軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

もうひと波乱ありそうな予感がする

楽しく穏やかな夕食を終え、アインさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら雑談を交わし、それなりにいい時間になった辺りでクロがある提案をした。

「そろそろいい時間だし、『皆で』お風呂に入ろうよ!」

その言葉を聞いた瞬間、俺は逃げ出した。その時の俺の動きは、いまだかつてないほど無駄なく素早かったと思う。

最小限の動きで椅子から立ち、クロ達を振り返ることもせずに全力疾走した。

そして、数秒後……俺は脱衣場に居た。駄目だ、周りがチートすぎる。クロ達にとって俺の全力疾走などカタツムリレベルだろう。俺が知覚するより早く脱衣所に連行しやがった。

「……カイト……そんなにお風呂に入りたかったの?」

いえ、違うんです。アイシスさん……俺はいま風呂場に向けてダッシュしたのではなく、風呂場から逃げるためにダッシュしたんです。俺がここに居るのは全部あの化け物メイドのせいなんです。

木造りで純和風といった感じの脱衣所は、本当に温泉地みたいな雰囲気だったが、俺にそれをのんびり眺める余裕はない。

「……な、なぁ、クロ? 念のために聞くけど、これ、男女別とかじゃ……」

「え? 一緒に入ろうよ。背中流しっこしよ!」

「……私も……カイトの背中……流す」

予想通り混浴である……誰か助けて!? いや、コレはマジでヤバいって! だって、クロにアイシスさんにアインさんにアリス……美女四人と混浴とか、意識を保つことさえ難しそうだ。

なにか、ないか? 上手く逃れる手は……で、でも、嫌だとか言ったらアイシスさんやクロが悲しむだろうし……うぐぐ、どうすれば……。

「待ってください! 乙女の柔肌は、そう簡単に晒すものじゃないんです!」

むっ、なんか妙なところから援護が……あ、いや、よく考えればアリスは滅茶苦茶恥ずかしがり屋だった。このメンバーの中では貴重だ。

よしよし、これで三対二、まだ数の上では不利だが、十分に対抗でき……。

「というか、私は『以前の件』がトラウマなんです! カイトさんとお風呂に入って、私は、私は……もう、『カイトさんにお嫁にもらってもらうしかない体』にされてしまったんですよ!!」

「誤解を招くような言い方は止めろ!?」

アリスのトラウマとは、以前会った風呂場での事故のことだが……言い方! 絶対別の意味に聞こえるからそれ!?

「……驚きました。まさか、シャルティアがクロム様を差し置いて、カイト様とそのような……」

「ちょっと、アインさん? 誤解ですから……誤か……」

「いま思い出しても恥ずかしくて死にそうです。『私の一番大事なところ』まで『ガッツリと見られて』……」

「ちょっと、お前黙れ!!」

味方どころか最悪の敵だったコイツ!? 恥ずかしくて慌ててるのは分かるけど、もう余計なことを言わないでほしい。

「というわけで、私は『水着着用』を強く推します!」

「……なんで?」

「なんでって、アイシスさん……だから、そうしないと裸をですね」

「……カイト以外には見られたくないけど……カイトは……カイトが見たいなら……私は……いいよ?」

「想像以上にアグレッシブ!?」

こともなげに告げるアイシスさんに、アリスだけではなく俺も唖然としてしまう。

脳裏に浮かぶのは以前アイシスさんの温泉に入った時に見た、雪のように白い肌……思わず生唾を飲んでしまう。い、いかん、冷静に……冷静になれ!

アイシスさんは絶対それ以上どうのは分かってない。単純に俺が望むならなんでもしてあげる、見たいな純粋すぎる愛情からの発言……だからこそ、こちらとしてはすごく辛い。

「……ボクも……ま、まぁ、その、恥ずかしいけど……カイトくんが見たいなら……」

「クロさんまで!?」

少し俯き気味に告げるクロの言葉は、普段とのギャップもあって凄まじい破壊力であり、風呂に入る前から俺の精神をガツガツと削り取ってくる。

前言撤回。アリス、黙らないでいいから、もうちょっと頑張ってくれ……なんとかこの変な流れを……。

「だ、駄目です! カイトさんだって男性……『羊の皮を被ったオオカミに見せかけた羊』なんです!!」

「……それは要するに羊なのでは?」

しかしアリスも相当テンパっているようで、わけの分からないことを言い初め、アインさんに鋭い突っ込みを受けていた。

ぐだぐだの流れになってきたが、そこでクロがアリスにそっと近付き、なにやら耳打ちをする。

「シャルティア……」

「……へ? あ、ああ、そういう手が……なるほど……」

「え、えと、二人共、なにを……」

「折角ですし、カイトさん。皆で裸の付き合いと行きましょう!」

「本当になにがあった!?」

馬鹿な!? あのアリスがこうも簡単に意見を変えるとは……クロはいったいなにを言ったんだ? 絶対ロクでもないことだろうけど……。

え? もうこれ、決定? 皆でお風呂に入ること……確定なの?

唯一の味方だったアリスまで寝返り、いよいよ逃げ場の無くなった俺は無意識のうちに一歩下が……。

「アイシスさん!? 服を脱ぎ始めないでください! せめて、脱衣所は別で!!」

「……え? ……うん……わかった」

あ、危ない。完全に不意打ちを食らうところだった……うん。俺はなにも見てない、胸元にちらっと薄い青の布が見えたとか、そんなことはまったくない。

大丈夫、大丈夫だ……落ち着け、心を無にするんだ。

と、そんなことを考えていると……アインさんがクロに一礼をしてから口を開いた。

「……では、私はこちらでお待ちしておりますので、なにかありましたら……」

「なに言ってるの、アイン? アインも一緒に入るんだよ?」

「……い、いえ、しかし、メイドである私が、主であるクロム様と一緒に入浴するわけには……」

あれ? なんか、気のせいかな? アインさんにしては珍しく歯切れが悪いというか、なんか慌ててるような。

「あ、アインさん? 嫌なら、無理しなくていいですからね!」

「……い、いえ、カイト様と入浴するのが嫌なのではなく……これはその、私の問題でして……」

「うん?」

もし嫌ならそう言ってくれればいい、クロは俺が説得するという意味を込めて尋ねてみるが、アインさんの返答はやはり歯切れが悪い。

結局アインさんはクロに押し切られる形で、クロ、アイシスさん、アリスの三人と一緒に隣の脱衣所へ移動していった。

拝啓、母さん、父さん――やはり俺は風呂というものに呪われているようで、いきなりどうしようもないほど困難な試練が襲いかかってきた。そして気になるのは、普段と違うアインさんの様子……これは――もうひと波乱ありそうな予感がする。