軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結局メイドってなんなの!?

もはや混浴から逃れる術はない。いや、最初からなかった。そもそも、かたやクロを始めこの世界の頂点に近い四人、かたやスライム以下と称される俺……物理的に逃げることは不可能だし、人数も負けているので民主主義的にも勝ち目はない。

まぁ、それはもういいだろう。覚悟を決めた……なに、俺だってここまで精神的な意味で数々の困難を乗り越えてきた。

今回が過去最強と言っていい布陣なのは認めよう。腕が鳴るってものだ……たぶんこの体の震えと、背筋の悪寒は武者震い的なナニカだろう。

しかし、気になるのはアリスだ。俺の知る限り彼女は、普段はああでも筋金入りの恥ずかしがり屋。さらには以前の事件がトラウマになっていると本人も語っていた。

だというのに、アリスはクロの一言で納得した……クロはいったいなにを言ったんだろうか?

そんな現実逃避とも言える思考を浮かべながら、タオルを腰にしっかりと巻き、三度ほど深呼吸をしてから扉を開く。

宿泊施設の凄まじさを考えれば、この温泉が凄いというのは予想で来ていた。しかし、プールどころか池ぐらいありそうな広さに、様々な植物の見える絶景……というか、山もあるんだけど? ここ、本当に室内?

あまりの巨大な温泉に圧倒されつつ、石が綺麗に敷き詰められた床を歩いて浴槽に近付くと……湯けむりの向こうに『三つ』の影が見え、近付くにつれそれは鮮明になっていく。

「あっ、カイトくん。こっち、こっち!」

「あ、あぁ……」

俺の姿を見つけて手を振るクロは、湯に浸かっている……セーフ。

「……カイト……」

「遅くなりました」

はにかむように微笑みながら小さく手を振るアイシスさんは、大きめのタオルを巻いて温泉のふちに座っており、こちらも危険な部分は見えない……よかった。ちゃんとタオル巻いてくれてる。

「もう、待ちくたびれましたよ~」

「……」

そう言って声をかけてくる『グラマラスな体型の背の高い金髪の美女』……なるほど、そうきたか。

別人に変身することで羞恥を和らげる作戦……しかも明らかに本来のアリスと体形も身長も違う。言ってみれば魔法による着ぐるみってところか? やけにあっさり了承すると思ったら……。

「ふふふ、温泉仕様のセクシーアリスちゃんに見とれて声も出ませんか……」

……100歩譲っていまの姿がセクシーだということは認めよう。しかし、アリス……じゃねぇだろ!? 顔も完全に別人じゃねぇか!

い、いや、まぁ、アリスがそれで良いなら……別に誰が迷惑を被るってわけでもないし、いいかな? ドヤ顔はウザいけど。

「もっとしっかり見てもいいんですよ? このこのっ」

アリスは精神的余裕があるみたいで、俺をからかうような口調で近付いてきて、肘で俺をつつい……。

「だ、駄目! シャルティア!? その魔法はカイトくんを『欺こうと思って使用』してるから『敵意って認識』され……」

「……へ?」

クロが慌てた様子で叫んだ時には、アリスの肘は俺の体に触れ……直後にガラスの砕けるような音と共にアリスの魔法が解除される。

するとどうなるか? アリスは自分より大きな体型の存在に変身して、タオルを巻いていた。それが素のアリスの体型に戻ると、当然タオルは落ちるわけで……。

「……ぁっ、やっ……」

傷一つない綺麗な肌、そして扇情的に美しい桃色の突起……予期せぬ事態で思考が回らなかったせいか、それとも男としての本能なのか、つい、反射的にそこを凝視してしまう。

まるで空気が凍りついたような、一秒に満たない短い沈黙の後、アリスは全身が沸騰したように真っ赤になる。

「ひゃぃやぁぁぁぁぁ!?」

「ッ!?」

そして知覚すら出来ない速度で温泉に入って、濁り湯の中に潜水したみたいで、少し離れた場所からブクブクと気泡が出ていた。

……いろいろな意味で悲惨な事件だった。顔が焼けつくほど熱い。アリスにとっても不意打ちだったが、俺にとっても完全な不意打ち……脳裏に焼きついたアリスの裸体は、いやがおうにも俺の男を駆り立てた。

咄嗟に下半身を隠したのはファインプレーだったと思う。

いや、ほら、俺も健全な男なわけで……好きな子の裸とかを見ちゃったら、反応しない方がおかしいわけで……うん、ちょっとしばらく風呂には入れそうにない。

なによりアリスの顔を直視できそうにない。少し冷たい水でも被って頭を冷やそう。

「……お、俺、ちょっと……体を洗って――うん?」

とりあえずその場から離れようと視線を動かすと、なんか妙なものが見えた。

それは俺にとってあまりに衝撃的な光景であり、思わず足が止まる。

「……な、なぁ、クロ?」

「うん?」

「俺の見間違いじゃなければ……あの、隅っこで『負のオーラ全開』で膝抱えてるの……『アインさん』だよね?」

「う、うん……ボクもすっかり忘れた。反省してる」

俺の目に映ったのは、タオルを大量に巻き過ぎてミノムシみたいになってるアインさんが、膝を抱えて壁の方を向いて座りこんでいる姿だった。

なんというか、アインさんの周りが薄暗いと錯覚してしまいそうなほどの負のオーラ……い、いったいなにが?

普段のクールなイメージからはかけ離れて、まるで陰キャラのようになっているアインさんに、俺は恐る恐る近付いて声かける。

「あ、あの……アインさん? 大丈夫ですか? た、体調が悪いとか……」

「……で……ださい……」

「へ?」

「……見ないでください……『メイド服を着ていない』私の惨めな姿を、どうか見ないでください……」

「……」

そこぉっ!? え? なに? つまり、そういうことなの? アインさんがやたら一緒に入るのを渋っていたのは……メイド服姿じゃない自分を見られたくなかったから?

「え、えと……」

「……メイドじゃない……私はいまメイドじゃない……消えたい……誰にも見えないように……消えてなくなりたい」

か細く弱々しい声。……なんていうネガティブオーラ……え? アインさんってメイド服脱ぐとこんな風になるの? い、いや、確かにメイド服以外の姿を見たことはなかったけど……。

どんよりとした空気が凄まじい。い、いたたまれない……そうとうメイド服じゃない自分を他人に見られるのが嫌みたいだ。

ど、どうしよう。正直声をかけたことを後悔してる。い、いや、でもいまさら無視して戻るわけにもいかないし……げ、元気づけなきゃ。

「……アインさん、聞いてください」

「……カイト様?」

「アインさんは、メイドであるあることに誇りを持っている。全霊を注いでいる……そうですね?」

「はい……メイドであることは私の存在価値そのもの……それがないと……私は……」

「アインさんのメイドにかける思いは、その程度なんですか?」

「……え?」

なんというか、変な空気にでも当てられたのか、妙に口調に熱が籠るのを感じながら言葉を続ける。

「メイド服を着ているから、メイドなんですか? 違うでしょう! アインさんのメイドへの情熱は、見た目が変わった程度で消えてしまうほどヤワではないはずです! メイドであるか否かを決めるのは、決して服装なんかじゃない! どんな格好であれ、メイドとしての矜持が貴女の胸にあるなら……貴女は、メイドのはずです!」

「っ……」

正直『自分でもなに言ってるか分からなく』なってきたんだけど!? あっ、でもなんかアインさんは衝撃を受けたような顔してる。もういい! この流れのまま、勢いでいこう!

「立ってくださいアインさん! メイド服でないのなら、なおのことその心でメイドとしての存在感を出さなくちゃいけないはずです!」

「あっ……あぁ……わ、私は、メイド……なのですね!」

「そうです! アインさんがメイドと思えば、アインさんはメイドなんです! メイドであることを諦めないでください! メイドである自分を信じてください!」

……メイド、メイド、言い過ぎて、メイドがなんなのか分からなくなってきた。

自分で自分の言葉に混乱するという、なんとも情けない慰めをしつつ、それでもノリと勢いで締めくくる。

するといつの間にか、ミノムシみたいに大量に巻かれていたタオルが一枚になっていて、アインさんはいつもの凜とした表情に戻っていた。

「……感謝します、カイト様。私はどうやら、一番大切なことを忘れていました。『メイドだから私があるのではなく、私があるからこそメイドが存在するのですね!』」

「え? そ、そそ、そうですね! その通りです!」

「つまり『私はメイドで、メイドは私』ということ……お見苦しいところをお見せしました。もう大丈夫です」

「……そ、そうですか……」

どうやらアインさんはすっかり元気になったみたいで、それは本当に良かったと思う。

でも、ただ、一言だけ言いたい……なにわけの分からないこと言ってんのこの人!?

拝啓、母さん、父さん――混浴しょっぱなからハプニングが二つも発生した。新たな自爆をしたアリスと、ネガティブ面に落ちたアインさん。いや、本当に前途多難で、これからが不安だけど……その前に一言――結局メイドってなんなの!?