作品タイトル不明
宰相と妖精のような乙女
王命を受け、求婚状をしたため送ったあと、アシェルはフォルス辺境伯家に出向いた。
フォルス辺境伯家は、ベルアメール伯爵家よりも家格が上だ。
そして領地は王都から遠い隣国との国境に位置し、広大な領地と王立騎士団に匹敵するほどの騎士団を持つこの国の防衛の要だ。
穀倉地帯でもあり、この国の食の自給率でも重要な位置づけにある。
――だが、フォルス辺境伯であるカイン・フォルスも、その右腕であるイディアム・フォルスもこの国に忠義を誓う義理堅い人間だ。アシェルが妹と結婚しなかったとして、国を裏切ることなどあり得ない。断られたならそれを理由に国王に今回の件を白紙に戻してもらおう。
カイン本人と会話をするまで、アシェルはのんきにそんなことを考えていた。
「やあ、久しぶりだな、ベルアメール伯爵。一年ぶりか?」
「ええ……フォルス辺境伯もその後ご健勝でしたか?」
「ああ。しかし、今回の報せには驚いたぞ。フィリアと貴殿は顔を合わせたことすらなかったはずだ」
「――ええ、しかし王命ですから」
「……確かに隣国からの求婚を断るすべがなく、困惑していた。もしも、フィリアが隣国に嫁いだなら、この国の国境は変わるだろうからな」
「……は?」
言われたことの意味が全くわからずにアシェルは呆然とした。
カインはアシェルから視線を逸らすと、再び口を開いた。
「フィリアは、フィリア自身が選んだ人間と結婚させようと思っている。王命であろうとそれは変わらない。隣国の王太子殿下とフィリアは幼いころに親交がある。フィリアが望むなら嫁がせようと考えていたところだ」
「――国境が変わる、とは」
「俺たちはフィリアの幸せのためなら何でもするつもり、ということだ」
「そんな……たった一人のために」
「――理解できないのなら、貴殿にフィリアを渡すなど到底できないな」
カインはおもむろに立ち上がり、アシェルに背を向けてしまった。
先ほどの言葉が真実であれば、国を揺るがす大騒動になるだろう。
国王は先見の明がある。この事態を正確に予測していたのだとすれば……。
「フィリア嬢に選んでいただけるように努力します。どうか、一度話す機会をくださいませんか!?」
「――なんだと? 本気でフィリアに求婚するつもりなら決闘だ。俺の屍を越えていけ」
カインは辺境伯騎士団の団長を兼任していて、決闘で負けたことがない。
対するアシェルは、策略では誰にも負けないが剣の腕は人並みかそれ以下だ。
これは断り文句なのだろうか……だが、隣国の王太子殿下でもさすがにフォルス辺境伯には勝てないのではないか、とアシェルが考えたとき、控えめに戸が叩かれた。
「失礼致します……」
そのとき、淡いピンク色の髪をした女性がティーセットを持って入室してきた。
「お兄様、王都からお客様がいらっしゃっていると聞きました。大切なお話なのでしょうがお茶の用意もせずに話し始めるなんて失礼ですよ」
「……フィリア、そうだな。すまない」
「お客様、失礼致しました」
大きな空色の瞳はキラキラと輝き、形の良い赤い唇はツヤツヤとしている。
まだ王立学園に通っている年頃だろう。少々幼さが残るが、逆にそれが彼女の可愛らしさに幻想的な魅力まで加えているようだった。
「は……妖精は実在していたのか?」
「ふぇ? また、お兄様たちがお客様に何か吹き込んだ!?」
アシェルがそんな非現実的なことを口にするのは、人生で初めてのことだった。
それほどこの出会いは彼にとって衝撃的だったのだ。
――こうして、アシェル・ベルアメール伯爵とこのあと彼の妻となるフィリア・フォルス辺境伯令嬢は運命的(?)な出会いを果たした。
アシェルにとって彼女の第一印象は、自分などが穢してはならない妖精のような乙女であったが、フィリアにとって彼の第一印象は、完璧だという噂の宰相様はやはり格好いいけれど、そんな人にいつものように妹が妖精のようだと言ってしまう兄には困ったものだ、という程度のものだった。