軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王の力⑥

体力、魔力共に完全に回復したイリスは、アポカリプスを手に少し離れた場所に浮かぶアイシスと対峙していた。

両者の間に言葉はなく、少しして遠方にいるアリスが両手で頭の上に丸と合図を送ってきた。それは、周囲を守るための空間隔離結界が完成したという合図であり、同時にアイシスが全力で戦う準備ができたということでもあった。

「――がっ!?」

瞬間、イリスは全身を万力で締め付けられるかのようなすさまじい圧を体感した。驚愕しながらも視線を前に動かすと、静かに臨戦体制へと移行しているアイシスが見えた。

(……なるほど、これが死の魔力。根源的恐怖か、この体でなければ戦う前に決着は着いていたであろうな。戦闘が始まってからこれを受けていれば、間違いなく硬直していた。なれば、ここで死の魔力の威圧を体感できたのは幸運だったか……だが、それにしても……なんと凄まじい)

体からあふれる魔力が青白い色から漆黒へと変わり、同時にアイシスの纏う雰囲気が鋭く冷たくなっていく。それはまさに死を統べる王、絶対的な強者。

大地は王を恐れるかの如く震え、大気は王のために退き道を空ける。

「それでは、模擬戦――始め!」

アリスが模擬戦の開始を告げても、アイシスは動かず空中に座したまま……ただその目だけで「先手は譲る」とイリスに語り掛けてきた。

イリスもその意を即座にくみ取り、両手を叩きつけるように地面に触れさせた。

(魔法の結合を解き魔力へ戻す。一見すればそれは無敵の力のように聞こえるが、自動的に無効化しているわけではない。そこには必ず認識、実行という工程を挟む。なれば、アイシス殿の認識を上回る速度、解除の追いつかない量で攻めれば、通る可能性は十分にある!)

イリスの周囲に膨大な魔法陣が出現する。10を越え、100を越え、そして1000に届く魔法陣。先ほど見たアイシスの魔法の同時発動を参考に、脳が焼き切れる寸前までソレを実行する。

「……ぐっ……カラミティ・ドゥームブリンガー!!」

それはもはや剣などとは言い表せない。隙間なく密集した漆黒の剣の数は億を超え、ネズミ一匹通れる隙間すら存在しない。言うならば剣で作られた黒き壁。

それでもイリスはアイシス相手ではこの魔法も10秒かからず解除されてしまうと理解していた。だからこそ次の一撃を用意……。

「……死ね」

「ッ!?」

だが、億を越える魔法の剣が、王のただ一言ですべて消え失せるとまでは想定していなかった。本気を出したアイシスの前では、魔法の弾幕でももはや1秒の時間すら稼げない。

想定外ではある。だが、相手は六王……想定外の事態が発生することは、予想できた。だからこそイリスは、膨大な魔力をアポカリプスに注ぎ込んだ。

アリスはアイシスは『ほぼ』すべての魔法を無効化するといった。あらゆるとは言っていない。無効化……解除できないものも存在するはずだ。

そしてイリスはそれは超高密度、圧倒的な魔力量を持つ一撃ではないかと予想していた。故に、先ほど覚えたばかりのこの魔法に託した。

「呑み尽くせ! 暴虐の獣――ギガ・アポカリプス!」

結論から言おう。イリスの考えは正解である。アイシスには瞬時に解除可能な魔力量に限界があり、出力が大きすぎる一撃に対しては解除が間に合わない場合もある。

……注いだ魔力を数百倍にもして撃ちだしたギガ・アポカリプスの魔力密度は、アイシスの解除速度を上回っている。

だが、それがイコール――アイシスに攻撃が届くというわけではない。

「……コキュートス・インフィニティ」

そして――『世界が凍りついた』。

揺れていた大地も、震えていた空気も、放たれていた漆黒の魔力砲撃も、その全てが凍りつき動きを止め空間を静寂が支配する。

ワザとイリスの体だけは外したのだろうが、周囲もアポカリプスも凍りついてしまっている。いや、それだけではない。

(……なんだ? なにが起こった? 動けない、いや、体も魔力も、息すら……できない)

イリス自身の体は凍りついていないはずなのに、動けない。まるで動くために必要な空間すら凍ってしまっているように……。

「……ここはもう……私の領域……全部……凍る……魔力も……空間も……時間さえも……そして氷は砕け……すべてはゼロに……コキュートス……ゼロ」

「ぐぅっ、がぁぁぁぁぁ!?」

アイシスの言葉が終わると同時に、凍てついていた大地も魔力砲撃も粉々に砕け散り、氷の結晶だけが空間に舞った。

「……すごい杖だね……私のコキュートス・ゼロでも……砕けないなんて」

「……はぁ……はぁ……」

アポカリプスは心具、イリスの心が砕けない限り決して壊れることはない。だがそれは決して無敵の盾というわけではない。

アポカリプスはイリスの心そのもの、強烈な攻撃は精神的なダメージとなってイリスに襲い掛かる。たまらず両膝を突き、荒く白い息を吐くイリス……もはや結果は誰の目にも明らかだった。

「……まだ……続ける?」

「……いや……もう十分だ。勝てぬとは、思っていたが……たった二手、いや、実質一撃とは……本当に世界は広いな」

「……イリスはもっと……強くなれる……いまは……私の方が少しだけ……強かった……でも……次がどうなるかは……誰にも……分からない」

「……次は、我が勝てるかもしれないと?」

「……わからない……でも……諦めない限り……可能性がゼロになることは……無いって……私は思う……誰かに関わること……諦めていたら……私は……カイトに出会えなかった」

「……」

辛く苦しい境遇の中にあった、諦めかけたことは何度もあった。しかし、最後まで完全に諦めることはなかった。だからこそ、自分は快人と出会うことができたのだと、そう微笑みながら告げるアイシスを見たあと、イリスは目を閉じてしばらく思考する。

そして、少しの沈黙ののちに目を開け、微笑みながら告げた。

「……我からも、お願いします。『アイシス様』、我を貴女の配下にしていただけませんか?」

「……私で……いいの?」

「貴女がいいのです。貴女はたしかに王たる器を持っています」

「……王たる……器?」

「えぇ、我がいま貴女に仕えたいと思ったこと、そうして誰かを惹きつける魅力こそ、我には無い王の器ではないかと思います。我はアイシス様の器を見てこの牙を預けるに足る存在であると確信しました。ソレで十分かと思います」

イリス・イルミナス……彼女は決して礼儀が無い人間ではない。むしろ礼儀もしっかりと心得ており、使うべき相手にはソレに相応しい口調で話す。

アイシスのことを様付けて呼び、敬語で話すと言うことは……イリスはアイシスを己の主と認めたなによりの証明だった。

「……うん……うん……ありがとう……これから……よろしくね……イリス」

「はい、アイシス様」

初めての配下、他の六王は持っていても自分には無かったもの……それができた嬉しさに目を潤ませつつ、差し出したアイシスの手を、イリスはしっかりと握った。

それは。のちに死王配下筆頭にして、幹部である『 六連星(むつらぼし) 』を率い、死王アイシス・レムナントの腹心と呼ばれることになる――『 黒暴星(こくぼうせい) 』イリス・イルミナスの新たな始まりだった。