軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ 「僕も本当は……」

「おはよう」

扉を開けて僕がそう言うと教室中が静まり返った。

そんな中、窓際最後列に座る幼馴染、アリスだけが僕に意味あり気な視線を送ってくる。

――「ほら、言ったでしょ?」

彼女の視線はそう言っていた。

無論僕とてこうなる事は分かっていた。クラス中から向けられるゴミを見るような視線の理由も重々承知している。

なにせ、魔法も剣もからっきしダメダメな事で有名な僕が、国で最も栄誉ある王都フェリス魔法騎士学園に入学してきたのだから。

「おいおいユノ、来る場所が違うぞ? ここは教室だ。ゴミ箱じゃないぞ?」

そんな声が聞こえると、そこかしこから冷笑があがった。

固まっていた集団の中から、少し肥満気味の男が意気揚々とやってくる。

僕はそいつを知っていた。

「おはようマロ。いい天気だね」

僕がそう切り出すと、マロは脂でテカテカと光る額にシワを寄せ、不快そうに鼻息をならす。

「おいユノ、俺の聞き間違いか? たかだか騎士家の三男風情が伯爵家次男のこの俺を呼び捨てだと?」

「あれ? 同じ学び舎に通う生徒間での身分の違いは卒業まで撤廃され――」

瞬間、僕の顔のすぐ横を物凄い勢いで突風が吹き抜ける。

マロが僕に向けて風魔法を放ったのだ。

「おいおい何勘違いしてるんだよユノ。同じ学び舎? 生徒間? まさかお前、俺とクラスメイトになったなんて思ってるんじゃないだろうな?」

「いや、その通りなんだけど……」

僕がそう切り返すと、マロだけでなくクラス中が殺気立った。

「どうやら現実が見えてないようだなユノ。元幼馴染の俺が教えといてやるからよーく聞け。お前は理解してないようだが、ここは誉れ高きフェリス魔法騎士学園だ。国中から将来を有望視されたエリートのみが入学を許される神聖な学び舎だ!」

無論、理解しているとも。

この学園は隔絶した才能を持つ者、あるいは血の滲むような鍛錬を経てやっと入る事ができる最高峰の教育の場だという事を。

「それなのに、何故、お前がここにいる? 不快だがそれなりに名のある騎士家に生まれながら、魔法も剣もゴミ以下であるお前が! 何の手違いでこの学園に通うというんだ? あぁ?」

クラスメイト達も同じ思いなのだろう。怒りを堪え切れないと言った様子でマロの言葉に小さく頷き、静かに僕の返答を待っている。

それもそうだろう。この場にいる者は多かれ少なかれ今まで決して楽ではない鍛錬をしてきたはずだ。それなのに無能の烙印を押された僕が一緒では、努力の価値も薄れるというものだ。

「それは……」

何と言い返そうか思案するが、うまく言葉が出てこない。

それどころか僕は一度決めた覚悟を投げ捨て、後悔の念に苛まれていた。

――僕だって本当は嫌だったんだ。

僕はストレスで禿げそうな頭を掻きながら、今ここに至るまでを思い返す――。

マロが言ったように僕は代々騎士として国に仕えるアスタリオ家の三男だ。

平民ではない、さりとて貴族とも言い切れない騎士の位を尊び、叙爵を断り続けた変態の家としてこの国ではそれなりの知名度を誇っている。

いや、真に有名なのはその武勲の華々しさだろう。

これまで四人の《剣聖》を世に送りだし、その内一人はおとぎ話に 謳(うた) われる英雄にもなった程だ。

なんと、それだけではない。

『アスタリオこそまこと真なる騎士である』いつの時代かの王様が言ったそんな一句が語り継がれ、長い時を経て全騎士の教訓になる程に、アスタリオ家は有名だった。

我ながらすごい家に生まれたものだとしみじみ思う。

だが、僕にとってアスタリオ家の栄光は厄災でしかない。

『何故、お前は何もできんのだ』

元は《剣聖》だという父はまだ幼い僕に落胆を隠さなかった。

剣もダメ。魔法の才もない。そんな僕が見限られるのは流れ的には当然だろう。

僕はいつしかいない者として扱われるようになった。

毎日夜遅くまで続いた鍛錬の時間も少なくなり、10歳になる頃には無くなっていた。

ああ。なんて可哀そうなユノ・アスタリオ。

アスタリオ家に生まれなければ、それなりの人生を歩めただろうに……と、僕の現状を聞いた人々は思ったとか思わなかったとか。

貴族はおろか街の人々からも無能として認識された頃、僕はというと。

「――計画通り」

ほくそ笑んでいた。

天才か僕……。

控え目な性格な事で定評のあった僕もこの日ばかりは舞い上がった。

この状況を喜んだのにもちゃんとした理由がある。

人間社会で生きていく資格は僕には無いと思ったからだ。

なにせ僕は生まれたその瞬間から成熟していた。

体の話ではない。心の方だ。

僕は今でも覚えている。

泣き笑いの表情を浮かべた母に抱かれながら僕が見ていたのは母では無かった。

「「…………」」

おっさんだった。それも長い白ひげを優雅になびかせるワンランク上のおっさんだ。

母などアウトオブ眼中なのは仕方が無いと言えよう。

そのおっさんは宙に浮かびながら僕を凝視し、重く厳格のある声でこう呟いた。

「誕生日おめでとう」

僕は恐怖した。

このおっさんはヤバイおっさんだと瞬時に理解したわけだ。

いつ取って食われるか分からない中、僕は精一杯泣いて母に我が子の危険を知らせようとしたのだが――。

「あらあら、とっても元気な子ね」

僕の想いは虚しくも母には届かない。

心が折れたのはこの時だ。

もう煮るなり焼くなり好きにしてくれと、僕は静かに目を閉じる。

しかし、次に聞こえてきたのはおっさんの愉快そうな笑い声だった。

「ふふ、そう怯えるな。別に取って食ったりはしないさ」

……本当に?

「本当だとも。だが代わりと言っては何だが、お主に頼みがある」

聞きましょう。

「どうか、俺と契約をしてほしい」

契約?

「ああ。安心しろ。契約と言っても縛りは無い。単に俺の力をお主に与えるだけの事よ」

無料(タダ) でもらえるんですか?

「あ、ああ。無料だとも。それどころか、お主にはきっと栄えある未来が待っているぞ」

では、お願いします。

「俺の名はゼウスだ。まぁ、名乗ってももう意味は無いがな」

こうして僕はおっさん――ゼウスと契約を交わした。

契約と言っても特別な事は何も起きなかった。

不思議だったのは、ゼウスと名乗ったおっさんがとても悲し気な顔をしていた事ぐらいだ。

「では、後の事は頼んだぞ」

最後にゼウスはそう言ってキラキラと輝きながら消えていった。

――それが全ての元凶だ。

安易にしてしまったマイナーな神との契約。

名を名乗っていた事からノラ神では無い筈なのだが、いくら文献を読んでも《ゼウス》なんて名前の神は出てこなかった。

いや、そんな事は些細な問題だ。

重要なのは、あの日、僕は生まれた瞬間に人の身には過ぎた力を授かってしまったという事だけだ。

もうそれからは後の祭りだ。

必死に神経を使い、あふれ出しそうな力を制御する日々。

無能と蔑まれようと一向に構わなかった。なにせそれどころでは無かったのだから。

そんなある日、僕は姉上と騎士ごっこをしている最中にうっかり力を暴発させてしまう。

「姉上!」

自分で出したドラゴンブレス並みの光線を姉上の盾となり自分で受け止める。

酷い自作自演である。これがいけなかった。

「ありがとぉぉぉユノぉぉぉぉ」

僕にとっては当然の後始末なのだが、この時僕は後に最年少で《剣聖》となる姉上の英雄になってしまったのである。

それが原因だろう。

当代最強の騎士、姉上レイ・アスタリオが僕を異常によいしょするようになったのは。

そんなこんなでその日はやってくる。

僕がフェリス魔法騎士学園に入るきっかけになったあの出来事が――。

「父上! 本気ですか!? ユノをアスタリオ家から追放するというのは!」

成長の見込みなしという事で、晴れて自由の身になる前日の事。

《剣聖》である姉上が王都から血相を変えて家に帰ってきたのだ。

「その通りだ! 無能を住まわせる地など、このアスタリオ家には無い!」

父、メロ・アスタリオが唾を飛ばしながらそう叫ぶ――と同時だった。

キィンという鋼の音が木霊する。

両者同時に抜いた剣が交差した音だ。互いに怒り爆発で一触即発、そんな風に見えるが真実は少し違う。

「なんのつもりだ……レイ」

そう。姉上は自らの剣で己の首を刎ねようとしたのだ。

もし、対面にいたのが父上じゃなかったならば、今頃姉上の命は無い。

「本来家督を継ぐべきユノを追放する……そんな事をして生き恥を晒すくらいなら……私は命など惜しくはない」

姉上の気持ちは正直嬉しかったが、今、この場においては勘弁だった。

僕は明日、辺境へと旅立ち、ゆったりと野菜でも育てようと計画していたのだ。

「あの、姉上……お気持ちは嬉し――」

「そこまで言うか……ならば証明して見せよ! 言っておくが私とてギリギリまで信じていた! 我が子が無能である筈が無いと! 信じていたのは私も同じだ! だが、信じた結果がこれだ! 見よこの呆けた面を! これでは騎士どころか、代々続くフェリス魔法騎士学園への入学すらできんわ!」

父上はそう言って姉上との間に肩身が狭そうに鎮座する机を強く叩いた。

「では学園への入学をもって弟の才能を示すとしましょう! 落ちる事で家の名に傷がつくというのならばこの命をもって償いましょう! アスタリオの名において!」

姉上はそう言って手に持っていた剣でアスタリオ家の特徴である黒く美しい長髪をばっさりと断ち切り卓上へと叩きつける。

「……いったな……小娘、家の名で誓った事は、私とて曲げられんぞ」

「ええ。私は本気です。父上」

僕の思惑を余所に勝手に決まっていく僕の将来……。

ここにきて、正直僕は怒っていた。他でもない姉上にだ。

勝手に僕を信じて、勝手に命までかけてしまった。

これは一つ文句でも言わなければ収まりがつかない。

そう思い、姉上に抗議しようとしたのだが――。

「ユノ、頑張ってね。お姉ちゃん。信じてるから」

そう言って僕を抱きしめた姉上が震えていた。

それが決め手だった。

僕は決めたのだ。

このフェリス魔法騎士学園に入学する事を――