軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30話 「邪神降臨―ー後編」

「レイ・アスタリオ。それが私の名よ」

震えたまま動かないグラムスを庇うように立つ姉上が、僕をまっすぐ見つめてそう告げる。

「あなた名は?」

……自由な神々をも縛る絶対のルール。神は自らの名前を 偽(いつわ) れない。

だが、それは神であったならばの話である。

僕は神じゃない。人間だ。だからそのルールは僕には適用されない。

とはいえ、この偽りの姿にも名前は必要だ。それに姉上は既に僕に名を問いかけている。ここで答えないのは不自然だろう。

僕は考える

どうせならカッコいい名前をつけようじゃないか。

……よし、決めた。

僕は記憶の中に眠るおとぎ話を参考に、願いを込めて、こう名乗ることにした。

「俺の名は…………………………」

………………。

――え?

なんだ? 言葉がでてこない。

《ノア》。それが僕の決めた名前だ。それなのに、口が、喉が、それを否定するように動かない。

「……がっ!」

疑問に思ったその時だった。激しい頭痛が僕を襲う。

そのあまりの痛みに僕は地面に片膝をつき、荒く呼吸を繰り返す。

――なんだこれは?

頭の中が、埋め尽くされる。

ゼウス、ゼウス、ゼウス、ゼウス…………。

その、名前で、埋め尽くされる……!

どういう事だ。ゼウスは僕が初めて契約したおっさんの名だ。

それを 騙(かた) れと僕に言うのか……!?

「? どうしたの?」

僕の様子に違和感を抱いたのか、姉上が 訝(いぶか) しがるように僕を見つめる。

――――がっ……!

今すぐ名乗ってしまいたかった。僕の直感が告げている。『ゼウス』と名乗れば痛みは止まる。

だが、それでは――。

真実の為に行動を起こした僕が、関係のない神の名を騙っては、意味が無い……!

『運命に弄ばれるその姿。道化であろうよ。お前は何も決めてはいない。ただ用意された道を歩いているに過ぎぬ盤上の駒。それがお前だ』

そう言って退屈そうに僕を見た最高神ルシファーを思い出す。

なんで今この瞬間に思い出したのかは、分からないけれど――

――なんだかとても、不愉快だ。

「……ノ……ア……!」

僕は体を 蝕(むしば) まれる感覚を振り切るように、必死に言葉をひねり出した。

「俺の名は……ノアだっ!」

そう叫びながら、大地を強く蹴り加速する。

その一歩が、その瞬間が。自分で物語の始まりを創り出す実感を強くした。

もう後戻りはできない。この場に来ることを決意した 瞬間(とき) に、姉上と戦う覚悟はできていた。

僕は 魔軍暴走(スタンピード) を起こした邪神ノア。

――神には物語が必要だ。眼前にいるは、剣聖レイ・アスタリオ。

相手にとって不足は無い。

一瞬で僕は姉上の間合いに飛び込むと、右腕で掌打を繰り出す。

それと同時に姉上も動く。手にしていた剣を鋭く僕へと突き出した。

僕は右手を。姉上は剣を。

それが衝突して――爆風を生む。

姉上の黒い髪が大きく乱れた。たぶん僕も同じだろう。

その 最中(さなか) 、視線が重なる。その刹那の間に姉上が優しく微笑むのを僕は見た。

「……そう。ノアというのね。あなたは」

姉上は確認するようにそう囁くと、間合いを外すように後方へ距離をとる。

仕切り直し……といった所だろうか。

対して僕は何も言わずに、姉上に黙って視線を向けたままでいた。

…………強いな。

そんな的外れな感想が頭に浮かぶ。

姉上が強い事なんて分かりきっていた事だ。剣聖の二つ名は伊達では無い。

だが、そう思ってしまうのも当然なのかもしれない。

なにせ、剣聖の姉上と戦うのは――初めてだ。

「ふふ……」

思わず笑みが零れた。そんな僕の様子に姉上は同じく微笑みで応える。

「あなたの力はこんなもの? だとしたら残念だわ。私はまだ半分も力を出していない」

恐らく本当の事なのだろう。我が姉ながら大したものである。

だから僕も事実を告げる。

「お互い様だな。ちなみに俺はまだ 一(・) 割(・) も力をだしていないぞ?」

そう僕が言った瞬間、姉上がむっとした表情を作りながら動きだす。

僕に向かいまっすぐ向かってくる姉上。それが目の前まで来た時、姿が残像を残して掻き消えた。

「最強奥義――ユノ・クライシス」

瞬間――僕のいたその場に四方八方全方位から同時に斬撃が飛んでくる。

それを僕は、一度の回し蹴りですべてを弾いた。

「……なにっ?」

姉上の驚いた声。そう言いたいのは僕である。

「酷い名だ」

思わず素で呟いてしまった程だ。

姉上の姿がいくつもの残像を作りながら、再び後方へと距離をとり、現れる。

「ふぅ……ふぅ……」

苦しそうな呼吸の音。

その上下する胸元から察するに、最終奥義というのは本当の事なのだろう。

対して僕はどうだ。ユノ・クライシスなる奥義を、回し蹴り一つで防いでみせた。

しかも呼吸はまったく乱れてはいない。

「ふはははははっ! どうした剣聖! こんなものか?」

僕は笑ってみせた。演じるのは邪神。剣聖をも圧倒する強者の風格を醸し出す。

「……さすがね」

姉上のその呟きは、風に乗って飛んでいく土煙と共に夜空へと溶けた。

「…………」

――風が、強く吹いていた。

人外の域に達した戦い。その様子をただ黙って見ている事しかできない騎士たちを見回しながら、僕はこの後の筋書きを決めていく。

魔軍暴走(スタンピード) を引き起こしたのはフェンリルではなく邪神ノア。

そう認識されて初めて僕の目標は達成される。

そんな僕の考えを知ってか知らずか、姉上が再び口を開いた。

「何のために、スタンピードを?」

当然の質問だ。 故(ゆえ) に僕は即答する。この場にいる誰もが聞き逃さぬように。

「特に理由などありはしない。強いて言うなら――俺の存在を知らしめるため」

僕のその声は静寂に包まれたこの場に重く響いた。

自分勝手で、横暴な理由だ。だが、それが逆に神っぽくもあると僕は踏んでいる。

「そ、そんな理由で魔軍暴走を引き起こしたというのか……! な、なんて邪悪な……!」

ほぉら。予想通り。ノアという神の異常性が、グラムスのその一声で 伝播(でんぱ) していく。

「……邪神……ノア」

騎士の中の誰かがそうぽつりと呟いた。

後に続く沈黙が、僕に答えを教えてくれた。

――物語りが書き換わる。今この瞬間に、 魔軍暴走(スタンピード) の首謀者は僕になった……はず。たぶん。

「それが本当だという証拠はあるの?」

姉上のその問いに、僕は少しだけ考察を深める。この頃には続いていた頭痛が無くなっていた。

魔軍暴走(スタンピード) を引き起こしたという証拠……。

そんなものは、ありはしない。それは真の首謀者であるアスタロトであっても同じだろう。

けれど、そうだな。たぶん僕も起こせる。

僕はニヤリと口の端を吊り上げながら姉上に告げる。

「今すぐに再現してみせようか? 時間はとらせぬ。一瞬だ」

……こんな口調だっただろうか?

それはさておき。僕のその一言はこの場にいる全員を震え上がらせた。

「こ、こ、ころす! コイツを生かしておいては、この国はお終いだっ!」

グラムスは肩を震わせながら、その場に立ち上がると、血走った目で僕を睨んだ。

僕はその視線に応えるようにグラムスを睨み返す。

その目が、僕は気に入らない。この国を思うのであれば、もっと正しい選択ができた筈だ。真実を確認しようと動けばよかった。入手した情報を精査するべきだった。

――それをコイツは怠った。

それどころか、事もあろうに森を守った神獣を討伐しようと軍を率いてやってくる始末。

知らなかったでは済まされない大失態だ。その理由が絶対である神の言葉であったとしても。

姉上の目は、常に最善を考える光があった。

それがコイツには微塵もありはしない。

信じた神に身を委ね、自分の思考を放棄する。

……なんだそれ。操り人形じゃないか。

最後に一度だけ警告を出そう。

僕は右手に魔力を集めると、グラムスの足元に向けてそれを放った。

瞬間――爆裂音を轟かせ、大地を深く抉りとる。

「は……は……っ」

よろり、よろりとグラムスは後ずさり、足元にできた大穴を覗き込むように膝をつく。

はっきりと分かった筈だ。お前らじゃ僕には勝てない。それでも僕に向かってくるのであれば、容赦をする必要はないだろう。

だってそうだろ?

殺さないように手加減をする邪神。なんだそれ。

そんなやつなら邪神などとは呼ばれはしない。

つまり、この戦場に立ったその時に、僕はとっくに 覚(・) 悟(・) を決めているのだ。

でも、生きるか死ぬかを決めるのは僕じゃない。お前達だ。

――さぁ、どうする?

騎士たちの目はグラムスの前にある抉れた大地に向けられている。

震える者。唖然とする者。涙を流す者。様々いた。

そして――。

「……む……むりだ……あんな奴に勝てっこない」

そう誰かが呟いたその時、命の天秤が傾いた。

「うわああああ」

「む、むりだっ!」

「貴様ら! なんのつもりだっ!」

一人、また一人と戦場を去っていく、音に聞こえし王国の 剣(つるぎ) 。あいつらの今後を思うと少しだけ憐れに思う。

だが、それだけだ。

「お前は逃げないのか?」

僕は逃げて行く騎士たちを唖然と見つめるグラムスにそう問いかける。

「…………黙れ悪魔め。貴様など、我が国の守護神にかかれば……」

返ってきたのは雑言。僕はそれを肯定と受けとった。

「……ならば死ね」

そう言った僕の心が死んでいくのが分かった。耐えられるだろうか。

人を、殺した、その罪に――。

僕は手のひらをまっすぐ突き出した。その先に、小さな黒い塊ができていく。

なんて事は無い。魔力をただ圧縮して放つだけだ。

それに、姉上がいる。それに――外れる事だってあるかもしれない。

「いいのか? 脅しではないぞ」

「……ふんっ、好きにしろ。我が主様の加護がある限り、貴様のような悪魔に殺される事などありはしない……!」

……そうか。そうか。そうか。

最早、これまでだ。

「……」

……どうした僕。覚悟を決めた筈だろう?

これだけ言われて黙っているのが、お前の演じる神なのか?

「…………っ!」

撃て、撃て、撃て、撃て……!

「――消えろぉぉぉ!」

僕はそう叫びながら、魔力を――――放った。

心がすっとした。視界に広がる全てが色あせて見える。

……これで……いい――。

「――バカ者が」

「……っ!?」

その瞬間、僕は信じられないものを目にした。

グラムスの盾になるように立った一人の人間。

――僕、ユノ・アスタリオがそこにいた。

それだけでは無い。

「ユノさんっ!」

そんなユノ・アスタリオを守るように、女神アテナが盾とならんと両手を広げ、僕の放った魔力に向かう。

「ばかなっ! なにを――」

僕は焦った。たぶん今まで生きてきた中で一番焦った。

――時間がゆっくりと流れ始める。

自ら放ったその魔力を止めようと、僕は動く。

けれど、僕だからこそ分かってしまう

――無理だ。間に合わない。

涙が溢れた。僕は一体何をしている……!

「――見損なわないで、邪神ノア」

僕の耳が姉上の声を。そして僕の目が、凛々しい姉上の姿を捉える。

「はぁ……っ!」

瞬間、一閃。姉上の剣が、僕の放った魔力を切り裂く。

それと同時に、女神アテナを守ろうとしたであろう、クライムが頭から地面に突っ込んだ。

……静寂が訪れる。

この場に残っていた騎士たちは皆、唖然として固まっていた。

僕も同じだ。あまりの緊張に現状を把握できない。

なぜここに神様が? それにクライムも。

僕が着地したここは、ルナたちと別れた拠点から離れていたはず。

そんな中、その声が頭の中に響いてきた。

『お主のしたかった事とはこれか?』

その声の主に気づいた僕は、突然現れたもう一人の自分へと視線をやった。

『こやつらには適当に話しておいた。儂と契約した後、一度神獣を森から逃がすために森へと赴き、帰ってきたと』

少しずつ状況を理解していく。あれはフェンリルが僕に擬態しているのだろう。

だからこそ分からない。

『なんでここ来た? 神様達を巻き込んでっ!』

僕はそう語気を荒げてフェンリルへと心の中で叫ぶ。

『気取るなよ 人(・) 間(・) 。そんな泣きっ面で人を殺めても邪神には見えはしまい』

「……っ……!」

『それに、こやつらは勝手についてきただけじゃ。儂は知らん』

そう面倒くさそうに言ったユノに、女神アテナが突然抱き着く。

「なんてことを……! 一人で勝手に死なないでくださいっ!」

「心配するでない。わ、ぼくはげんきじゃ」

「「「……じゃ?」」」

涙を流す女神アテナを見て、僕は自分を恥じていた。

あんなに綺麗な神様の近くに、僕がいる資格はあるのだろうか。

『それで? まさかこれで終わりなのか?』

フェンリルの声が再び頭の中に、響く。

一体なにが言いたいのだろう。

『お主が演じたそれは、このまま何もせず突っ立ているだけか?』

……っ!

そうだ……何かしなくちゃ。

何かないか……何か……! 考えても、考えても何もでてこない。

「――形勢逆転、といったところかしら?」

姉上がそう言って剣の切っ先を僕へと向ける。

「あなたは勝てるかしら? 私だけならいざ知らず、この場にはあなたと同じ 神(・) がいるわ」

――瞬間、頭の中を電撃が走った。

姉上が何を思ってそう言ったのかは定かではない。しかし――。

僕は決める。この状況を最大限に生かす事を。

「ふふふ……ふははは……ふははははははっ!」

まずは笑う。悪そうに。それでいて自信満々に。

「やるではないか……! 人間共! まさかこの俺に対抗しようと女神をこの場に呼び寄せるとはっ!」

そう言って僕が女神アテナに視線を向けると、それに釣られるようにして騎士たちの目が神様へと向けられた。

「……え? え?」

自分が多くの視線を集めている事に気づいた神様が、段々と顔を赤くして焦り始める。

「確かにこれでは俺が不利か……剣聖に加え、最強の女神アテナを相手にしては、さすがの俺も少し厳しい」

僕がそう言った瞬間、神様がそれを否定するように、両手を突き出し手のひらを横に振る。

「な、な、なにを言ってるんですかぁ!」

さらに激しく振られる神様の可愛い両手。

――い ま だ。

僕は自らの後方にありったけの魔力を打ち出すと、大地を踏みしめ我が友クライムのように横へと飛んだ。

瞬間、僕の後方で大地が爆ぜる。

その衝撃が風となり、可愛く固まっている神様の白銀の髪をなびかせた。

僕は顔面から大地に着地すると、「ぐぬぬ」と唸りながら女神アテナへと視線をやって大きな声でこう口を開く。

「やるではないか……! 女神アテナっ!」

「……ふぇ?」

茶番である。しかし、目には目をとは こ(・) う(・) い(・) う(・) 事だろう?

僕は土煙をあげながら、その場に立ち上がると、翼をはためかせ宙へと浮かぶ。

「仕方がない。貴様らを血祭りにあげるのはまた今度の楽しみにしておこう。せいぜいそこの女神に感謝する事だな」

などと、のたまいながら、ふらり、ふらりと空へと飛びあがる。

「邪神ノア。用心することね。あなたの存在を世界は決して許さないわ」

僕へとそう告げる姉上を背中越しに見つめる。

確かに。邪神ノアは今日をもって世界の敵になった。

その存在を消し去ろうと、多くの強者たちが僕の行方を追うだろう。

姿を変えているにしても、もしかしたらそれを見破るスキルがあるかもしれない。

つまり、本来の姿であっても油断はできない。僕はそれを理解した。

普段の生活はもちろんの事、学園でも実力を見せるのはギリギリまで隠す必要があるだろう。それこそ神様やルナの身に危険が及ぶその時までは――。

「ち、違います! あれは私がやったんじゃ――」

多くの人だかりの中、歓声をあびる女神アテナを流し見る。

神様ごめんなさい。きっとあなたはこんなやり方では納得しないでしょう。

でも、それでも僕は決めたんです。

今は嘘でも、僕が真実にしてみせる。あなたを最高神にする事が、僕の目標であり生きがいだ。

――まずは学園だ。そこで神様の立場を押し上げる。

実力を隠したままでは難しいだろうか? いいや、僕は自分の強さを知っている。

そうさ。模擬戦の時ぐらいで丁度いいのだ。

簡単だろう?

――ちょっと本気をだせばいい。