軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

全く違う印象だった

薄暗い部屋のベッドの上に、老婆が一人。

痩せ細った体で、薄く目を開きながら……老婆は、傍らで自分を見つめ続けている少女に声をかける。

「……やれやれ……粘っては……みたが……流石に、そろそろ……限界らしい……150年か……よくもまぁ……縋りつく想いで生き永らえたものだ」

「……」

もはや殆ど動かない体、顔だけをほんの少し少女の方に傾け、老婆はゆっくりと言葉を紡ぐ。

この老婆は、この世界においで最も生にしがみ付いた女であった。様々な延命措置を施し、床に伏せるその日まで不老不死になる夢を追い続けた。

だが、ソレは決して自分自身の為では無く……大切な……本当に大切な存在を、一人残してしまわないようにと、寿命という壁に抗い続けた。

しかし、残念ながら、老婆はその壁を越える事は出来なかった……故に、間もなく老婆の命は尽きる。

「しかし……まぁ……こうして、死ぬ寸前になってみると……よく分かる。我は……果報者であった……これ以上の幸福なぞ……望んでは罰が当たるであろうな」

「……っ」

「……ただ……一つだけ……心残り……お前に最後まで……付き合ってやれなんだ……」

「……」

「……すまぬ……我は……お前を残して……先に逝く」

己の死期を悟り、人生の大半を共に過ごしてきた親友に、先に死ぬ事を謝罪する。

すると、老婆の手に……何粒もの涙が落ちる。

「……いやだ……」

「……うん?」

「……いやだよ……イリス……死なないで……私を、一人にしないで……」

不老となってしまった少女は涙を流しながら、死なないでくれと老婆に語りかける。

もう、老婆が最後の一人だった……彼女が心から愛した存在は……もう、老婆を除いて、皆死に絶えた。

「……相も変わらず……我儘な奴だ……だが、すまぬ……」

「……イリス……」

「……なぁ、――――? 一つだけ……頼み事をしても……構わぬか?」

「……え? う、うん」

涙を流す少女の目に、枯れ枝のようになった手を伸ばし、震える手で涙を拭いとってから、老婆はゆっくりと……微笑みを浮かべながら言葉を発する。

「……昔した賭けを……覚えているか? ほれ……交易都市でしたものだ……」

「え? うん……『どっちが先に恋人を作れるか』ってやつだよね?」

「ああ……我等は結局……ついぞ、恋愛なぞできなんだな……」

「……イリスは、出来なかったんじゃなくて、しなかったんでしょ? 私の為に……」

ソレは遠い昔にした小さな勝負、恋を知らぬ少女だった二人が、どちらが先に恋をして恋人を作る事が出来るかと、そんな小さな賭けをした。

しかし、結局その賭けに決着がつく事はなかった。不老の怪物になってしまった少女は勿論、老婆も機会はあった筈なのに、それらを全て迷いなく切り捨て……少女と共にあり続ける道を選んだ。

「……いや……我には結局……お前以上に、共に居たいと……そう思える存在なぞ……見つからなんだ」

「そんなの、私だって同じだよ。イリス以上に、一緒に居て安心出来る存在なんて、見つからなかった」

「……そうか……なぁ、――――?」

「なに?」

かすれる声で少女の名前を呼び、老婆は小さな願いを口にする。

「……お前は……『恋をしてみてくれ』……」

「え?」

「……恋をして……大切な相手を見つけ……そして……幸せに……なってくれ」

「……なんで……そんな……」

老婆の言わんとする事を察したのか、少女は大きく目を見開き驚愕した表情を浮かべる。

何故なら、老婆の口にした願いは……少女が老婆を失った後でしようとしていることへの牽制だったから……

「……すまんな……これで、お前が……苦しむのは……分かっている。死に逝く者の……身勝手な願いだと憤ってくれ……だが……それでも……我は……お前に『生きていて欲しい』のだ」

「ッ!?」

「……だから……どうか……今も変わらず……我を親友と思ってくれているのなら……この最後の願いを……叶えてくれ。そして……いつかまた……昔のような……心からの笑顔を……」

「イリス? イリス!?」

話している最中にも、老婆の声はどんどん弱々しくなっていき……その命が尽きようとしているのが、少女にも痛いほど伝わってきた。

だから少女は涙を流し、必死に老婆に呼びかける……まだ、死なないでくれと……

そんな少女に向け、老婆は……優しい笑みを浮かべて、最後の言葉を告げた。

「……お前と……出会……えて……良……かった……あり……がと……う」

「イリス!! あ、あぁ……ぁぁぁぁ……うっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

本当に皮肉な話ではあるが、少女にはヘカトンケイルという絆の心具があり、絆を紡いだ相手の死は、あまりにも鮮明に、あまりにも痛々しく心の奥底に突き刺さる。

紡いだ絆が、切れる音が聞こえる……心の中に残るのは、その相手が存在したという証……小さく、冷たい絆の欠片……

誰もいない部屋、薄暗い闇の中……少女の慟哭が響き渡った……

親友との最後の会話、ソレを静かに語り終えたアリスは、いつの間にか目に浮かんでいた涙を拭う。

「……私は、親友の……大切な人達が居る場所に行きたかった。でも、そうすると、ずっと私の我儘に付き合い続けてくれた親友の、最後の願いを踏みにじってしまいます。その日から、私は……死ねなくなりました」

「……」

「なんとか親友の願いを叶えたかった。でも、私の心はもう既に、知り合う人に対して……死に分かれる前提で接するようになってしまっていて……どうしても、恋愛感情みたいなものを抱く事が出来なかったんです」

そうか、だからアリスはその言葉を……呪いだと言っていたのか。死にたい、でも死ねば親友を裏切ってしまう。

心から大切な存在の最後の願いだからこそ、なによりも強く彼女の心を縛り続けてきたんだろう。

「……それからは、色んな事をしてみました。楽器を演奏してみたり、絵を描いてみたり、物を作ってみたり……時間だけは、呆れるほどにあったので、どれもこれも一通りは極めちゃいましたよ」

「……うん」

「その過程でも、また新しい人達と知り合い、仲良くなって……何度もその死を見送りました。移り変わる世界を見つめ続け、多くの死を見送り続けました。自分の心が、どんどん冷たく、なにも感じなくなっていくのを実感しながら……」

ソレは決して数年、数十年の話では無いのだろう……たぶん、何千、何万年という気の遠くなるような時間を、アリスは生き続けてきたんだ。親友の願いを叶える。それだけを目標にして……

「けどまぁ、呆れるぐらいの年月を過ごした後……思いました。人間しかいないこの世界では、私はきっといつまでたっても親友の願いを叶える事は出来ないって……それで、そこから別の世界に行く方法を色々研究しました」

「って事は、アリスは自力でこの世界に来たって事?」

「ええ、まぁ、方法は見つかったんですけど……触媒がちょっとアレで……厳重に封印されてた、邪神のコアを盗み出して使いましたね!」

「ッ!?」

なんかまたサラッととんでもない事を……いやまぁ、俺がここに来たみたいに、召喚されるって方法に比べて、自力で別の世界に向かうって方が、ハードル高そうなイメージではあるけど……

「そして私は、親友や大切な人達の『遺灰』をヘカトンケイルで自分の体に取り込み、更なる化け物に進化してから、力付くで異世界転移の大魔法を発動させました。後、副産物ですけど、なんか遺灰取り込んだら、親友達の姿にずっと変身していられるようになりました。自分の力ながら、謎が多いですねヘカトンケイル……」

「……それで、この世界に?」

「はい。いや、まぁ、ビックリしましたよ。私が更にパワーアップして、その力をまだ使いこなせて無かったのもありますが……この世界に来て早々、クロさんにボッコボコにやられちゃいましたからね」

「……そ、そう言えば、クロもなんかアリスと戦ったとか言ってたような……」

どうやらアリスにとって、クロはこの世界にやってきて初めで出会った存在らしい……けどそれで即効戦闘になるって、一体どんなやり取りがあったんだが……

「アレですよ。ラスボス倒して、意気揚々と裏ダンジョンに潜り込んだら、初手で裏ボス出てきた感じでしたね……いや、マジで超強かったですクロさん」

「……言い方」

「ともあれ、それでクロさんが、私に力の使い方を教えてくれる~って感じで声をかけてくれた感じです。そこからはカイトさんもある程度知っているのでは? 私は昔の自分とは違うって意味で、シャルティアと名乗り、同時に六王ノーフェイスとも呼ばれました」

そして二万年前に神界と戦い、フェイトさんと友人になり……ってあれ? あんまり細かい所は分からない気がする。

そう思いながら俺が、その辺りと親友の約束について尋ねようとすると……アリスは真っ直ぐに俺の目を見ながら、吸い込まれそうな程美しい微笑みを浮かべる。

「……そして、私は、貴方に出会い……恋をしました」

「ッ!?」

拝啓、母さん、父さん――過去の話と共に不意に告げられた言葉。今までも冗談めかして言われた事はあったけど……なんだろう? 今は聞いた言葉は――全く違う印象だった。