軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

117話 「反逆の狼煙・上」

生徒会室は 厳(おごそ) かな雰囲気に包まれていた。

まだ日の沈んでいない時間だというのに室内は仄暗く、異様な静寂に満ちている。

両肘を卓上につけたまま重ねた両手に顎をつけて沈黙するロイド先輩。その後ろでは壁に背中を預けたまま腕を組んで瞳をとじるセレナさんの姿があった。

「……」

呼吸の音にすら気をつかってしまいそうになる静寂の中、セレナさんが何かを言いたげにロイド先輩へと視線を向ける。

それがきっかけになったのかは定かでは無いが、静寂を裂くようにしてロイド先輩が口を開いた。

「……どこまで把握している」

視線と共に投げかけられた言葉は、とてもシンプルなものだった。

「……」

僕は小さく息を吸って、事前に考えてきた言葉を口にする。

「暗部の働きによって、神様とティナが無事に救出された……と、認識しています」

ユノ・アスタリオは結末を詳しく知らない立場にある。

その一部を知ったのは神様がフレイム邸に帰ってきた時だ。

「……」

僕の言葉を吟味するように、ロイド先輩は瞳をとじて黙り込むと、一度瞬きをして再び僕へと視線を向けた。

「……それだけか?」

「はい」

僕は小さく頷いてロイド先輩の視線を受け止める。それから少しの間、生徒会室は再び静寂に包まれた。

「……もう一つ、問おう」

そう前置いて、ロイド先輩は僕の目をまっすぐ見つめながら口にした。

「 あ(・) の(・) 夜(・) ……お前はなにをしていた?」

「……」

――あの夜。

それは確認するまでもなく、英雄神マルファスが消え、神様とティナが救出された日のことを指している。

もちろん、その質問があることは事前に予想していた。

「……恥ずかしながら、途方にくれていました。やつの居場所がどうしても掴めなくて」

この時、思わず両手を握りしめてしまったのは、あの瞬間の怒りと絶望を覚えているからだ。

言葉は偽りでも、すべてが嘘ってわけじゃない。

「……なるほど。つまり――」

ロイド先輩は、そう口にして口の端をわずかに吊り上げる。

当然、その後に続く言葉を、僕は想像できていた。

「意気揚々と生徒会室を飛び出した後、お前はなにもできずに暗闇を 彷徨(さまよ) っていた……そう、言っているのか?」

「ロイド」

セレナさんの声が室内に小さく響いた。

「……」

僕は押し黙ることしかできない。

指摘されると、あらためて自分の言葉……行動がいかに情けないものであるのかを嫌でも理解してしまう。

けれど、この方向でいくしかないのだ。

どれだけ情けなくとも、邪神ノアと僕の繋がりを気取られるわけにはいかない。

「……」

今、僕が口にすべきなのは謝罪の言葉だけだ。

そう思い至った瞬間、ロイド先輩は僕へと手のひらを向けた。

「……許せ。責めるつもりは無い。詳細は省くが特殊な方法でしかたどり着けない場所に、女神アテナとティナ・バレットは幽閉されていた。したがって、ユノ。お前がたどり着けなかったのは至極当然ともいえる」

「……」

特殊な方法でしか、たどり着けない場所。

恐らくあの不思議な結界のことをさしているのだろうと分かった。

実際、ポチに導いてもらわなければ僕はたどり着けなかっただろう。

「……」

……?

それが事実だとして、ロイド先輩はどうやってあの場所に――。

僕の中に疑問が生まれた瞬間だった。

「だが――不思議なことに、あの夜、俺はお前があの場所にたどり着くことを信じて疑わなかった」

「……」

「破綻しているだろう? たどり着けないと知っていたにも関わらず、だ」

「……それは」

「買いかぶりだった、とは思わない。…………いいや、思いたくないだけなのだろうな」

「……」

僕は再び、閉口した。

「……話がそれたな。本題に入ろう」

そう言って、ロイド先輩は話題を切り替えるようにして目を細めた。

「……まず、真っ先に知りたいであろう野良神誘拐事件の首謀者だが……」

言ってロイド先輩はセレナさんへと目配せをした。

その視線に応えるようにセレナ先輩は小さく頷く。

「……英雄神の一柱……マルファス様である、という説が有力だ」

「……有力?」

驚く演技も忘れて僕は思わず口にしていた。

有力もなにも、確定でいいはずだ。あの場には神様の他にもティナだっていたわけで。

「……ああ。被害者の一人であるティナ・バレットの証言により、そう仮定されている」

「……仮定」

「ああ。仮定……想定の話だ。つまり……恐れ多いことにマルファス様が被疑者という扱いになる。……あくまで暗部としての結論で言えば、の話だがな」

僕はその言葉の中にある違和感を見逃さなかった。

「……暗部として、ということは……つまり」

ロイド先輩は薄く笑った。

「お察しの通りだユノ・アスタリオ。公的には野良神誘拐事件そのものが無かった、という扱いになる」

「……」

「不服か?」

「……」

当たり前だ。

……けれど、それを言葉にすることを僕はしなかった。

理由は明白だった。どんな結論に至ったとしてもヤツは既に、僕が、この手で葬ったのだから。

「文句なら受け付けよう。その決定をくだしたのは俺だからな」

「……」

…………は?

「……ロイド先輩?」

頭の中が一瞬で真っ白になる。

事実、僕はいまだにロイド先輩の言葉の意味を理解できないでいた。

今、この人は何て言ったんだ?

「は、はは。ちょっとまってくださいよ」

僕は自分でもわかるくらい動揺していた。

野良神誘拐事件は無かったこととして処理される。

実は、それに関しては予想の範疇だ。

神獣の森での一件で僕は痛いくらい理解している。

この国にとって英雄神とは権力の頂点に座する存在だ。

そんな存在の悪行が 公(おおやけ) にされる可能性は低いと最初から知っている。

だからこその邪神だ。……そうだからこそ、ノアという存在を僕は創り出したのだから。

「……なにか、理由はあるんですか?」

事実を歪める神々への不審。

それもノアを演じる理由の一つだというのに、その立場にロイド先輩が成り代わったという話だ。

簡単に受け入れられる話では無い。

そんな僕の重苦しい胸中とは裏腹に、ロイド先輩は平然と口にした。

「 都(・) 合(・) が(・) い(・) い(・) か(・) ら(・) だ(・) 」

「――――」

僕は息を飲んで言葉の続きを待った。

「俺にとっても……そして……」

ロイド先輩はそこで一度言葉を止めると、瞳を閉じて沈黙する。

それと同時に、セレナさんの表情が険しくなったのを僕は見た。

「……」

―― 都(・) 合(・) が(・) い(・) い(・) 。

その言葉の意味を僕はもう少し深く考える必要があるのかもしれない。

ロイド先輩はさておき、反応からしてセレナさんも一応納得しているとなると話は別だ。

つまり、ロイド先輩の判断を四大貴族バレット公爵家の令嬢にして、この学園の生徒会長であるセレナさんが認めたということになる。

それだけの理由が『都合がいい』という一言に込められているとするならば、難しい考え方をする必要なんて最初からなくて。

「………… 暗(・) 部(・) にとっても、 公(・) 爵(・) 家(・) にとっても都合がいい、ということですか?」

僕がそう口にした瞬間、ロイド先輩は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「正解だ。ユノ・アスタリオ。なにも内々に事件を処理することによって生まれる恩恵は、神々だけに与えられるわけではない、ということだ」

ロイド先輩は続けて語る。

「最終局面において、被害者は三人。女神アテナ、そして公爵令嬢であるアリス・ローゼとティナ・バレットだ。公爵令嬢が巻き込まれる……その事実は最悪なものである一方、ある条件においては幸運にも転ずる」

「ある程度の事情を知っている者、いや、知っていても許される者……そして、理解がある……」

僕が自分で確かめるように言うとロイド先輩は小さく頷いた。

「ああ。したがって口止めは容易だった」

ロイド先輩はニヤリと笑うと、セレナさんへと視線を移す。

「公爵家としても神々とことを構えるのは避けたいだろうからな」

「……」

セレナさんはそれが自分に向けての言葉であることを理解しているのか、苦虫をかみつぶしたかのような顔をして黙ってうつむいた。

「……」

反応から察するに、理解はしていても納得はしきれていない、といったところだろうか。

それも当然か。あれだけ妹が痛めつけられたのだから。

記憶の中から痛々しいティナの姿が浮かび上がる。同時にあの場所から退散……飛び去る前にあったティナとのひと悶着が鮮明に浮かび上がってきた。

「……」

そのことについては、今度また思い返すとしよう。

「どのみち国に判断を仰いだところで、公になるわけでは無い。で、あるならば最初から無かったこととして処理した方が余計な軋轢を避けられると判断した。今回の一件を知っている可能性のある神々に対しても叛意の無さを示すことができる、というオマケ付きだ。無論、 結(・) 果(・) 次(・) 第(・) ではこうはいかなかっただろうがな」

……最初からそう言ってくれればいいのに。

「……暗部にとっても都合が良い、というのは、今回の事件の首謀者がマルファス様だったと断定した時、 我(・) 々(・) が敵と定めるべきは神々という判断もできる」

「……」

「……そこで問うがユノ・アスタリオ。お前は英雄神の神々と戦い、勝利することができるか?」

「……」

僕は首を横に振った。

脳裏に浮かんできたのは最高神ルシファーの姿。

目の前で相対した時、戦う、という思考が生まれるかどうかも怪しいくらいだ。

「で、あるならば、俺たちがするべきは――」

言って、ロイド先輩は口の端を怪しく吊り上げた。