軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

贅沢な時間

温かな日差しと心地よい風を感じながら足を進める。山というよりは少し小高い丘ぐらいの場所だが、景色は中々に素晴らしい。

少し離れた場所には小さめの湖があり、その近くに一本の大きな木が生えており、なんというかかなり絵になる風景だ。

それこそ観光スポットとなっていてもおかしくないぐらいの景色だが、生憎この丘には魔物が多く生息するらしく観光地にはなっていない。

……なぜ『らしく』なのかというと、そういう話は聞いているが現在は魔物はおろか鳥の一匹すら周囲には見えないからだった。

「……綺麗な景色」

「ですね。湖のほとりの大きな木……本で読んだイメージ通りですね」

「……うん」

手を繋いで一緒に歩いているアイシスさんの言葉に同意する。そう、今回ここを訪れたのはアイシスさんとのデート……アイシスさんの好きな恋愛小説の一場面で主人公とヒロインがピクニックをするシーンがあるのだが、そのモデルとなった場所がここらしい。

魔物が多くて観光地にこそなっていないが、湖のほとりの大きな木は風鳴りの木といって、魔界でもあまり数が多くない珍しい木とのことだ。

近づいてみると、風に揺れる葉から微かに鈴のような音が聞こえてくる。

「この音が、名前の由来なんでしょうか?」

「……うん……この木は葉か硬くて……風が吹いて葉と葉がぶつかると……鈴みたいな音が鳴る」

「へぇ、いいですね。なんか落ち着く音色です」

イメージとしては風鈴の音が近いかもしれない。あまり大きすぎる音ではなく、耳をすませば聞こえてくるような……どこか風情を感じる音だ。

その心地よい音色を聞きつつ、木の下にレジャーシートを敷いて、アイシスさんと並んで座る。

今日はアイシスさんがお弁当を作ってくれており、とても楽しみである。

「あれ? コレってもしかして、おにぎりですか?」

「……うん……カイトの世界のお弁当……いろいろ勉強した」

「アイシスさん……ありがとうございます、凄く嬉しいです」

アイシスさんが用意してくれた弁当は、パン食が主流のこの世界ではあまり一般的ではないおにぎりが入っており、それ以外にも卵焼きやタコの形に切ったウィンナーなど、見た目も綺麗で美味しそうだった。

優しいアイシスさんのことだから、俺が米食を好んでいることを知って用意してくれたのだろう。それに見ただけで美味しいと分かるぐらいの出来で、きっと相当練習してくれたのだろうと思うと胸が温かくなった。

「……どれも本当に美味しそうで、なにから食べようか迷ってしまいますね。どれか、おすすめとかはありますか?」

「……えっと……卵焼きは……美味しくできてると……思う……アインに教えてもらって……合格って言われた」

「それは楽しみですね。じゃあ、卵焼きから……」

「……あっ……ちょっと待って」

「うん?」

卵焼きを食べようと手を伸ばしかけた俺を制止して、アイシスさんは箸を取り出した。これもおにぎりほどではないが、この世界ではあまり見かけないものだ。

まぁ、クロの家では普通に使われてたりするし、アリスの雑貨屋で普通に売ってるので俺もマイ箸を持っていたりする。

「……これも……練習した」

「練習?」

アイシスさんは可愛らしく微笑んだあとで、箸を使って卵焼きをとる。練習したってのは箸の使い方をってことかな? いまの動き見て思ったんだけど、アイシスさん……たぶんすでに俺より箸使うの上手い。

洗練されていると感じるような箸使いに驚いたのもつかの間、アイシスさんは箸で取った卵焼きの下に手を添えて差し出してくれた。

「……はい……カイト……あ~ん」

「あ、あ~ん」

天使かと思うほど可愛らしい笑顔で卵焼きを食べさせてくれる姿には、なにかグッとこみ上げてくるものがある。

もちろん若干の気恥ずかしさはあるが、それでもこの場は俺とアイシスさんのふたりっきりなのでそれほど問題はない。

素直に応じて食べさせてもらい、少し甘めに味付けされた美味しい卵焼きを口に入れる。

「……どうかな?」

「すごく美味しいですよ。少し甘めな味付けなのも、俺好みです」

「……よかった……カイトが喜んでくれたなら……私も嬉しい」

天気も気温も丁度良く、絶好のピクニック日和。景色も素晴らしくいい雰囲気の中で食べる美味しいお弁当。そして、目の前には可愛らしい恋人……天国かな?

「……アイシスさんも食べます?」

「……うん!」

幸せを胸いっぱいに感じつつ、少し遠回しに提案すると、俺の意図を察したのかアイシスさんは嬉しそうに笑って、箸を俺に渡して小さく口を開ける。

一切れでは少し大きすぎる気がしたので、半分にしてから先ほどアイシスさんがしてくれたのと同じように手を添えて、口へ運ぶ。

「どうですか?」

「……美味しい……味見した時よりずっと……カイトと一緒だから」

「俺もアイシスさんと一緒だと、普段以上に美味しく食べられる気がしますよ」

「……ふふ……一緒だ」

「ですね」

顔を見合わせて、互いに笑い合う。俺たちは、些細なことでもすごく幸せだと感じるような……大好きな恋人とふたりっきりで過ごす贅沢な時間を思いっきり満喫した。