軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編第四話 試しとは、この豪華絢爛な檻から逃げて見せよと

拐われ、王城の一室に閉じ込められて一週間。

職業紹介所での紹介員とのやり取りを思い出したタチアナは頭を抱える。

「まさかあの求人の裏にこんな危険が潜んでいたとは……」

うまい話には裏がある。わかっていたつもりで、全然わかっていなかった。

条件が良すぎると不審に思いながら話を受けた自分が悪い。それは承知しているが、まさか部屋に閉じ込められる未来が待っているなんて思わなかった。

現在タチアナの暮らす部屋は一応客室とは呼ばれているけれど、自由がないという点では牢と同じだ。

王や他の竜騎士の暮らす区画とは離れた場所にあって、見るからに高価な家具が揃い、大きな窓とベランダがついている。廊下側の扉と窓には鍵がかけられているが、窓に鉄格子がついていないのが気分的には救いか。

元からこうなのか、高所が苦手なタチアナならここから逃げる心配がないと判断されたから鉄格子をつけていないのかはわからないけれど。

「どうしたらいいのかしら……」

タチアナは囚われた日からずっと、ここから逃げることばかりを考えていた。

いざとなったら逃げればいいなんて安易に思った自分が、どれだけ浅はかだったのかがわかる。

それでも逃げるためにできることはやったつもりだ。

まず初っ端から盛大に暴れた。意識を失い、ハサイード様に抱えられた状態で運ばれたタチアナだったが、天船の一室に降ろされてすぐに意識を取り戻した。

次の瞬間、大暴れした。自分史上で記憶にないくらい暴れた。

物を投げて、つかまれた手を引き剥がして。どうやらタチアナの理性は研究所に置いてきたらしい。

それはもう周囲の使用人がドン引きするくらいに暴れて叫んだ。

「無理やり連れて来られました。家に帰してください!」

タチアナの魂がこもった叫びに一瞬周囲は騒然となったが、次に発したハサイードの言葉で沈黙する。

「彼女は死にかけたルミナを完全に癒した。竜騎士として、竜を救う稀有な力のある人物を守るのは当然のこと。だから誘拐ではない、私の権限で保護したまでだ」

あくまでも保護だと彼は主張した。しかも証拠は窓の外にいるルミナだとまで言い切る。

バルコニーでくつろぐルミナの姿に周囲にいた使用人達の顔色が変わった。ルミナが瀕死の重症であったことは彼らも知っていることらしい。

途端に見る目が変わってタチアナはうろたえた。

おかしいな、治療している姿を直接見せたわけではないのに。

ハサイード様だけでなく彼らも私のことをあっさり信じている?

それとも竜と竜の血を受け継ぐ王家を守るために、使用人達は多少の矛盾や不都合には目をつぶることにしたということだろうか。

厳しい表情をしたハサイードは彼らに次々と指示を出す。

「彼女の力については決して他人に漏らすな。安全確保のために、警備の厳重な客室を用意せよ。そこから部屋の外に出るときは必ず侍女をつけるように。決して一人にはするな」

「承知しました。すべてはハサイード様の仰せのままに」

使用人達はハサイードに向かって深々と頭を垂れる。

タチアナはあわてた。

「ちょっと待って、仰せのままにされたら困ります!」

「責任は取ると言っただろう。父にもあなたを保護したことはきちんと報告してくるから安心してほしい」

「いいから人の話を聞きなさい!」

抵抗虚しくタチアナは強固な結界に守られている客室へと使用人の手によって隔離されてしまい、今に至る。

「ああもう、正直に言って心が折れそう」

侍女を追い出して、誰もいなくなった部屋でタチアナは頭を抱える。

できるだけ穏便にと逃がしてくれるよう侍従や侍女を説得しても、まったく聞く耳を持ってくれない。それどころか周囲に侍る使用人達の執着の度合いが日毎に増すばかりだ。

しかも薄々、原因に心当たりがあるから嫌になる。タチアナは瞳の色を確認するため振り向いた。

背後の鏡に映ったのは赤い瞳。治療場から王城に連れてこられたタチアナの目はなぜか赤いままだった。

「赤い瞳のときは竜が従順に従う。原因になりそうなものはこれしかないのよね」

ハサイード様は王子だから濃く竜の血を引いているけれど、それ以外にも過去に高位貴族へ降嫁した姫や新たな家名を得て王家を離れた王子がいるから高位貴族にも少なからず竜の血は混じっている。

そしてここは王城。高位貴族の子女に勤め先として人気が高いということは、わずかでも竜の血を受け継ぐ人間が侍従や侍女として王城内のそこここで働いているということだ。

彼らの内側で何が起きているかなんて、聞かずともタチアナには予想がつく。

「しかもどういうわけか、いつもなら内側を白く塗り替えれば紫に戻るのに、何度塗り替えようとしても魔法の効果は破棄されて瞳は赤いままなのよ」

まるでこの赤い瞳が切り札なのだと暗示されているかのよう。

無意識の仕事か、それとも……おばあさまが言っていた試しというものだろうか。

タチアナはおばあさまの言葉を思い出す。

――――いいかい、紫と赤の力を持つ者は力を与えた大いなる存在によって試される。まったく楽勝じゃないけれど、そのときは死なないようにがんばるんだよ!

あのときは大袈裟なと思ったが、まさか身をもって知ることになるとは思わなかった。

たしかに、このまま死んだように生きるのは嫌だな。

「つまり試しとは赤の力を使って、この豪華絢爛な檻から逃げて見せよということでしょうか」

窓越しに空を見上げると、まるでそうだと答えるようにどこからか竜の鳴き声がした。

いやもう簡単に言ってくれる。魔のつくものにのみ効果を及ぼすタチアナの魔法は人に効かない。しかも天船内には侵入者対策として罠がそこかしこに仕掛けられているという。

そんな危険な場所から魔法なしで、どうやって逃げろと言うのか。恨めしそうに窓の外を睨んでタチアナは深々と息を吐く。

「空中浮遊の魔法でも使えたらこの窓から一発で逃げられたのに……無理かな、高いところが苦手だし」

今回の件でわかった。どうやらタチアナは高い場所が苦手らしい。

足が震えて、心臓が激しく脈打ち、呼吸も荒くなる。

こんな状態ではたとえ魔法が使えたとしても下を見た途端に動けなくなって、そのままなす術もなく地上に落ちること間違いなしだ。

試しに赤の力でハサイード様を言いなりにできないかと試したけれど嫌な方向に執着が増しただけ。

現状で、できることは全部やり尽くした気がする。

「ルミナはかわいいし、ハサイード様も一時の気の迷いでしたと解放してくれたら大事にする気はなかったのだけれど。こういう状況でそんな悠長なことは言っていられない。人の話を聞かないのが悪いのだから、こちらも好きにさせてもらおう」

少しずつ、少しずつ。タチアナは身に迫る悪意を感じ始めていた。

しかも自分は普通の人のような魔法という強力で効率の良い一手を持たない。ついでに地位も権力もない平民だ。何もない状態から積み上げていくことになるので時間がかかるだろう。

「逃げるまで半年から一年、いいえもっとかもしれない。長期戦も覚悟しないといけないわね。ならばいっそのこと実験場だと思おう。赤の力が竜の血に与える影響を測って、効果を見極める壮大な実験場」

自分でもわかる。思考が変な方向に前向きなのは、そうでも思わなければやってられないから。

手段と問題点を検討して、タチアナはようやく覚悟を決める。

「空気を読まずに場を引っかき回すのも、故意に人を振り回すのも嫌なんだけど。それでもこれしか手を思いつかないから、仕方ないわよね」