軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嘆きだったのかもしれない

机の上に新しい茶菓子が並ぶ……というか、アリスの家に食べ物とか存在してたのか……いや、まぁ存在してるよな。つい、いつも空腹のイメージが……って、ちょっと待て? アリスって確か睡眠や食事は必要ない筈……って事は、以前の空腹は俺を騙す為の演技って事か。

いや、食事が嗜好の範囲としても、滅茶苦茶食ってるわコイツ……

「……で、どこまで話しましたっけ?」

「邪神出てきたところ」

「ああ、そうでした。その邪神、悪党の親玉は『絶望の大邪神』って呼んでましたけど、その邪神には意思みたいなものはありませんでした。ただ世界を滅ぼす、それだけの存在」

「……」

成程、意思がある訳ではなく……出現したその瞬間から世界を滅ぼす目的の為だけに動く、一種の災害みたいな存在らしい。

「その邪神は出現するなり『世界中の人間の心を闇で包み、絶望へ誘う』とかって、まぁ、ラスボスの癖に精神攻撃してくるラスボスの風上にも置けない存在でしたね。物理で来いってんですよ」

「さらっと、ディスってるけど、世界中の人間の心を闇で包むって……物凄いんじゃ……」

「そうですね。まぁ、アイシスさんの死の魔力が世界中に広がる、みたいなのをイメージしてもらえればOKです。まぁ、実力的にはアイシスさんの方が何倍も強いっすけど……」

成程、まさに精神攻撃。アイシスさんの死の魔力が、相手に強制的に死の恐怖を与えるものだとしたら、邪神のそれは世界中の人間に強制的に絶望の感情を与えるって感じか……う~ん。話だけ聞くと本当にとんでもない。

「実際、結構ヤバかったです……心だけじゃなくて視界まで黒く塗りつぶされて、なにもない暗闇に漂う感じで……そのままいけば、世界中の人間の心は死んでいたでしょうね」

「……そんな化け物、どうやって……」

「人間の心って、絶望を与えられて即絶望一色に染まるみたいな、そんな単純なものじゃないですよね? むしろ絶望があるからこそ、それに抗おうとする……その時、世界中の人間の心は邪神によって一つに繋がれていました。だからこそ……チャンスだったんです」

「……」

そこまでのふざけ気味だった表情が一変し、アリスは真剣な表情に変わって、語り始める。

それは暗に、ここからが重要な内容だと告げているように感じた。

「世界中の人達の心にある小さな願い、未来への確かな希望……私は、ヘカトンケイルの力で、その想い全てを紡ぎ、自らの体に取り込みました。絶望の大邪神を倒す為、大切な人達を守るため……私は世界を紡いだんです」

「……」

「結論から言っちゃいますと……私は勝ちました。邪神を倒し、世界を守り抜いた……『希望の英雄』なんて呼ばれたりもしました」

「……アリス」

なぜだろう? ハッピーエンド……の筈だ。世界を絶望に包もうとする邪神に対し、世界中の希望を集めたアリスが勝利した。

それは物語の結末のような、素晴らしい出来事の筈なのに……どうして、アリスはこんなにも浮かない表情をしているんだろう?

「……それでめでたしめでたし、世界は平和になりました……で、終われば良かったんですけどね」

そんな俺の疑問に答えるように、アリスは自嘲気味な笑顔を浮かべる。

「……異変には、すぐに気が付きました。何日食事をしなくても、何日眠らなくても……全く疲れない、自分に気が付きました」

「ッ!?」

「世界中の希望を紡ぐ……その膨大なエネルギーに、元の私の体は耐えられなかった……だから、でしょうね……私の体は、進化……いえ、変貌していました。『邪神以上の化け物』に……」

「……」

邪神を倒した英雄である筈のアリスは、いつの間にか邪神を上回る怪物に……成程。だからこそ『元人間』って言ったのか……アリスはきっと、その時に人間としての限界を超えてしまった。

人間しか種族の居ないその世界において、完全に枠組みを外れた存在になってしまったんだ。

「……まぁ、だからって迫害されたりした訳じゃありませんよ。というか実際無理でした。その時の私はもう、世界中の人間が束になっても敵わない存在でしたからね」

「そう……なのか……」

「はい。でも、私の相棒……親友は、悩む私を笑いました『たわけが、少し人知を超えた力を手に入れただけで、神にでもなったつもりか、馬鹿らしい』って……そして今までとなにも変わらず私と接してくれた。妹や他の仲間もそうでした。どんな存在になっても私は私だって、当り前みたいに笑ってくれました」

アリスの親友も、妹さんも……本当にアリスが人知を超えた存在だったとか、そんな事はどうでもよかったんだと思う。

どんな風になっても、アリスはアリス……きっとそれは、アリスにとって凄く幸せな言葉だったんだと、今のアリスの表情を見ていれば理解出来る。

「……けど、私の絶望は……ここからでした」

「……え?」

そんな空気を遮るように、アリスは重く痛々しい声で告げながら、一度顔を伏せ……もう一度顔を上げた時には、今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべていた。

「……私はこの身が変貌したその時から……『不老』になっていました」

「なっ……あっ……」

「そうです。今、カイトさんが想像した通り……私の心から愛した大切な人達が老いていく中……私一人だけ、ずっと、ずっと、このままの姿だったんです」

「……」

今、ようやく理解した。アリスの味わってきた絶望がなんだったのかを……

ここまで語られた物語は、英雄と呼ばれた少女が『大切なものを守り抜いた話』……そしてこれから語られるのは、その少女が『それを失った話』……

「母が、死んで、父か死んで……残酷な時の流れは、順々に私の大切な人達を奪っていきました。何度も、何度も、大切な人の死を経験しました。世界一大切な妹が、私を心配しながら老いて死んだ時には……涙が枯れる程泣きました」

「……」

それは、一体……どれ程の悲しみだったのだろうか? 邪神というとんでもない存在と戦ってまで、守り抜いた人達……それらの死を見送っていくのは、一体どれほどアリスの心を……

「……私は、自分の事……『無敵』だって思ってました。私の背に守りたい人達がいる限り、私の心は決して折れない。どこまでだって強くなれるし、どんな強大な相手にも勝てるって……そして、それは事実その通りでした」

「……」

「大切な人達がいる限り、私の心はただの一度も膝をつく事はなかった……でも、その人達を失ったら……私の心は、笑っちゃうくらい、アッサリ……粉々に砕けてしまいました」

なにも言えない。一人残される事の辛さ、それは少しだけど俺にも分かる。

俺も両親を失って一人残された時は、物凄く空虚な気持ちになった……きっとアリスも……

同時に、疑問だった事に答えが出た。なぜアリスがエデンさんに対して、あんなにも凄まじい激情を顕わにしたのか……たぶん、彼女はなによりも大切なものを失う事を恐れている。

だって、きっと、とても多くのソレを経験してきたから……

「……大切な人が死ぬと、心の中で今までその人がいた筈の場所に……冷たくて暗い穴が空くんです。その穴は、小さくはなっても決して消える事はなくて……ずっと、ずっと、心に穴が空き続けるんです」

「……アリス」

「私は、一人残される事に耐えられなかった。皆の死を背負い続ける自信が無かった……だから、私の大切な人が全員居なくなったら……生きていけないと思っていました」

「ッ!?」

悲痛な声、涙の浮かぶ瞳……アリスの言葉が、決して誇張ではない事を物語っている。

だけど、それならなぜ、今アリスは俺の前に存在しているのだろう? なにか心境が変化する出来事があったんだろうか?

「……そして最後に残ったのは、私の親友でした。凄いですよね。『私を一人にしたくない』って、その想いだけで他の人よりずっと長く、生き続けたんですから……けど、それでも限界は来ました」

「……」

「一人残された私が、嘆き、自らの命を断つ未来……親友はソレを察していたんでしょうね。だから、親友は死の間際……私に『呪い』を掛けました」

「……呪い?」

「はい。優しくて、苦しくて……今も私の心を縛りつける。『親友の最後の願い』という、抗いようのない呪いを……あの時の、親友との会話は、今も鮮明に覚えています」

一つ一つの言葉を噛みしめるようにゆっくりと、悲痛な運命を嘆くように痛々しく、アリスは最後に残った親友との思い出の言葉を、静かに話し始めた。

拝啓、母さん、父さん――アリスの過去、彼女を苦しめ続ける内容が、ようやく明らかにされた。そしてそれは同時に、違和感を感じたアリスの激情の答えでもあった。あの時の、アリスの怒りは、もしかしたら――嘆きだったのかもしれない。