作品タイトル不明
99話 「期待」
卓上の蝋燭にふたたび火が灯る。
その淡い炎が、生徒会室の暗闇に僅かに温かな光を生み出した。
嵐が過ぎ去ったような生徒会室。その静寂の中で、フィーアが呟くように言う。
「……よろしかったのですか?」
「…………」
その問いにロイドは押し黙るようにして瞳を閉じた。
簡潔にも聞こえるフィーアの問いが、言葉以上に重く、複雑なものであることをロイドは理解していたのだ。
だからこそ――。
「はっきり言ってみろフィーア。それでは曖昧が過ぎる」
「…………」
その言葉に、今度はフィーアは押し黙った。
ロイドらしくない、そんな感想を抱いたと同時に彼の苛立ちを僅かに感じ取る。
その時点で、これが緊急事態であることを改めて悟ってしまうのだ。
当然、フィーアとて理解している。
既に、事は暗部だけで処理するには難しい局面を迎えていることを。
「……」
重くたゆたう静寂を切り裂くように、ロイドが呟くように口を開いた。
「……ユノには悪いが、実のところ問題は女神アテナが攫われたことではない。恐らく敵の重要目標では無かったはずの、ティナ・バレットが連れ去られた。これが問題だ」
ロイドの声色が、室内に冷たく木霊する。
無慈悲に聴こえるその内容は、実のところ的を得ている。
政治的な観点においては信仰も薄く、権力の無い元野良神が連れ去られるのと、四大貴族の令嬢が連れ去られたのではわけが違うのだ。重さも、なにもかもが最悪の方向に傾きつつあることをロイド・メルツは危惧していた。
それが、あえてユノには聞かせることのなかったロイドの胸の内であり、先のフィーアの問いへの答えの一つでもあった。
「……裏をかかれた、か。いや……」
卓上に両肘をつけ、手を組むようにしたままの格好でロイド・メルツは瞳を閉じる。
少しの間をおいて、再び囁くように口を開いた。
「――敵は一人ではない可能性がある」
フィーアは眉をひそめた。
「……単独犯ではない……と?」
「ああ。その可能性が高い……いや、高まったと言うべきか」
フッ、と自嘲するようにロイドは笑う。
そう難しい仕組みではないにしろ、実に鮮やかな方法だと内心ロイドは思っていた。
暗部の拠点でもある 神無(カンナ) の街への執拗な襲撃。本命は野良神ネムであると思いこまされていた。
しかし、結果としてそれが陽動であったということになる。
その大きな目的は、ユノ・アスタリオであろうことも既にロイドは理解している。
だからこそ分かることもあるのだ。
「……正確には、一人では不可能と判断した可能性が高い」
実際、既にユノを認めていたロイドですら、フィーアからの報告を聞いてユノの戦闘力を上方修正したほどだ。
「用意周到な陽動計画。そして警備体制が盤石であるはずの学園内への侵入。そして短時間での誘拐。……そんなことができる者はそう多くはいないはずだ」
そのロイドの言葉にフィーアは問いを投げかける。
「……ロイド様はすでに、分かっているのではないですか?」
確証はフィーアにもない。しかし、不思議とそう感じていた。
既に、ロイド・メルツは 答(・) え(・) にたどり着いているのではないか、と。
「……買いかぶるな。言ったはずだ。俺は 神(・) ではない」
ロイドは小さく首を振ると、続けざまに口を開いた。
「……だが、不幸中の幸いと言うべきだろうな。これでアリス・ローゼまで連れ去られていたのであれば 一(・) 刻(・) の(・) 猶(・) 予(・) もなかっただろう」
「…………」
フィーアは内心、驚いていた。
ロイドの言葉にはわずかな余裕が見え隠れしていたのだ。
「……既に手は打ったということですか?」
「…………」
ロイドからの返答は無い。
それどころか、フィーアの目には口をつぐんだまま何かを深く考え込むロイドの横顔が映っていた。
「……ロイド様?」
ロイドは視線だけをフィーアへと向けた。
「……いや……ああ。時間はまだある。政治的な問題に発展する前に事を終わらせるしかない。セレナ・バレットには通告済みだ。箝口令もしいている」
「どう、動きますか?」
「おまえは学園に待機だ。念の為、アリス・ローゼを護衛しろ」
「承知しました」
「ツヴァイをはじめ一部ナンバーズには引き続き仮称ネムを護衛させる」
「……一部、ということは」
ロイドは不敵な笑みを浮かべた。
「ハイネ……ジースが動く。そして俺もだ」
「……」
フィーアはロイドの言葉に眉をひそめた。
ロイド・メルツが直接動く。それだけならば問題ない。
そこでジースの名が出たことが問題なのだ。
(……ロイド様だけ十分なのに)
だが、それをフィーアが口に出すことはない。
それが嫉妬だと理解しているからだ。同時に、ジースの実力を知っているからこその閉口である。
その代わり、フィーアはずっと胸に抱いていたもう一つの疑問を口にした。
「……そうであるならばなぜ、ユノ君を行かせたのですか?」
ユノ・アスタリオは間違いなく強者だ。
それも恐らく暗部においてジースに匹敵するほどの、と。
だからこその疑問だ。
ティナ・バレットの救出に暗部が動くのであればユノ・アスタリオもいた方がずっと任務の難易度が容易になると感じていた。
表向きはティナ・バレットの救出であっても、同時に女神アテナの救出作戦でもあるはずなのだから。
「……ユノはアインだ。先代から引き続き単独行動を認めている。それに俺は元々組織にあいつを縛り付ける気はない。 必(・) 要(・) な(・) 時(・) にいてくれるだけでいい」
「……」
フィーアは閉口する。
それだけではないはずだ、というフィーアの内心を見透かすようにしてロイドは自嘲するように笑うと口を開いた。
「……あとは興味本位だ。何が起こるのかを見てみたい。それだけだ。うまくいけばどのみち共闘になる」
「そう、ですか」
建前とは別に語ったそれが、最大の理由であろうことをフィーアは理解した。
「…………」
再び生徒会室に広がっていく静寂。
同時に、フィーアの目は捉えていた。
「…………」
フィーアの視線。その先にあるロイド・メルツの顔。その表情。
苛立ちも、恐れも不安も、そこにはなかった。
「――なぁ、フィーア。これから、何が起きるかお前にはわかるか?」
フィーアは、静かに瞳を閉じた。
「……いいえ」
「……俺もだ。何が起きるのか分からない。だからこそ――」
ロイドの言葉は最後まで紡がれることはなかった。
しかし、フィーアには分かっていた。
ロイドの顔に浮かんでいたのは――ただ純粋な歓喜の笑みだけだったから。