作品タイトル不明
リスティア・アスモデウス③
リスティさんはローズティーだろうか? ほのかにバラの香りがするお茶を俺とクリスさんの前に置き、俺が渡した菓子折りを開けながら言葉を発する。
「まず基礎的な話をしましょうか。私に限らず淫魔が恋愛対象として好む相手ってのは、欲望にまみれて性格も歪んでるような……世間的に悪人だとか屑だとか呼ばれる相手を好むのよ。ふたりとも、淫魔が恋愛的な意味で好みとか言った相手には関わらないようにしなさい。外面がどれだけよくても、ほぼ確実に屑だからね」
菓子を別の容器に移してテーブルの中央に置き、リスティさんも俺たちの向かいに座って一口紅茶を飲んでから話を続ける。
「……探せばひとりかふたりぐらい例外もいるかもしれないけど、基本淫魔が恋愛対象として見る相手は世間的に悪人……もちろん、私もそうよ。逆にカイトみたいな根っからの善人って子は完全に恋愛対象外ね」
「なるほど」
「ああ、クリスちゃんはハーフだから別よ。あくまで純粋な淫魔がってことね」
リスティさんの話を聞いて、俺もクリスさんも先ほどの言葉の意味を理解した。リスティさんが恋愛対象と見るのは悪人であるとの前提を知れば、確かに恋愛対象外という言葉はそのまま善人であるという意味になるので、誉め言葉と言っていいだろう。
「それと私にとっては、恋愛対象の相手より恋愛対象外の相手の方がよっぽど高評価って言っていいわよ」
「それは、なぜ?」
クリスさんが問いかけると、リスティさんは足を組みながら微笑みを浮かべる。
「根本的な話をするわ。私にとって恋愛対象って判断した時点で、その相手は『食材』だとか『玩具』って認識でそれ以上の価値は無いわ。私が恋愛対象をして好みだとか言ってるのは、『あのお肉ジューシーで美味しそう』とか言ってるようなものよ」
「……つまり、母上にとってミヤマ様は高評価な相手ということですね」
「もちろんそうよ。異性に対して恋愛対象じゃないってのは、私にとっては滅多に言わない誉め言葉よ。性質上私は人を見る目には自信があるわ、その上で評価するならカイトは十分及第点ね」
「うん? 及第点? なにに対してですか?」
突然リスティさんが告げた及第点という言葉に首を傾げながら聞き返すと、リスティさんはクリスさんを軽く指差しながら告げる。
「クリスちゃんの恋愛相手として合格ってことよ」
「……母上?」
「クリスちゃんは本当に淫魔の血を引いてるのか不安になるぐらい、恋愛にはピュアだから貴方みたいな根っからのお人好しで善人過ぎるぐらいの相手がいいわね。クリスちゃんも貴方のことは気に入ってるみたいだしね……まぁ、恋愛に関してはまったくダメダメだから、ロクなアプローチなんてできてないでしょうけどね」
どこか楽し気に話すリスティさんに対し、クリスさんはやや慌てた表情に変わる。まぁ、実の母親に恋愛の話を振られればそうもなるだろう。
しかし、クリスさんがピュアで恋愛に関してはダメダメ? そんな印象は無いというか、むしろやり取りしてる手紙でも毎回歯の浮くような台詞が冒頭に必ず書かれていたり、色仕掛けを仕掛けてきたりとかなりこちらをからかってくるような、恋愛巧者のイメージだが……。
「母上、お言葉ですが、これでも私はいままでミヤマ様には手紙などでもいろいろ積極的に……」
「どうせ、『恋愛小説だとか演劇だとかで聞いた台詞』とかをそのまま流用してるだけでしょう?」
「……そ、それは、その通りですが……特に問題は……」
「明らかに創作用の大袈裟な言い回しの台詞を使って、さらにそこ以外の手紙はクソ真面目な文章で書いて、結果としてクリスちゃんは真面目に書いてるつもりでも、カイトにとっては悪ふざけにしか見えない状態とか、そんな感じになってるんでしょ?」
「……え? ……そう……なんですか?」
クリスさんはなにやら衝撃を受けたような表情を浮かべて俺の方を見てきた。あ、あれ? なんか思わぬ展開になってきたぞ……もしかして、そもそもの前提が間違っているのかもしれない。
俺はクリスさんの色仕掛けっぽい行動や、手紙に書かれている歯の浮くような愛の台詞は、年上の女性がこちらをからかっているような、冗談の一種だと思って流し読みしてたんだが……まさかアレ、クリスさん的には本気でアプローチしてるつもりだったの?
「え、えっと、その、正直俺も毎回手紙の冒頭に関しては、冗談だと思ってました」
「……アレじゃ、駄目だったんですか……参考書籍ではうまくいってたのに……」
滅茶苦茶ショックを受けたような表情で呟くクリスさんを見て、俺の中でクリスさんの印象が変わっていくのを感じた。
俺は正直いままでクリスさんに対して若干の苦手意識があった。こちらを手玉に取ろうとする大人の女性で、油断すると掌で踊らされてしまうのではないかと……そんな風に、思っていた。
「クリスちゃんはドが付くほど真面目で頭が固いしね。おおかた、そこ以外の手紙もプライベートな話題は殆どなくて、アルクレシア帝国の観光紹介だとかばっかりだったんでしょ?」
「……手紙でプライベートな話をあまり詮索するのは、失礼ですし……それにちゃんと国のこと以外の話も……」
「どうせ、共通の話題として思い浮かぶペットの話でしょ?」
「………………はい」
しかし、言われてみれば歯の浮くような愛の言葉を除けば、クリスさんの手紙は極めて真面目でほとんど遊びは無い。
リスティさんの言う通りアルクレシア帝国の話題が圧倒的で、時々ペットの話といった感じだ。アレは、アルクレシア帝国を俺に対してアピールしてるんだと思ってたけど、他に話題が無かっただけ?
リスティさんに指摘されてシュンと肩を小さくしているクリスさんを見て、もしかしてクリスさんって結構可愛らしい方なのではないかと、そんな風に印象が変わり始めていた。