軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話・アイシス~動き始めた夢~

すべてが凍てつく極寒の地……魔界に住む者からは死の大地と恐れられる場所の中心に位置する大きな城、それは寂しがり屋の少女が見たふたつ目の夢だった。

その城の主である死王、アイシス・レムナントは王としてクロムエイナの元を離れて独立して、すぐに家族であるシャルティアに依頼して城を建設してもらっていた。

沢山の人が住んでも困らないようにと多くの部屋を用意し、すぐに使えるようにと家具まで揃えた。大勢が共にできるだけの巨大な食堂に、広い浴場……この城ができたばかりのころは、たしかに彼女の心には夢が溢れていた。

クロムエイナの元で家族と共に過ごしていた時のように、いつか賑わうこの城で笑っていたいと……だが、その夢はまるで極寒の地に建つ城と同じように、いつしか凍てついてしまっていた。

その大きな居城の一角、大量の本があふれる書庫。いつも通りアイシスはひとりで本を読んでいた。この城を訪れるものがいないわけではない、仲の良いリリウッドを始めかつて共に過ごした家族たちも時折遊びにやってくる。

だが、リリウッドもクロムエイナも普段は忙しく、それほどの頻度で訪れるわけではない。最近では最愛の恋人である快人がよく足を運んでくれるようになったが、それでもひとりで過ごす時間の方が圧倒的に多い。

昔はそのひとりでいる時間には焦燥感を募らせていたものだが、快人と出会い救われたことで、以前と比べそれほど苦痛ではなくなった。快人に会える時を心待ちに過ごしていれば、辛いはずの孤独な時間も和らぐように感じていた。

いまのアイシスに焦りはなく、現状を受け入れるだけの余裕がある。

だからこそ、だろうか? 求めて足掻いても進展せず、いつしか記憶の片隅に追いやられていたふたつ目の夢……凍てついていたはずのそれが、いま少しずつ動き始めていた。

「……アイシス様、紅茶の用意をしましたが、いかがですか?」

そんな声が聞こえ本を読んでいた顔を上げると、そこには先日からこの城の住人となった……アイシスにとって初めての配下であるイリスがいた。

「……うん……ありがとう……嬉しい」

イリスの言葉に嬉しそうに微笑んだあとアイシスが軽く手を振ると、ふたりの間にテーブルと椅子が現れる。そして椅子にアイシスが座るのを確認してから、イリスは紅茶とお菓子を用意してアイシスの前に置いてくれた。

「……イリスも……一緒に……」

「そうですね。では、ご一緒させていただきます」

「……うん!」

イリスが配下となって城に移り住んでから、アイシスは傍目に見てもわかるほど上機嫌だった。たったひとり増えただけで、空虚で冷たかった城の中が賑やかで温かくなった気さえした。

「……イリスは……訓練……順調かな?」

「それが、少し概念で構築する術式で苦戦しておりまして……可能であれば、助言をいただけると助かります」

「……うん……それは少し……コツがあって……」

イリスの存在は、アイシスに忘れかけていた夢を思い出させてくれた。この城を建てたばかりの時に描いた夢、多くの人で賑わう温かな自分の家……忘れかけていたソレが、一歩進んだように感じていた。

まだ、ひとりだけではある。イリスの件も己で成し遂げたわけではなく、快人とシャルティアのおかげだとは分かっていた。それでも確かに……一歩は進んだのだ。

この場所はいつかもっと、多くの人で賑わう楽しい場所になる……いや、きっとそうしてみせると、アイシスの心には新たな希望が宿っていた。

そんなことを考えながらイリスの質問に答えていたアイシスがふと視線を動かすと、不思議な光景が目に映った。

そこには大きなテーブルがあり、個性豊かな六人の女性の姿が見えた。

『ヤレヤレ、脳ミソまで筋肉の詰まった奴かラ、建設的な意見が出るとは思えないがネ』

呪術師といった風貌で、椅子の横に巨大な棺桶を立てかけたローブ姿の女性が首をふる。

『それでも、どこぞの引きこもりの陰険女よりはマシだろうがな』

『……ハ?』

『……あ?』

虫に似た触覚と羽を持ち、左右の腰に三本ずつ、計六本の剣を携えた女性が煽り返すように告げ、ローブの女性と睨み合う。

『おや? また始まりそうだね、困った困った。これでは会議が進まない……ここは、筆頭殿の手腕に期待することにしよう。紅茶を飲み終えるまで片付けば嬉しいね』

白いとんがり帽子を被った女性がカラカラと愉快そうに笑いながら、紅茶を口に運ぶ。

『飲んどらんで、貴様も手伝えたわけが……』

そして六人の中で唯一アイシスにとって見覚えのあるイリスが、呆れた様子で額に手を当てながら呟く。

『けど、ほんま飽きもせんとようやるね~。仲がえんやか悪いんやか』

のんびりと独特の口調で告げるのは、アイシスにとって思い出深い青い花を髪飾りのように頭に付けた精霊と思わしき女性。

『ふたりとも、アタシが喧嘩を仕切ってもいいっすよ。その代わり、負けたほうがアタシに服を買ってほしいっす。アレっすね、罰ゲームってやつっすよ~いや~ちょうど新しい服が欲しかったんすよねぇ』

楽しげに笑いながら喧嘩しているふたりに絡んでいくのは、十本の銀色の尻尾と狐のような耳を生やした、八重歯が特徴的な、六人の中で一番小柄な少女。

『『引っ込んでろ、性悪狐!』』

『にゃははは、ダメっすよ~そんな言い方しちゃ……そんな風に言われると、性悪狐はますます首突っ込みたくなっちゃうんすからね。んじゃ、さっそく――あっ!?』

剣士と呪術師の喧嘩に割り込もうとしていた獣人の少女だったが、途中でなにかに気付いたようにピンっと耳が伸び、十本もある尻尾を嬉しそうに振りながらふたりとは別の方向を向いた。

その動きで同じようになにかに気付いたのか、喧嘩していたふたりも、のんびりと見守っていた精霊も、紅茶を飲んでいた魔女も、頭を抱えていたイリスも一斉に獣人の少女と同じ方向を向く。

そして六人は、心の底から嬉しそうな表情でまったくの同時に告げた。

『『『『『『おかえりなさい、アイシス様』』』』』』

その言葉と共にアイシスの目に映っていた光景は、初めからなにも無かったかのように消え失せた。

「……アイシス様? どうかされましたか?」

「……あっ……ううん……なんでもない」

「ふむ?」

不思議そうに首をかしげるイリスに微笑みながらなんでもないと告げたあと、アイシスは紅茶に手を伸ばした。

果たして今見たのは、ただの幻覚だったのだろうか……それとも、彼女の中に宿る『異界の神の力の欠片』が見せた、未来の光景だったのだろうか……。

ただ、なんとなく……理由も根拠もないが、アイシスは確信していた。先ほど見た光景は――いつか現実になるのだと……。

アイシス・レムナントは長く暗い闇の中にいた。そんな彼女の闇を払い、温かな光で照らしてくれた快人を彼女にとっての太陽だと表現するなら、その光を受けて闇の中で輝き始めた彼女は月といえるだろう。

暗い夜空に月が上り、それに連なるように……少しずつ、だが着実に……星たちも姿を現そうとしていた。

無心に続けていた鍛錬を、ひと時の休憩のために中断した女性が……。

長らく洞窟の中に籠っていて、気まぐれに外に出た女性が……。

荒れ果てた地に一輪だけ咲く、青い花に宿る精霊が……。

銀の尾をなびかせながら雪原を駆ける足を、ふいに止めた狐に似た魔物が……。

誰もいない小さな島で一万年近い時を過ごす、白い帽子を被った魔女が……。

そして快人の家のバーに向かうために城の外にでたイリスが……。

それぞれ別々の場所で、『まったくの同時に夜空に浮かぶ月を見上げた』のは……あるいは、必然だったのかもしれない。

凍てついていた夢はもう、太陽に照らされて――動き出しているのだから。