作品タイトル不明
そのころ②
白神祭の中層の一角、富裕層向けのエリアにある有料休憩スペース。ここでは有料ではあるが、結界魔法により個室に近い形で休憩できるので、有名な魔族や貴族などが少し休む際などに利用される。
そのうちの一区画、休憩スペースの中でも一際高額で広い休憩スペースでは、ひとりの女性……トーレが正座をして、姉であるツヴァイの説教を受けていた。
「……祭りを楽しむなとは言いません。ですが、周囲に迷惑をかけるのは問題です。再三言っていますが、貴女が居なくなった時チェントとシエンがどれだけ心配したか、そういった部分もちゃんと考えなければいけませんよ」
「……はい、ごめんなさい」
すでにそれなりの時間に渡り、厳しく説教されており、その影響なのかトーレはシュンとした表情で俯きながら謝罪の言葉を口にする。
そうなってしまうと、弱いのはツヴァイの方だ。ツヴァイは誤解を受けやすくはあるが、家族思いで優しい性格をしており、反省している妹を見ると、どうしても「言い過ぎてしまったか?」という思いが浮かんでくる。
「……せっかくの日に、これ以上説教ばかりするのも可哀そうですね。今日の説教はここまでにしておきましょう。さっき言ったことをちゃんと留意して、祭を楽しむように」
「はい」
言うべきことはここまでにすべて言ったということもあって、ツヴァイはここで説教を終わらせることを告げる。するとトーレは静かな声と共にもう一度頭を下げる。
反省の見えるその態度を見てツヴァイが満足げに頷いた……直後に、トーレの顔は満面の笑顔に戻った。
「じゃあ、これで話は終わりだね! それじゃあ、お祭りの続きだ~!」
「……トーレ、貴女……」
「い、いや、違うよ!? ちゃんと反省はしたよ! でもほら、切り替えが早いのが私の長所だと思うしね」
「……はぁ」
相変わらず本当にちゃんとわかっているのか……少なくともいつも通り懲りてはなさそうな妹を見て、ツヴァイは呆れたようにため息を吐く。
「あ、そうそう、ツヴァ姉も一緒に行こうよ! せっかく来たんだし、ツヴァ姉のことだから仕事の予定は余裕持って空けてから来たんでしょ? 一緒にお祭り回ろう!」
「い、いえ、私は……」
「私は、ツヴァ姉と一緒に回りたいんだけど……ほら、最近ツヴァ姉とあんまり出かけられてなかったしさ……駄目かな?」
「うぐっ……」
一緒に白神祭を回りたいというトーレの言葉を聞いて、ツヴァイは若干困ったような表情を浮かべた。たしかに、説教が長引いた際にも問題ないようにスケジュールは余裕を持って調整しているので、回れないということはない。
ただ、後回しにしただけで仕事が消えてなくなったわけでもないので、彼女的には説教が終わった後は戻って仕事をするつもりだった。
「ほらほら、ツヴァ姉が居れば、私がはぐれちゃう心配も無いと思うし、いいんじゃないかな?」
「……それは……確かに、そうですが……」
ハッキリと言ってしまえば……ツヴァイはトーレにかなり甘い。というのも、かつて六王たちがクロムエイナの元に住んでいた際に、ツヴァイは家族の中で一番末っ子のポジションだった。
六王たちが独立したあとすぐのタイミングでクロムエイナに拾われたトーレは、彼女にとって初めてできた妹であり……それはもう目に入れても痛くないほど可愛い存在だった。
かなりの頻度で厳しく説教をしているのも、戦闘能力が皆無なトーレが心配だからであり、それこそ嫌われるのも覚悟でかなり厳しく叱っているつもりだ。
しかし、幸か不幸かトーレは異常なほどポジティブであり、まったく懲りないし、何度説教されてもツヴァイを怖がることはなかった。
それはそれで少し思うところもあるが、アレコレ厳しくは言いつつも溺愛していると言っていい妹からのお願いである。
そして、トーレはかなりの甘え上手でもある。その甘え上手っぷりたるや、王であるクロムエイナもトーレをかなり溺愛しているほどだ。
というのも、現在クロムエイナの家族の中で末っ子に当たるのはノインなのだが、ノインを含めた家族の面々の大半はクロムエイナが指導者として優れていることもあって、かなりしっかりしている。
雛鳥が……家族が立派に成長してくれたことは嬉しい。しかし、それはそれとしてあんまり頼ったり甘えたりしてくれないのは寂しいと思ってしまうのが親心である。
そんな少し矛盾した複雑な親心を満たしてくれるのが、トーレである。トーレはその性格もあって、いまも結構な頻度でクロムエイナにおねだりをしたり甘えたりしてくる。
それが正直、クロムエイナにとってはかなり嬉しく、よく「もう、トーレは本当にしょうがないなぁ」などと言いながら、嬉しそうにトーレのおねだりを聞いていたりする。
そんなトーレの甘え上手は、姉に対してもいかんなく発揮される。というよりは、トーレは計算ではなく素でやっている。
いまも単純に大好きな姉と一緒に祭りを回りたいだけであり、それが分かっているからこそツヴァイの方もついつい甘くなってしまうのだ。
「……少しだけですよ」
「ほんとっ!? やった~ツヴァ姉と一緒だ~!」
「まったく、しょうがない子ですね」
ツヴァイと一緒に回れることを心底嬉しそうに喜ぶトーレを見て、ツヴァイは優し気な微笑みを浮かべた。