる時点で、俺の組み立てた推測のうちの一つがより真実に近づいた。この意味が分かるか?」

「……」

セレナさんは無言だ。

それとは対照的にロイド先輩は次第に興奮の色を強めていった。

「当ててみせようか? お前は神々に――」

「黙って」

はじめてきく声色だった。

活発そうで、明るいセレナさんの口から出たとは思えないほど、その一言は冷たく僕の鼓膜をたたいた。

「……セレナさん?」

そして思わず僕は呟く。

強い葛藤を感じさせる苦悶の表情を浮かべているセレナさん。

このまま意味も分からず話を聞いているだけでいいのか、なんて迷いが僕の中に生まれる。

「……」

それからセレナさんは少し間をおくと、深いため息をついた。

そして普段と変わらぬ穏やかな表情をして口を開く。

「……友人として、という言葉に嘘はないつもり。あなたが何をしているのかは知らないけど……いいや、違う」

セレナさんは首を小さく横に振った。そして鋭い視線をロイド先輩へと向けた。

「ロイド。あなた、 何(・) を(・) しようとしているの?」

「そう聞けと、言われたのか?」

「いいえ。これは私の言葉。あなたの友人である私の疑問。答えてロイド」

「……その言葉が本当であるならば、安心してくれていい。元よりそのつもりだ」

ロイド先輩は言って、静かに瞳を閉じる。

その間、セレナさんは一度も瞼を閉じることなく、ロイド先輩をじっと見ていた。

「俺たちは今、ある案件を追っている」

「……案件?」

確認するようにセレナさんがそう言葉にしてすぐ、ロイド先輩は自分の言葉を否定するように小さく首を振った。

「……いや、違うな」

ロイド先輩の視線が僕を向く。

「……」

まるで僕の反応を伺っているような……なんて考えてしまうのは、気のせいだろうか。

「 事(・) 件(・) 、と訂正して確定しよう」

そう言いなおしてすぐ、ロイド先輩は僕に向けていた視線をセレナさんへと移した。

「野良神の失踪。その原因を俺たちは追っている。……いや、 追(・) っ(・) て(・) い(・) た(・) 」

ロイド先輩の言葉をきいてすぐセレナさんは顎に手をそえると、僕をちらりと見た。

「野良神の失踪……? …………なるほど」

「偶然である可能性も十分に考えられたが……答えは出た」

ロイド先輩は机の上にあった紙を手に取ると、静かに告げた。

「野良神の失踪は……意図的な事象であることが確認された」

「……っ」

僕は息をのんだ。

悪い予感が当たってしまったような焦燥感が胸いっぱいに広がっていく。

「事象の確認は、幹部……序列3位のドライがおこなった。黒い影が現れてすぐ、野良神をさらっていったとのことだ」

序列3位……ドライ。

僕の記憶にはない。恐らく顔合わせの際にはいなかった人物であることが分かる。

いや、そんなことよりも。

「……待ってください」

僕はそのまま口にした。

「さらっていったって……それをみすみす 逃(のが) したんですか?」

制するように、ロイド先輩は手のひらを僕へと向けた。

「無論、追ったさ。そして僅かの間ではあるが戦闘に突入した。だが、苦戦を強いられた。結果としてはたしかに逃した、ということになる」

「……」

僕は言葉をうまく口にすることができなかった。

もちろん顔も知らない神様だけど……そこに女神アテナの影を、僕は重ねてしまっていた。

「言いたいことはあるだろうが、重要なのは二つだ。ユノ」

「……」

僕は黙って言葉の続きを待った。

「一つは、先も言った通り、野良神の失踪は作為的……あるいは意図的なものであったという点。そして――」

ロイド先輩が不敵に笑った。

「幹部であっても捉えられなかったという事実だ。ナンバーズの実力は、知っているな?」

その言葉は、僕とセレナさんに向けての言葉だった。

そして思う。

序列3位。その実力を僕は知らない。けれど、つまりは。

僕はフィーアさんをちらりと見た後、ロイド先輩をまっすぐに見て一度、小さく頷いてみせる。

そんな僕らの間を裂くようにして、セレナさんはかばう様に僕の前に立った。

「ちょっと待って! そんな相手だってわかったのに、まさか、まだユノ君を暗部の活動に同行させるつもり?」

心配してくれているのだとすぐに分かった。けれど。

「あの――」

「ふふ」

僕が言葉を紡ぐより先に、小さな笑い声が、木霊した。

セレナさんの視線が吸い付くようにして、フィーアさんを向く。

「……なにが、おかしいのかな?」

その問いに、フィーアさんは 美(・) し(・) い(・) 笑(・) み(・) を浮かべて、瞳を閉じた。

「いえ、すみません。まるで、鏡を見ているような気分になったので」

「……?」

セレナさんが怪訝そうに眉をひそめる。

そんなセレナさんの様子をみて、フィーアさん小さく息を吐いた。

「あなたは、ユノ君では力足らずであると……そう思っているのですね? 彼の戦闘力に不安があると」

「……馬鹿言わないで。彼は今年の闘技大会の覇者よ」

「しかし、それだけだ、と暗に言いたいのでは?」

「違う……! ……違うわ。けど、あんたたちみたいな戦闘狂の一人が苦戦した相手でしょ」

「戦闘狂……ですか」

フィーアさんはそう小さく呟くと、ロイド先輩へと視線を送った。

「ロイド様。彼女は知らないのですか?」

「……詳細までは」

「なるほど。よろしいですか?」

ロイド先輩はその問いに小さく頷いた。

「……何を」

そうセレナさんが怪訝そうに口を開いたのと同時だった。

「組織でのユノ・アスタリオの序列は――第1位です」

「――――」

セレナさんは絶句していた。そしてすぐに鋭い視線をロイド先輩へと向けた。

「……ロイド……っ!」

それを手で制してすぐ、ロイド先輩は僕を見た。

「話は変わるがユノ。お前の神様……女神アテナは今どうしている?」

突然のその問いに僕は、即答した。

「今は……ティナと一緒にいます」

この時間はいつもの場所で、修行(ティナ談)している頃だろうか。

僕の答えを聞いてすぐ、ロイド先輩はセレナさんへと視線を戻した。

「苦情はいくらで聞くが、その前に」

そう前置いて、ロイド先輩は真面目な表情をしてセレナさんへと告げた。

「セレナ・バレット。 生(・) 徒(・) 会(・) 長(・) としての君に、お願いがある」