軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二度目の聖女は、今回も王宮に歓迎される

時間を巻き戻したのは、あなたなの?

そんな疑問を抱えながら、王太子を観察するも、日々を追うごとに記憶の中のユリシーズと、今私の前にいる王太子はどんどんかけ離れていった。

今の王太子は、絵に描いたような俺様王太子だ。

彼は私によく話しかけ、近衛として近くに置いておこうとした。かといって好意を感じるわけではない。

つまり王太子は、私を監視したいように思えた。

切り取られた古魔術集のページと、変わってしまった王太子。

この違和感をなんともできない。

こうして気がつくと、王宮魔術師として働き始めてから三ヶ月が過ぎていた。

そして、ついにあの日が来たのだった。

抜けるような晴天の朝だった。

庭園の芝の照り返しすら眩しすぎて目に痛い、いかにも夏らしい一日の始まりの七月のその朝。王宮はゼファーム邸からもたらされた情報を受け、騒然としていた。

寮のある建物を出て、紫色のローブを靡かせながら王太子の私室のある棟の広い廊下を歩いていると、すれ違う女官達の噂話が聞こえて来た。

「受け入れの準備が整い次第、王宮にいらっしゃるんですって」

「国王陛下は、大興奮されたみたい」

(何が起きたの?)

ある一つの可能性を思いつくが、すくに否定する。

――私がこの王宮に来て、まだ三ヶ月だ。少し早いが、まさか?

朝日が眩しい王太子の執務室に入ると、彼は挨拶もせずに開口一番に言った。

「聖女が現れたそうだ」

(やっぱり! ついに来たわね。予想より早かったけど…)

動揺して上擦る声で、尋ねる。

「聖女って、癒しの魔術を使える人のことですよね?」

「そうだ。既に魔術庁も人を派遣して、確認している。――昨夜、魔術庁長官が正式に聖女と認定したそうだ」

「昨夜、ですか」

王太子から視線を離し、窓の方に向ける。そこに聖女がいるはずもないのに。

大理石の床にカツカツと王太子の靴音が響き、視線を前に戻すと王太子がすぐ目の前に来ていた。彼は腕を組んで、無表情のまま言った。

「聖女と認定されたのが、誰か知っているか?」

「いいえ。――どういう方なんですか?」

知らないことを装うため、食いつくように尋ね返す。必死の名演技だ。

王太子は口の片端をニヤリと持ち上げ、囁くように言った。

「侯爵家の令嬢、アイリスだそうだ。まさか四大名家から、聖女が出るとはな」

「あのアイリスが……」

王太子は私を覗き込みながら、正面から隣へとゆっくりと移動した。全身をくまなく、観察されている気分だ。

「あまり驚いていないようじゃないか。皆、もっと顔色を変えて驚いたものだぞ。何せ百年ぶりの聖女だからな」

「驚いています。驚きすぎて、実感がないだけです――。だって、魔術学院の年末の演奏会で、アイリスに会ったことがあるんです。物凄く綺麗なご令嬢だったので、よく覚えています。男子生徒達が 蟻(あり) みたいにゾロゾロあとをつけて。まさか、あの彼女が!」

王太子の疑問を受け流そうと、壁際の黒板に注目する。執務室の黒板には、彼の今日の予定が書かれている。

分刻みでびっしりと書き込まれたその昼過ぎの予定は、一部が変更になっていた。

聖女が王宮にやって来ることになったため、王太子が彼女を王宮の入り口で出迎えることになったのだ。

王太子は私の隣に立ち、黒板を同じく見上げて感慨深げに言った。

「周辺諸国にも、既に知らせたそうだ」

「同盟国からは、祝いの書簡の嵐になるでしょうね」

王太子はフンと鼻で笑った。

「そうだろうが、本心ではどうかな? 歯軋りして悔しがっているだろうよ」

「殿下は聖女様とお会いになったことは、ありますか?」

「会釈程度ならあるが、近くで言葉を交わしたことは今までなかった。十七歳になる来月からは、夜会にせっせとゼファーム侯爵夫人が連れ歩く予定だったらしいが。それももう、必要ないだろうな」

そうして彼は視線を宙にさまよわせ、どこか艶然とした表情で呟いた。

「アイリス・ゼファーム。この手で聖女の手を取り、ついにこの私が王宮に迎えるのだ」

ついに?

まるで長く待ち望んだその時を、ようやく迎えられるような言い方だ。

(アイリスの手を、ずっと取りたかったの……?)

その時を思い浮かべるかのように右手を少しだけ宙に伸ばす王太子は、確実に嬉しそうだった。

王宮の広大な前庭に、強い日差しが照りつける。

よく刈られた緑の芝はいきいきと輝き、あちこちの池の噴水は、全開で水を出して涼を演出していた。

魔術師は身体をすっぽりと包むローブが制服と定められており、日中になるとこれがとても暑かった。濃い色のせいで陽光の熱を吸い込んだローブの中は、サウナのような灼熱地獄状態になる。

薄手のシャツを着て、涼しげな顔をしているユリシーズが羨ましい。

王宮魔術庁の長官は、既に侯爵家のアイリスを訪れ、正式に聖女として認定していた。

これを受け、アイリスは王宮に上がることとなり、今日から王宮の一角にある黄金離宮に居を移すことになった。

過去の聖女は皆平民だったが、こうして王宮に迎えられ、最終的には領地と屋敷を与えられていた。

聖女を迎える為に、王宮の前庭には官吏や貴族達が勢揃いしていた。

やがて国王も前庭に現れ、杖を突きながらゆっくりと王太子の隣まで歩いてきた。

わずか四歳で即位したレイア王国の国王は王太子と似たところがなく、一国を背負う重責からか眼光が大変鋭く、いつも険しい表情をしていた。国王は髪の毛ばかりか鼻の下の髭も白かった。

私のことは常に眼中にないらしく、王太子のすぐそばにいても視線すら向けることはない。

ガラガラ、と馬車の車輪の音が遠くから聞こえてくると、近衛騎士団の音楽隊が力強い演奏を始めた。

その音につられたのか、前庭に集まる貴族たちが一斉に背筋を伸ばして姿勢を正す。

鳥の羽や花々で飾り立てられた白馬が引く馬車が視界に入り、ドクドクと心臓がうるさく鼓動する。

(この光景を、また見ることになるなんて。しかも王太子のこんなにすぐ近くで……!)

深紅のリボンが掛けられた馬車の扉が開くと、中から出てきたのは純白のドレスを纏ったアイリスだった。

デコルテが見えるデザインで、ドレスの胸周りに小さなクリスタルでも散りばめられているのか、キラキラと光り輝いている。

表面は総レースになっていて、少しの動きや風で柔らかくそよぎ、その縁に刺された薄紅の小花の刺繍が動いて目にも楽しい。

「アイリス・ゼファーム侯爵令嬢。――いや、レイアの聖女よ。よく来てくれた」

おそらく長年王宮に仕える者たちすら見たこともないほどの満面の笑みを浮かべ、国王は聖女の向かいに立った。

片膝を折って挨拶をする聖女に王太子が右手を差し出し、彼女を真っ直ぐに立たせる。

「聖女アイリス。お迎えできて王太子として光栄だ」

「わたくしの方こそ、殿下とこうして聖女としてお会いできて、大変光栄ですわ」

「これから貴女の住まいになる、黄金離宮にご案内しましょう」

「ありがとうございます。殿下にご案内していただけるなんて……!」

聖女が頬を赤らめ、王太子を見上げる。近衛騎士団に囲まれ、緋色のマントを肩に掛け、王者然とした堂々たるその出立ちを前に、彼女は気圧されたようにゆっくりと蜂蜜色の瞳を瞬かせた。

王太子が聖女の手を取ったまま、王宮の建物群の方向へ歩き出す。王太子と聖女が近くを通ると、出迎えに揃っていた貴族たちは胸に手を当て、低頭していく。

王太子は王宮の最も輝く場所に今立っていて、この世界は、まさに彼のものなのだ。

聖女は王太子をうっとりと見上げていた。

王太子は主要な棟を紹介していき、歩きながらも二人の会話は止まることがなかった。

「お会いするのが初めてとは思えませんわ、殿下!」

弾けるように聖女が笑い、王太子がその背に手を当て、王宮の廊下を進む。

後ろから見ていても、二人がどんどんお互いを気に入っていくのが、手に取るように分かった。

やがて広大な王宮庭園に出ると、王太子と聖女はもう、完全に二人の世界を作り上げていた。

その少し後ろを、近衛魔術師の私が追う。同じく付き従っている衛兵たちも、目のやり場に困った様子で、苦笑したり首の後ろをやたらにボリボリと掻いている。

(罰ゲームを受けているみたいだわ……)

王太子と聖女が着実に恋に落ちていくさまを、目の前で見せつけられるなんて。

本音を言えば、今の王太子ユリシーズには、なんの魅力も感じない。ただの傲慢なオレ様王子だ。

こんな男だったなら、お断りだった。でも、それでも。

(なんか、砂吐きそう。――はやく、この場から消えたい!)

そう何百回も思った。