軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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毒杯事件から五日後。

クラウスの調査により、杯に毒を仕込んだ給仕が特定された。帝城の臨時雇いの男で、尋問の結果、金で雇われたと白状した。ただし雇い主の名前は知らない——間に二人の仲介者が入っていた。

「仲介者の一人はヴェルナー家の元使用人。もう一人は帝都の裏社会の人間です。直接ヴェルナー侯爵に結びつく証拠はまだありませんが、糸を辿れば遠からず——」

「焦るな」

エドヴァルドがクラウスを制した。

「証拠が不十分なまま動けば、ヴェルナーは尻尾を切って逃げる。完全な証拠を揃えるまで待て」

「はい、陛下」

私も同意見だった。前世のビジネスでも、相手を追い詰めるなら逃げ道を全て塞いでからだ。

だが、時間はこちらの味方ではない。ヴェルナー侯爵が焦って次の手を打つ可能性もある。

「私の方でも動いています」

「何をしている」

「帝国の商人たちに接触しました。ヴェルナー領と取引のある商会から、領地の経済状況を聞き出しています。不正蓄財の証拠は、金の流れを追えば必ず出ます」

エドヴァルドが頷いた。

「慎重にやれ。ヴェルナーに気づかれるな」

「承知しています」

そんな慌ただしい日々の中、予想外の手紙が届いた。

差出人はリュミエール。

王国の聖女からの手紙が、なぜ帝国の私のもとに。

封を切ると、丁寧だが拙い字で書かれた便箋が出てきた。

『セラフィーナ様

突然のお手紙をお許しください。お元気でいらっしゃいますか。

帝国でご活躍されていると、使節団から戻ったアルベール様がおっしゃっていました。帝国の皇帝陛下のお近くでお仕事をされていると。セラフィーナ様らしいと思いました。

こんなことをお頼みする資格がないのは分かっています。あの卒業パーティーの日、私は何もできませんでした。アルベール様を止められなかった。あなたが理不尽に扱われるのを、ただ見ているだけでした。

でも今、どうしてもセラフィーナ様に相談したいことがあるのです。

宮廷が怖いのです。

アルベール様は私を大切にしてくださいます。でも、宮廷の人たちは違います。私が意見を言うと、表面では頷きますが、裏では何をしているか分かりません。私の提案した政策が、実は国を苦しめているのだと、最近になって知りました。

私は聖女の力はあります。でも、政治のことは何も分かりません。

セラフィーナ様は聡明な方です。王国にいた頃から、いつも正しい判断をしていらっしゃいました。

どうか助けてください。何でもいいのです。私に、何ができるか教えてください。

身勝手なお願いだと分かっています。でも、他に頼れる方がいないのです。

リュミエール』

便箋を机の上に置いて、椅子の背にもたれた。

複雑な気持ちだった。

リュミエールを恨んではいない。あの断罪劇の主犯はアルベールと取り巻きたちで、リュミエール自身は利用された側だ。原作でも彼女は純真な善人として描かれていた。この手紙の文面からも、その素直さがにじみ出ている。

だが——助ける義理があるかと問われれば、ない。

王国の政治の歪みを正すのは、王国の人間の仕事だ。私はもう王国の人間ではない。帝国の宮廷官吏として、帝国のために働いている。

けれど。

「私の提案した政策が、実は国を苦しめている」。

その一文が引っかかった。リュミエールは気づき始めているのだ。自分の善意が空回りしていることに。気づいた上で、助けを求めている。

これを無視することはできない——政治的に。

王国の聖女が帝国の補佐官に助けを求めている。この事実は、帝国にとって外交カードになり得る。リュミエールとの関係を維持すれば、王国の内情について信頼できる情報源を確保できる。

冷たい計算だと自分でも思う。でも、感情だけでは生きられないことを、この世界で学んだ。

エドヴァルドに相談した。

手紙を見せると、彼は黙って最後まで読んだ。便箋を机に戻し、指でこめかみを押さえた。

「この聖女は——馬鹿か、正直か、どちらだ」

「両方だと思います。政治に対しては無知ですが、自分の過ちに気づく素直さはある」

「お前はどうしたい」

「情報だけ返します」

「情報?」

「リュミエールに政治を教える気はありません。それは王国の人間がやるべきことです。ですが、彼女が『自分に何ができるか』と問うているなら、一つだけ答えられます」

「何だ」

「政治に口を出すな、です。聖女は聖女の仕事をすればいい。民の治療、祝福、祈り。それが彼女の力が活きる場所です。宮廷の政策に介入するのをやめれば、それだけで王国の政治は正常に近づく」

エドヴァルドが考え込んだ。

「率直だな」

「リュミエールは率直に言わないと伝わりません。遠回しな表現は苦手な人です」

「原作知識か」

「え?」

「いや——何でもない。お前がそう判断するなら、そうしろ」

危なかった。原作知識、という言葉がつい出そうになった。エドヴァルドの前ではゲームの話は絶対にできない。

返事を書いた。

『リュミエールさんへ

お手紙ありがとうございます。お元気そうで安心しました。

率直に申し上げます。

あなたにできる最善のことは、宮廷の政策決定から身を引くことです。

あなたの善意は本物です。でも、善意だけでは国は動かせません。政治には専門の知識と経験が必要です。それはあなたの欠点ではなく、単に役割が違うだけのことです。

聖女として、民の傍にいてください。治療院を開き、苦しむ人々を癒してください。それがあなたの力が最も活きる場所です。

宮廷のことは、宮廷の専門家に任せてください。デュラン公爵——私の父は信頼できる政治家です。必要であれば、父に相談されることをお勧めします。

あなたが幸せでいることを願っています。

セラフィーナ・デュラン』

封をして、帝国の外交郵便に託した。王国に届くまで二週間ほどかかるだろう。

手紙を出した後、窓の外を見た。

帝国の空は冬の灰色に覆われている。雪がちらついている。

原作のリュミエールは、悪役令嬢を倒して王子と結ばれるヒロインだった。でもこの世界のリュミエールは、悪役令嬢がいなくなった後の宮廷で一人もがいている少女だ。

可哀想だと思う。でも、彼女を救うのは私の役目ではない。

私の役目は、ここにある。帝国で。あの人の隣で。

机の上には、ヴェルナー侯爵の調査資料が積み上げられている。

感傷に浸る暇はない。やるべきことが山のようにある。

ペンを手に取り、仕事に戻った。