軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小夜会での再会

聖女が王宮に来た夜。

王宮では彼女を歓迎する為に、王宮貴族が招かれる小規模な夜会が開かれることになった。

ひと月後には、国中の上級貴族が集められる、大夜会が予定されているのだという。聖女の降臨を国中に伝えるためだ。

大きかろうが小さかろうが、夜会には出たことがなかったが、今の私は幸か不幸か、王太子の近衛魔術師なのだ。彼の付き添いとして、今度は夜会に顔を出せることになった。

もちろん、紫色のローブを着て王太子の警護をする為だけだけれど。

王太子は自室で夜会の衣装を着込み、最終仕上げを行っていた。

「袖周りを二ミリほど小さく致します」

仕立て屋が王太子の袖を測り直し、何やら助手に命じている。

王太子は私が見つめていることに気がつくと、自信に満ちた笑みを見せ、どうだとばかりに両腕を広げ、片足の爪先を上に向けて私の正面を向いた。

「リーセル、どこに行ってた。遅いぞ。――直させたが、これでおかしな所はないか?」

「……ありません。殿下、完璧です」

一流の容姿を持つ男が、一流の正装を纏っているのだ。素敵でないはずがない。

でもかつて恋した男が、聖女の為に身なりに精を出す姿は、見ていて楽しいものではない。

「今夜の夜会は菓子がたくさん振る舞われるらしいぞ。今日は聖ドヌムの日だからな」

「ああ、言われてみれば、今日は聖ドヌムの日でしたね」

すっかり忘れていた。

聖ドヌムの日は、身近にいる女性に菓子を贈る日なのだ。

バラルの実家にいた頃は、毎年アーノルドや祖父が、カトリンや私に焼き菓子を大きな缶いっぱいにプレゼントしてくれた。その日だけは、朝からカトリンが朝食にシフォンケーキを出してくれたっけ。

私が五歳だった頃、朝からケーキを食べられると期待して食堂に行き、けれどカトリンが聖ドヌムの日であることを忘れていた。テーブルにケーキがなかったことに気づいた私は、大泣きをしてカトリンを困らせたのだという。それ以来、カトリンは聖ドヌムの朝のシフォンケーキを、絶対に欠かさなかった。

故郷を懐かしく思い出していると、部屋の隅の整理棚までカツカツと靴音を鳴らして歩いて行った王太子が、再び私の目の前に戻ってきた。そうして一度咳払いをした後、何やら薄紫色の長方形の箱を私の目の前に突き出した。

「これを、やる」

「えっ? これ、なんですか?」

「チョコレートだ」

まさかこの忙しい王太子が菓子を用意してくれていたとは思わなかったので、丁寧にお辞儀をして受け取る。

「殿下から頂けるなんて、思ってもいませんでした」

「うまそうだから、買ってみただけだ」

驚いて目を見開いて王太子を見上げると、彼はフンとそっぽを向いた。

「それがあれば、今夜の夜会で仕事そっちのけで大広間の菓子にガッつかなくて済むだろう?」

なんて言い草だ。

「――ありがとうございます」

余計な一言が気に食わないが、

礼を言うと、王太子は不思議そうに首を傾けた。

「女はなぜ甘いものを喜ぶんだろうな」

「食べると幸せな気分になるからですよ」

すると珍しく王太子は愉快そうに小さく笑った。

そんなものか? と呟いたきり、彼は何も言わなかった。

生まれて初めての王宮の夜会は、息切れしてしまうほど私を終始驚嘆させた。

大広間の両側の壁は全て鏡張りになっていて、ただでさえ広い大広間を、さらに大きく見せた。

天井にはぶら下げられた数多のシャンデリアと黄金の装飾品が輝き、王宮中の給仕をかき集めたのではないかと思えるほどに料理が豊富に提供され、全身を余すことなく着飾った貴婦人や彼女たちをエスコートする貴公子たちを迎えた。

(どこを見渡しても、人がたくさん! それに光と音楽と――招待客たちの、おしゃべり!!)

国中の贅沢を凝縮したような空間に、めまいを覚える。

もうすぐ王太子が入場するため、不審な動きをするものがここにいないか目を光らせなければいけないのだが、あまりにも人が多いので、とても見切れない。とりあえず、魔術を誰かが使おうとすれば検知できる結界はこの大広間に張ってある。

けたたましくトランペットが吹き鳴らされると、 集(つど) った客たちは一斉におしゃべりをやめ、大広間の正面入り口に向き直った。音楽隊の演奏もピタリとやむ。

大きく開け放たれたそこから登場したのは、聖女の腕を引く王太子だった。

おろしたての青いジャケットに身を包んだ王太子が、同じく青いドレスを着た聖女と並んで歩いてくる。

王宮の中を王太子に案内してもらった聖女は、彼とすっかり打ち解けた様子だ。

二人が大広間の中央まで歩き進むと、奥の玉座に座っていた国王が立ち上がり、来場者に声をかけた。

「我が国に神がお与えくださった 恵(めぐみ) そのものの、聖女がこの王宮に来てくれた。この喜びを、皆で分かち合おう」

それを受けて、聖女が「もったいないお言葉ですわ」と返答をする。彼女は国王から遠い位置にいたが、その澄んだよく通る声は、国王にも届いたに違いない。

音楽が再び始まると、王太子は聖女に向かい合い、膝を折った。それだけで、童話の絵本の表紙を飾れそうなほど、美しい。

「私と最初の一曲を、踊ってもらえるか?」

聖女はその甘い蜂蜜色の双眸をひたと王太子に向け、はにかみつつも頷いた。

「ええ。勿論ですわ、殿下」

手に手を取り合って、二人はダンスを始めた。

私はそれと同時に、彼らから距離をとって大広間の壁際に移動する。何も張り付いている必要はないし、邪魔になってしまう。

大広間のカップルたちは、くるくるとよく回って踊った。

じっと立ち尽くしてその様子を見ていると、徐々に目が回ってくる。

テーブルには美味しそうな料理や飲み物が並べられているし、菓子専用のテーブルもあった。

聖ドヌムの日だからか、菓子のコーナーは飾り付けも力が入っていて、リボンや花々でテーブルが装飾され、皿に敷くナプキンも色鮮やかで可愛らしい。

種類も焼き菓子から生菓子、ナッツ類までと実に豊富だ。

つい視線が吸い寄せられるのをこらえ、ローブの中のポケットを探る。長方形の箱を取り出すと、こっそりと開ける。

中は仕切りが五つあり、縦に六粒のチョコレートが入っていた。

(綺麗。宝石箱みたい)

粉砂糖が振りかけられた球体のもの、赤いドライフルーツの粒がまぶされたハート型のものなど。じっくり見たいが、今は仕事中だ。

急いで一粒選んで、さっと口の中に放る。

(お、美味しいっ!!)

チョコレートは口の中に入るなり、繊細に溶けていった。カカオの芳醇な香りが鼻腔を抜け、中からナッツとキャラメルが出てくる。

甘さは控えめで、味わいを邪魔しない。

流石は王太子の下賜品だ。

(だめだ、止まらない。もっと食べたい……)

たまらずもう一粒食べようと、摘み上げたその時。突然、真横から声をかけられた。

「リーセル、来ていたんだね」

ハッと顔を上げると、そこにいるのは赤色の正装を着込んだギディオンだった。

驚いて力んでしまったのか、指先からチョコレートが転がり落ちる。

「あっ!」

床に落とすまいと必死に両手で落ちていくチョコレートを掴もうとしたが間に合わず、ギディオンの靴の間に転がった。

ギディオンが胸ポケットから取り出したハンカチで、素早くチョコレートを拾う。

就職後に彼と王宮で会うのは、これが初めてだった。

もちろん彼は今、王宮魔術師としてここにいるのではない。

招待客の一人として小夜会に来ているのだ。

ギディオンはチョコレートをハンカチごと持ったまま、私と同じく壁に寄り掛かり、にっこりと笑った。

「卒業以来、ほとんど会えなかったね。王宮は広すぎて。――アイリスが聖女になって、驚いた?」

「もちろん。貴方もでしょう? 幼馴染だったし」

「そうだね。――彼女は、殿下をとても気に入ったみたいだ」

渇いた笑い声を立てて、ギディオンは大広間の中程を顎でさした。そこには、王太子とダンスに興じる聖女がいた。

周りのことなど目に入らないかのように二人で見つめ合い、時折王太子が聖女の耳元に顔を寄せ、何事か囁いている。

そのたび、聖女は頬を赤らめ、その愛らしい薄紅色の唇を動かして何やら嬉しそうに返事をしている。

(う〜ん、さすがにコレはキツいな。古傷に砂でもかけられたみたいな…)

聖女から目を離すと、ギディオンは手の中の拾ったチョコレートを見下ろしていた。

「――これはピアランのチョコレートだね」

「ぴあらん?」

「知らなかった? 王都で一番、老舗の菓子店だよ」

知らなかった。

そんな有名店のチョコレートだったなんて。

するとギディオンは片手で指を鳴らし、給仕を呼んだ。チョコレートを捨てさせるつもりかもしれない。

「ギディオン、捨てないで。後で食べるから」

「でも床に落ちたよ? やめた方がいい」

落としたのが自分の部屋の床だったなら、水で洗ってでも食べたのに……! 勿体ない。

給仕がやって来ると、その手の上のトレーにチョコレートを置いてしまう。

(ああ、惜しいことをした…)

下がっていく給仕を切なく見つめる。

王太子を探すと、彼はまだ聖女とダンスをしている。

玉座の上から国王が、若いその二人を見ている。

顎髭をゆっくりと撫でながら幾度も頷き、国王は実に満足そうだ。

王太子が聖女の腰を支え、彼女を持ち上げてヒラリと回す。聖女の青いタフタ生地のドレスの裾が蝶のように広がり、溜め息が出るほど美しい。絵に描いたようなお姫様と王子様みたいだ。

実に幸せそうに見える。

見たくないのに見惚れる私の耳元で、ギディオンが凄く低い声で言った。

「殿下と聖女が気になる?」

そこまで言うとギディオンは、私の正面に立った。

ジャケットの内ポケットから何やら小さな箱を取り出し、それを私の手の中に押し付けてくる。革張りの箱なのか、表面がツルツルしている。

「受け取って。――聖ドヌムの贈り物だよ」

まさかこんな所で、ギディオンからももらえるとは思っていなかった。

学院時代、彼は小さなチョコレートを男女の別なく、クラス全員にあげていたっけ。

(どこにいても、気配りを忘れないのね。こういうところに、ファンクラブの子達は惹かれるんでしょうね……)

箱を受け取り、小さな銀色の掛け金を跳ね上げて箱を開けると、中にあったのはチョコレートではなかった。一瞬、自分の目を疑う。

ビロード貼りの箱の中にあったのは、紫色のブローチだった。

箱の蓋の裏には、銀糸で店の名前が刺繍されていた。目を凝らして読んでみると、見覚えのある名前だ。

(ここ、王族御用達のアクセサリー店じゃない!)

少し前に王太子がカフスを注文していたので、記憶に新しい。

貴石を使わないシンプルな銀のカフスだったけど、びっくりするほど高かったっけ。

(いくらするのよ、このブローチ……!?)

「こんな凄いもの、貰えないわ」

手が震えてしまう。

「アメジストはリーセルの瞳の色に合わせたんだ」

(特注品だってこと!?)

楕円の大きなアメジストの周りには、透明な石がいくつも飾られている。まさかこれが全部、ダイヤモンドだったりして。怖くて、とても聞けない。

「ギディオン……、ドヌムの贈り物の域を、軽く超えているわ」

「チョコレートだと思って、受け取って」

「いや、どう考えても無理があるでしょ。これはお菓子レベルじゃないわよ」

「気にせず受け取って」

どうしてだろう。

ギディオンは優しいのに、時々私にだけは無性に強引だ。

「本当に、貰っていいの? お礼のしようがないわ」

箱を持つ私の手に、ギディオンがそっと触れる。

その温もりに心拍数が上がっていく。

「お礼をしてくれる気持ちがあるなら……、来月の大夜会に、私と出て欲しい」

予想もしない提案に、言葉を失う。ギディオンと大夜会に出る?