作品タイトル不明
幕間 「ロイドの独り言」
椅子に腰かけてすぐ、俺は目を細めた。
窓から差し込むまばゆい陽の光。
そのすべてを遮断し、俺は蝋燭に火をつける。
瞬間、広がっていくその暗闇に、俺は心から賛辞を贈った。
光というのは、明るく、神々しいものではあるが……それを覆い隠す闇もまた、同じ性質を帯びている。
それに、元来新たな幕開けというのは、きっとこうして始まるものだろう。
なに。別に苦労などないさ。
――指をならせば事足りる。
「……さて」
まずは よ(・) う(・) こ(・) そ(・) 、とでも伝えておこうか。
そして、一人モノローグで物語を紡ぐことをどうか許してほしい。
こうして誰に伝えるでもなく、心の中で言葉を生み出すのは……。
「………………」
……俺の趣味だ
そう。趣味だ。きっとそんな言葉が当てはまる。
相手の有無など些細なことだ。
一人こうして物語の語り部になる時間というのは、端的に言って悪くない。
さて、自己紹介をしておこう。
俺の名は、ロイド・メルツ。
メルツ伯爵家の次男にして、国の暗部を統括している。
表では貴族。そして裏の顔は……暗殺者……というわけだ。更に、国で最も栄誉ある学園の生徒会副会長でもある。
俺はそんな自分を時折振り返っては、こう思う。
「……悪くない」
肩書を他人に誇る気などないが、 い(・) か(・) に(・) も(・) 、だ。
俺ほど秘め事の多い人間も、そうはいまい。
求めている理想の自分というモノに、俺はなりつつあるのだろうな。
更にそこに……。
「いや、まだ確定ではないか」
やれやれ、と俺は一人首を振っておこう。
そう在ることと、こうであればいい……という希望的感情はまた別の話だ。
神とは総じて予測不可能な存在らしいからな。
駒は揃えたが、果たしてそれで足りるかどうか。
「…………」
まぁ、なんにせよ、そうなるように努めるのが、俺という人間ではあるが。
「……ふっ」
俺は手を組み机の上に両肘を置いた。
やはり、この姿勢が一番落ち着くな。
演出というのは大事なものだ。
説得力にも直結し得るし、思考能力が上がるように思う ※個人の感想です。
なにより、気分があがる。
こうして一人でいるときも、それは変わらない。
演者は俺で、観客もまた……この俺というわけだ。
「……」
話は変わるが肩書で人間を判断することについての是非を問おう。
同じ容姿と能力。もろもろまったく同じ、二人の人間がいたとしよう。
そこに唯一違いを作る。
例えば……そうだな。貴族であるか否か。これがいい。
さて、では再び問うが、この二人はいったいどちらがより優れた人間であるといえるだろうか。
……どうだろう? 再度提示するが違いは、貴族であるか否かの一点のみだ。人によっては容易に答えられる問いではあるだろうな。
キ(・) ミ(・) の答えがどうだったかはあえて聞かないが、俺の回答はこうなった。
――別にどちらも変わらんだろう、だ。
自分で言っておいてなんだが、えらく間の抜けた答えだ。
だが、それが本心なのだから仕方がない。
回答者の思いによって変化する答えなど、唯一絶対なものではないし、この手の問いに答えなど最初からありはしない。
破綻しているのだ。
別に、選べとも言っていないがな。
「……クク」
言葉遊びが過ぎたか。
何が言いたいのかといえば、俺は肩書だけで他人を判断することはない、ということだ。
別に、特別なことではないが、そう在ることは時折ひどく難しい。
なにせ俺自身が伯爵位の貴族だ。
貴族などたいしたことが無いなどと、貴族ではない者に言って聞かせても説得力は皆無だろう。
持つ者、持たざる者はなんとやら、だ。
だが、大切なのは、そう在ろうとすることだ。
――結果、俺は幸運に巡り合ったのだから。
そう難しい話じゃないのかもしれんな。
そもそも考え方が違っただけだ。
語れば長い 故(ゆえ) 、簡潔に示そう。
判断基準は一つだけ。
――俺にとって、面白いか、否か。
それだけだ。
貴族だろうが、平民だろうが、どうだっていい。
心底……そう思って、俺はやつに巡り合ったのだ。
アスタリオ家の三男。 無(・) 能(・) のユノ・アスタリオに。
人から聞く奴の評価と言えば最悪の一言に尽きた。
努力もせず、ただ生まれた家柄の幸運に浸っている愚か者だと人は言う。
そこの真意はひとまず置いておくとして。
実際、アスタリオの名が持つ力は大きい。
こと戦闘において、国で最も力ある者に与えられる『剣聖』をもう何代にわたり輩出している名家といえよう。
周知されているという意味では、メルツ家なんかよりもずっと高名なはずだ。
――だが。
そうであったからこそ奴は『無能』などと言われる理由にもなったのだろうな。
実際、ユノ・アスタリオがただの平民であったなら、誰もやつを無能などとは呼ばなかっただろう。
――かの高名な騎士家の三男は、無能であるらしい。
ふむ。まったくもって 甘(・) 美(・) な響きだ。
その推測を軸にするなら、奴の『無能』の根底は、きっと、人間らしい感情が生み出したものともいえる。
羨ましい……などといった可愛らしくも人間らしい嫉妬心。
そこにやつの噂が拍車をかけた。
これは自戒でもあるが、そうであってほしいという願いは、時に人の眼を曇らせる。
俺より、私より、そうであれ。無能であれと。
実際、やつがただの無能ではないことなど明らかだったはずだ。
入試での満点。その時点で、無能などとは程遠い。
つまり、噂などというのは仕掛けの一つに過ぎず、舞台装置だ。
その演目に芸術は無く、あるのはただ盲目の観客からあがる喚声と、そうであれと創られた出来損ないの物語だけ。
そんなものを、俺は美しいとは思わない。
いたってシンプル。それだけの話だった。
そして結果、ユノ・アスタリオは面白かった。
ただ噂を信じて盲目であったなら、この結論には達しなかっただろう。
思えば、少し似ていたのだろうな。
――演者は自分自身。どうとでも魅せればいい。
真意は定かではないが、聞こえてくる噂の中にはやけに現実味なものもあった。
つまりそうであるように本人が演じていた可能性も俺は考えている。
いや、可能性というよりは。
「……」
自慢じゃないが、俺は勘がいい。
やつは、ユノ・アスタリオは、何かがおかしい、と。
「……ふっ」
いや、なんともまぁ、 人(・) 間(・) ら(・) し(・) い(・) 。
そうであれ、と。俺もまた願っていたのだろうな。
自分でも不思議なものだが……何がきっかけになっただろうか。
確信に至ったのは、実際に会ったその日だが、そもそも興味が湧かなければそうなることも無かっただろう。
アスタリオ家。
多すぎる噂話。
入試での満点。
野良神との契約。
あげればキリがないな。
いや、そうであったからこそ、とも言えるか。
話ではスタンピードの最中に尿意を催して森の中に入っていったなんて話もきこえてくる。
もちろん信じてはいないが、なんとも、まぁ、噂話に事欠かない男だ。
実際、ユノについては分かっていないことの方が多い。
偶然とはいえ、俺とあね……失礼、兄上しか知らない筈の神の名を口にしたその瞬間から、更に謎は深まったといえよう。
それに……興味深いことに奴は時折おもしろい思考を垣間見せる。
価値観が似ていることは喜ばしいことだが、その時々の判断理由が……。
「……いや、 ま(・) だ(・) 個性の一言で事足りるか」
少なくとも、確信できるのは。
奴は、ユノ・アスタリオは絶対的に、俺にとって興味深い人物であるということ。
つまりは、特異点。
そして――。
「……」
俺は、机の上に乱雑に広げられた資料に目を移した。
白い羊皮紙の上には、暗号を交えながら、頼んでいた案件についての報告が記されている。
序列3位。ドライからの報告書。
いつも思うが……図体のわりに、綺麗な文字を書くものだ。
何度も目に入れたそれを俺は再び読み返す。
「……クク」
そしてもう何度目かの笑みが漏れた。
いや、いかんな。
きっと笑ってはいけないのだろう。
だが、許してほしいものだ。
この胸の高鳴りに、嘘はつけない。
思えば、平穏とは、時に退屈と 相違(そうい) ない。
求めた答えへの近道だと、俺の勘が告げているのだ。
「……ククク」
分からないことだらけの世界と、解離する価値観が俺を掻き立てる。
この乾きが続く限り、俺はいつだって求め続けるだろう。
非現実への渇望と、新たな物語の1ページを。
三度、扉から鳴るノック。
幕が上がる、予感がした。