軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31話 「見たかったもの」

エリスは激怒した。

「おっそぉぉぃ!」

そう言って白銀の髪をなびかせながらペタペタと僕の元へと走ってくると、腰にひしりと抱き着いてくる天使もとい、悪魔エリス。

「さみしかったよぉ」

と、頬を膨らませながらつぶらな瞳に涙を貯めて僕を見上げる。

「すみません。エリスお嬢様。これでも早く帰ってきたつもりだったのですが」

事実である。 魔軍暴走(スタンピード) の一件もあり、聖フェリス女学園との合同合宿は予定より一日早く終わり、こうして今帰ってきたというわけだ。

「ゆのがいないから、ぜんぜん元気がでなかったの」

そうだったのぉ。

「でもね、でもね、いま、元気になったよ?」

ふふ、可愛い……くないっ!

何故なら僕は知っている。

扉の隙間から部屋の中の様子を覗いた時、僕の目に映ったのはベッドの上でだらしのない顔でゴロゴロとする悪魔の姿だった。

「それより、ゆの?」

「はい? エリスお嬢様」

エリスのつぶらな瞳が僕の背後へと向けられる。

「なぁに? それー」

エリスが僕の背後でお座りしているフェンリルを指さしながら首を傾げる。

――そう。今日からフェンリルは僕と一緒に暮らす事になったのだ。

「こちらは合宿先で仲良くなった狼獣です」

僕がそう言いながらフェンリルの頭を撫でると、何故かエリスの瞳から光が消えた。

「…………めす?」

「はい?」

めす……ああ。メスなのか? という事だろう。

フェンリルは神獣な訳だが……そもそも性別はあるのだろうか?

『……好きに答えてよい』

フェンリルの声が頭に響く。僕は指示通りとりあえず答える事にした。

「はい。女の子です」

そんな気がした僕は笑顔でエリスにそう告げる。

すると悪魔の顔に濃い影が落ちた。

「……ペットってこと?」

ペット……まぁ、形式上はそうなるのだろうか?

「はい」

僕がそう言うと今度はフェンリルの黄金の瞳が僕を見つめる。

『ペットとはなんじゃ?』

『相棒って意味です』

僕がそう即答すると、フェンリルの黒い尻尾が左右に揺れる。

ふふ……可愛いな。こうしていると狼獣というよりは本当に犬みたいだ。

「どこで、暮らすの?」

ゆらり、と悪魔の小さな体がゆれる。

今日は黒いネグリジェを着ているからか、何だが本当に雰囲気があった。

「犬小屋ができるまでは、しばらくは僕の部屋です」

そう。実はフェンリル飼育の許可を取る際に、当主アルゴス・フレイムから犬小屋の製作が義務付けられたのだ。

しかし、今はこんな姿でも、神獣である。あまりの恐れ多さからなんとか撤回を願い出たのだが――。

『――よい。狭い方が落ちつくのじゃ』

というフェンリルの一声により、事なきを得たと言う経緯がある。

どうやらルナの親父、アルゴス・フレイムは動物が大の苦手らしい。

「わたしと、ゆのの部屋に?」

僕の部屋だよ。僕の。

「ええ。僕の、部屋にしばらくは」

「そう……なんだ」

エリスは紫の瞳を揺らしながら、口元に手を持っていくと、何やら考えるように口を結ぶ。

……こういう仕草はルナにそっくりだ。

なんて事を考えていた時だった。

「かわいぃ!」

溶けるような甘い声色でそう言いながらフェンリルの頭を撫で始めるエリス。

その顔には先ほどまでとはうって変わって明るい満開の笑顔が浮かんでいた。

……ふふ。そうか。さすがのエリスも年相応に可愛いものには弱いと見える。

「なまえは、なんていうの?」

そう言ってフェンリルを撫でながら上目遣いに僕を見るエリス。

「……名前」

そういえば名前を決めていなかった。

『フェンリル』というのが正式名称な訳だがそのまま呼ぶわけにはいかないだろう。

魔軍暴走(スタンピード) の件もあり、神獣の森からフェンリルが消えたとそれなりに騒がれているようなのだ。

そんな事を思いながら僕が頭を悩ませていると、廊下の奥からルナが優雅な足取りでやってくる。

「なんの話をしているのかしら?」

そう言いながらフェンリルの前に屈むと、エリスと同じように黒いモフモフの頭を撫で始める。

不思議な事にその瞬間、エリスが頬をぷくりと膨らませた。

「いえ、名前をどうしようかと」

僕がそう言うと、ルナの紫の瞳が少しだけ輝いた。

「この子は――ポチよ」

鈴を鳴らしたかのような美しい声色で告げられる衝撃の一言に僕はたじろいだ。

「……ポチ、ですか?」

「ええ」

ルナはそう言うと、穏やかな表情を浮かべながらフェンリルの体を優しくなでる。

その姿は、さながら風の吹く高原で聖女が楽器を奏でているかのような雰囲気だった。

「優雅で、気高く、そして美しい。だから――――ポチ」

どこにポチ成分が?

「え、あ、あの嬢様、他には……」

と、僕がフェンリルのフォローに入ると。

『……良い。儂はこの人間が気に入っておる。好きに呼ばせよ』

……驚いた。どうやらルナはいつの間にかポチに気に入られていたらしい。

……ポチ。

「ふふ」

おっと危ない。

「わたしもポチすきぃ!」

とエリスがポチをわしゃわしゃすると、ルナも楽しそうに穏やかな笑みを浮かべる。

……なんかいいな。これ。

と、僕が感傷に浸っていると、何やら視線を感じ振り返る。

すると、僕の神様が赤い瞳を潤ませながら自室の扉の隙間からじっとこちらを見つめていた。

「神様?」

僕は気になって、そう声をかける。

「え、あ、あの……す、すみません。つい、見てしまいました」

そう言いながら扉からもじもじと出てきた神様の視線がポチへと注がれている事に気づいた僕は――。

「神様も触ってみてください。モフモフですよ?」

「え……いいんですか?」

そう言って瞳を更に潤ませる僕の神様。

「いいに決まってるじゃないですか! さぁ! 一緒にモフモフの天国へ!」

僕は神様の手をとるとフェンリルの元へと神様をつれていく。

すると、ポチも気を使ってくれたのか、その場でごろんと横になった。

『ありがとう。ポチ』

僕のその声には何も答えず、黄金の瞳が女神アテナへと向けられる。

「え……あの……失礼します!」

そう言って神様の白い手がフェンリルの耳にちょこんと触れた。

「……っ! すごいですユノさん! ふわふわです!」

そう言って口を三角にしながら目を輝かせる僕の神様。

「ねぇねぇ、ここもモフモフするよ!」

エリスが神様の手を掴み、ポチのフサフサの腹へと持っていく。

すると――。

「す、すごい! 雲みたいですっ!」

そうはしゃぎながら眩しい笑顔を浮かべる神様をみて、涙腺がふと、緩んだ。

――良かった。

目の前に広がる光景を見て、僕は心の底から喜びを感じていた。

帰ってきた。そう思わずにはいられなかったのだ。

神様が笑って、ルナも、エリスも笑っている。

その中心にいるのが、神獣の森で人間に裏切られたフェンリル――ポチ。

自分がやって来た事全てを肯定したい訳じゃ無い。それでも、僕は――。

――こんな一幕が見たかったんだ。

情けない顔を見せないよう、僕は神様達に背中を向けて静かに歩き出す。

……実は、下の方を催していたのだ。丁度いい。

すると、ポチの声が頭に響いた。

『――その顔……さすがじゃな。もう気づいたか』

………ん?

『どうやら邪神のお主に用がある輩が近づいて来ているらしい』

……初耳である。が、僕のつまらないプライドが顔を出す。

『……ああ。だが僕には外せない用がある。ひとまず任せてもいいかい?』

僕がそう念じると、ポチの声色に熱がこもる。

『もちろんじゃ。お主に近づくやつはまずは儂に会ってもらう。そんな掟を作る予定じゃった。まずしばらくは儂に任せよ』

そうじゃったか。

『では……頼んだよ』

僕は背中越しに決め顔でそう言うと、そそくさと二階共用のトイレへと向け足を進める。

うう……結構ギリギリだ。たまに「あ、これは我慢できないやつ」が襲ってくる時があるかと思う。今が正にそれだった。

自分の部屋のを使えばよかったのだが、まぁ、ここまで来たら後の祭りだ。それに僕は周りに人の気配があるとどうも落ち着いて用を足せない性格だ。

……それにしても驚いた。フェンリルの言う邪神ノアに用があるという 輩(やから) 。まさかそんな奴が近づいてきているとは。

人任せ、というより神任せにするのはどうかと思うが、ここはひとまずポチに従って動く事にした方がよさそうである。

それに、僕にはまずやるべき事がある。

新入生による闘技大会。まず、僕はそこで実力を示し、生徒会入りを目指す事を目標にしている。僕ならできる筈だ、問題はどれほど……と、まずい、そろそろ限界だ。

僕はトイレのドアノブに手をかけ――るが、回らない。

冷や汗が体中から噴き出した。

恐る恐る、僕は扉をノックをする。

「……入っている」

返ってきたのは、重く深い、男の声。

「………………ジーザス」

――――新しい幕があがる。そんな予感がした。