軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話 捕獲するものと地天の鉄槌

捕獲するもの(アントラリオン) 。

その名のとおり、この魔物は砂を掘り巣穴に落として獲物を捕らえる。

からだは焦茶と白のマダラ模様。鋭い牙、獲物を噛み砕く強靭な顎が武器だ。

一瞬だけ視界に収めてアンジェリーナは跡形も残さず燃やし尽くした。

「あれは普通のものだが、変異種は毒持ちだ。毒があるとからだに鮮やかな赤の線が出る」

「毒まで……逃げられない状況にして獲物を捕食する。想像すると恐ろしいですね」

素材が砂という天然由来のものだからか、対魔特化のアンジェリーナでも罠そのものを無効化することはできない。さすが砂漠に潜む種だ。狡猾だし、強さの次元が違う。

さて、どうするか。

アンジェリーナの視線の先で王子殿下は目的地のある方角に手を伸ばした。

「目的地はヒデラ砂漠に点在するオアシスのうち一つ。もともとこの辺りにアントラリオンの巣はなかったんだが……どうやら縄張りが移動したらしい。そうしたらよほど環境が合ったのだろうな、オアシスに寄る魔獣や魔物を捕獲して、どんどん強くなって数が増えた。おかげで旅人が近寄ることはできなくなってしまったし、もともとオアシスに棲んでいた魔物は餌が減って別のオアシスに移動してしまった」

「原因は何でしょうね?」

「たぶんヒデラ・ドートだ。大きくなって数が増えた。あいつらの縄張りとアントラリオンの縄張りがかぶってしまったのだろう。縄張り争いの末に敗れてここに移動した」

「毒は効かなかったのですかね?」

「ヒデラ・ドートは獲物の毒にも耐性があるらしいぞ。体が大きいぶん、少しずつ摂取することで耐性が後からつくこともあるらしい」

ああ、ファハド先生が言っていたことに似ているな。毒が効かないというのはそういう理由もあるのか。

王子殿下は空を見上げる。

「翼のある竜ならこの上を飛んでいけるのだが。我々は罠を回避しつつ、徒歩で移動するしかないな。本当は急ぎたいところなんだが」

「え、そうですか?」

「アンジュ、何か策があるのか?」

「うーん、あるにはありますけど。まずはどのくらい巣食っているか、数を確認しましょうか」

「は、そんなことできるのか?」

声を上げた王子殿下に無言で笑って、アンジェリーナは自分を中心とした魔除けの力を広げていく。結界とは違い、海中の魔力だまりを探したときのようにオアシスの手前まで感覚を広げて、さらにオアシスの向こう側へと。本来なら、砂漠という海に潜って見えないはずの敵の数を数えるようにアンジェリーナは指を動かした。

「一、二、三……二十匹ですかね? これって多いほうですか?」

「は、二十匹って、オアシスの周りにそれだけいるということか?」

「ですねー。大きさまではわかりませんけれど、魔力の大小みたいな個体差は感じるので数を増やしているというのは間違いないようです」

のほほんとした顔でアンジェリーナはさらっと答えた。アレスティオは呆然とする。回れ右をしてジルベルトに近づくと耳元でささやいた。

「おい、これは本当か⁉︎」

「アンジェリーナは規格外だ。常識を求めても疲れるだけだぞ?」

ジルベルトは同じようにアレスティオの耳元でささやいて苦笑いを浮かべる。

「私もさすがに潜っている魔物の数まで正確に把握はできないが、魔法を使った痕跡がいくつかある。アントラリオンは、たしか魔法を使うな?」

「ああ。とはいえ滅多に使わないそうだが。落とし穴を掘るときや土を埋めるとき補助的に使うらしい」

「攻撃用ではないのか。だから残りかすのような魔法の痕跡しか感じ取れない」

その残りかすが、そこそこの数あるということは一匹二匹ではないはずだ。

ジルベルトがそう答えると、アンジェリーナは振り向いた。

「王子殿下は年間でどのくらい狩ります?」

「多くても二匹か、三匹くらいか。もっと狩らなければならない凶暴な種もいてここまで手が回らない」

「じゃあ、現状はたしかに多いですね。このまま増え続けると魔獣や魔物が近づかなくなって、せっかくオアシスがあるのに機能しなくなるかもしれません。たとえば水は枯れて、緑も荒れてしまうかも」

少し、整理しますか。

そう言ってアンジェリーナは膝を突いて地に手を突いた。

「皆さん、ちょっと揺れますから足元に気をつけてくださいね!」

「は、揺れる?」

王子殿下の声に答えることなく、アンジェリーナは魔力を手繰った。

風もないのに、ゆらりとローブが揺れる。

「善き槌は、力の槌。地天の慈悲は鉄槌に」

どこまでも冷静な、温度を感じさせないアンジェリーナの声が響く。

――――さあ、押し潰せ!

終わると同時に、手のひらを砂の表面へと強く叩きつけた。

だが非力なアンジェリーナでは手のひらをペチペチ砂場に叩きつける小動物にしか見えない。

「よーし、もうちょっと!」

「アンジュ?」

不発かと、いぶかしく思ったジルベルトが声をかけたそのときだ。

ズン!

音なき揺れがほんのわずかに地を震わせて、静かに止まる。

すると砂漠の地表に突然、十を越える小さな砂の く(・) ぼ(・) み(・) ができた。

くぼんだ下には、いったい何が。

誰もが首をかしげる中、砂のついた手を払って立ち上がるとアンジェリーナはほっと息を吐いた。

いつも思うけれど、派手さのない静かな魔法だ。

だからこそ目に見えて効果はわからず、後から知って恐怖は増す。これはそういう質のもの。

「まさか……砂の下にいる魔物を押し潰した?」

さすがはジルベルト様だ、魔法の効果を読んだようで言葉を失っている。

「正解です。あのくぼみの下にはアントラリオンの遺骸が埋まっている」

地天の鉄槌は魔のつくものを押し潰す魔法。魔のつくものを圧縮し、体を粉々に打ち砕く。

「ちなみに手を叩きつけたのは、ただの気分です。もちろん物理ではありません。おばあさまと研究したのですよ、どうやったらかっこよく技が決まるかなみたいなノリで。ですがイマイチですねー」

いかなるときも遊び心は大事です。

アンジェリーナは軽やかな口調でそう答えると、ためらいもなく砂漠に一歩を踏み出した。

「効果のほどを疑うのなら、くぼみが消えないうちにその場所を掘り返してみればわかりますよ。ただ残念ですが、粉々に砕けているので素材としては使えないでしょうけれど」

三人に背を向けたアンジェリーナはくぼみを器用に避け、ざくざくと砂を踏んで進んでいく。

家主を失って、このくぼみが深く沈むことは二度とない……はずだ。ただ先ほどのように、うっかり引っかかって這い上がれなくなるのは恥ずかしいので念のため穴は避ける。

「砂で視界が閉ざされたときどうやって戦うか、ずっと考えていたのです。砂の内側で火は使えないでしょう? 周囲に水はないし、毒や雷を使っても効果のほどが不安で」

だから潰した。そのほうが確実に仕留められるから。

罠を張って待ち伏せするような、動きの少ない魔物に対してより高い効果を発揮する。

「この辺りに潜むものを一掃しました。一時的にではありますが、アントラリオンを駆逐して砂漠の下にオアシスへと至る道を繋いだ感じですね。このあとオアシスの状況を鑑みて、周辺に残った魔物をどう管理していくか、それを考えるのは偉い人の仕事です」

アンジェリーナは離れた場所で呆然とたたずむ三人を振り向いた。

「さあ行きますよ。急ぎたいところ、なのでしょう!」

不敵に笑って。背を向けたまま手を振るとアンジェリーナはオアシスに向けて歩き出した。

「うわー、やっぱり砂漠は広いな! それに暑い! あらやだ、しゃべっていたら砂が口に!」

うきうきとした足取りは完全に観光気分である。

取り残された三人はあわててガマロに乗った。

ああもう、まただ。追いついたと思うとすぐに先へと行ってしまう!

焦るジルベルトにアレスティオは興奮した顔で叫んだ。

「独特の治療方法といい、未知の魔法といい。アンジェリーナはいろいろ面白いな!」

「これを面白いで片づけるのはアレスくらいだ」

だがこの言い方はアンジェリーナを有能と認めた証拠。

ジルベルトはガマロに跨りつつ、口角を上げる。

「うらやましいだろう。強くてかわいい人だから」

「うわー、真面目で最低限の愛想しかないと思っていた男が惚気るとは。愛とは恐ろしいなぁ……」

「でも手は出すなよ。私は友人を失いたくない」

ジルベルトは笑って先頭を走り出した。

アンジェリーナにすぐ追いついて、彼女の背後から手を伸ばす。

「アンジュ!」

ジルベルト様の声に振り向いたアンジェリーナは、最初、すぐ脇をガマロが通り過ぎたのだと思った。ところが砂埃の隙間から馬上にいる彼の姿が見えた次の瞬間、腰をつかんだ何かが強く引き上げる。

あっと叫ぶ間もなく、アンジェリーナが気がついたときにはガマロの上に座っていた。

「えっ! あれっ、どうしてここに」

「捕まえた」

横向きに鞍の上に座って、しかもジルベルト様の腕の中だ。

この一瞬で何が起きたのだろう。

アンジェリーナが目を丸くするとジルベルト様はニヤリと笑った。

「ジル、魔法でも使いました?」

「内緒だ。でも真似しようとするなよ、絶対にけがをする」

いつもみたいにからかうように笑って。

……よかった、普段どおりのジルベルト様だ。

ほっとする気持ちと、甘える彼もかわいかったなーと残念に思う気持ちもどこかにあって。

アンジェリーナは腕を回して、ジルベルト様の体に思いっきり抱き着いた。

「そうだ、落ちないようにくっつかないといけませんよね!」

突然の出来事に今度は彼のほうが固まる。

見えない角度でアンジェリーナの口元がにんまりと弧を描いた。

「……しっかりつかんでいろ」

「ふふ、はい!」

ジルベルト様は平常心を装っているけれど。

ここまで密着すると、彼の高鳴る心臓の音が聞こえてしまうことは私だけの秘密だ。