軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話 砂漠の舟と二人の道しるべ

迷子の竜探し一日目。今日の目的地はヒデラ砂漠にある。

宿で朝食を食べて、王子殿下と砂漠の入口で合流です!

「ここからは砂漠の舟に乗っていく」

「砂漠の舟?」

「このガマロだ」

「馬のことを舟と呼ぶのですか!」

「ガマロは砂の海を舟のように渡るからな」

砂を踏みしめる太い四本足に、短い黒茶の毛並み。

魔馬に近い姿形をしているけれど、砂漠地帯に生息する在来馬で賢く従順だそう。

今も鞍や手綱をつけた姿でおとなしく待っている。

仲良くなるためにアンジェリーナが手に持った根菜を与えると、つぶらな瞳を輝かせて喜んで食べてくれる。食べ終わると今度は甘えるようにアンジェリーナの手に鼻をすりつけた。

うわー、かわいいなぁ!

「ああ、そうだ。アンジェリーナは馬に乗ったことはあるか?」

「ないですねー?」

「ならばジルと一緒に乗ったほうがいいぞ。馬に乗ったことのない人間がガマロを乗りこなすのは難しい」

そうなのか。アンジェリーナがジルベルト様を見上げると鞍と鎧の位置を調整した彼が軽やかな身のこなしでガマロに跨った。少しだけガマロがからだを揺らすと落ち着かせるように手綱を引いた。

ゆっくりと首筋をなでて、最後に軽く叩いた。

「よし、いい子だ」

「あっという間に手懐けるんだよなぁ。さすが対魔獣特務部隊隊長、生き物の扱いに慣れている」

「元だがな。役目を理解させればいいだけだ」

「私が竜舎でやったことと一緒ですね!」

「一緒にするな、私は出禁にならないぞ」

またからかって。すねたアンジェリーナはふいと横を向く。

アンジェリーナが不服そうな顔をするとジルベルト様は笑いながら手を差し出した。

「アンジェリーナ嬢、お手をどうぞ?」

「いまさら丁寧に扱っても許しませんよ!」

「一緒に乗れば乗り方を教えることができる。そうしたら今度は二人きりで来よう」

いつもの甘やかすような声で、そんなふうに言われたら断れないじゃないの。

もう、しょうがないなー。

無意識のうちに口元をゆるめてアンジェリーナはジルベルト様の手をつかんだ。

「珍獣の扱いにも慣れているみたいだな」

「言い方どうにかなりませんかね!」

殿下相手に不敬ですって。人を珍獣扱いするほうがよっぽど不敬ですよ!

そう言い返すと、王子殿下は笑いながらアンジェリーナに手に持ったものを差し出した。

「ああそうだ、これを貸してやる。ガマロに乗るときは必需品だ」

「ありがとうございます。これ、ゴーグルですか!」

ヒデラ・ドート討伐のときに王子殿下が使っていたものと同じです。

彼は一人ずつゴーグルを配った。ガマロを借りたときに一緒に借りたもので、アンジェリーナのは女性物だそうだ。たしかに他のものよりも一回り小さい。

「最近は種類が増えてこの太い紐の部分やレンズにもさまざまな色があるらしい」

「個人の好みに合わせることができるわけですか。それはいいですね!」

「途中、砂嵐が吹くこともあるから外すなよ」

「了解です!」

ゴーグルをすると魔法の補助で視界が鮮明になる。

空の色、風によって砂の表面にできた風紋まではっきりと見える。

裸眼で見ると気がつきにくいところもよく見えるのね!

指示どおり、鎧に足を掛けたアンジェリーナの手をジルベルト様が一気に引き上げた。そのまま馬のからだに跨って胸元に包まれるように座ると、彼の左手が固定するようにアンジェリーナの腰を引き寄せる。

視界が上がって、砂丘が重なり合う様子までよく見えた。

「うわ、高いですね!」

「そうだな、でも気分が上がるだろう」

「はい、それに遠くまで見渡せてとても気持ちがいいです!」

折り重なる砂丘、風紋の描く波の造形がまるで海のようだ。

風が吹くと、流れる砂によって風紋が違った模様を作り出す。

セザイアの海とはまた違った美しさだ。

前方に立つ王子殿下が片手を上げる。

「出発するぞ。いきなり速度が出るからしっかりとつかまれ!」

鞍についた持ち手をつかむと同時に上体がぐらりと揺れた。

でもそれは一瞬のこと。

丈夫な脚が砂を蹴るようにしてガマロは滑らかに砂の海を進んでいく。

ファハド先生の操縦する舟で見たときのように景色が早い速度で横を流れていった。

本当に、馬じゃなくて舟みたいだ。

三頭のガマロが砂漠を真っ直ぐ突き進む。

このまま砂丘を越えて高く遠くまで行けそうな気がする。

アンジェリーナは歓声を上げて、日差しに手をかざした。

「このまま、どこまでも行けそうですね!」

どこまでも遠く、彼方まで。

アンジェリーナはリゾルド=ロバルディア王国の街並みをジルベルト様と歩きながら、二人で一緒に歩いていけたらと願った日のことを思い出した。

あのときは、これ以上近づくことはないと思っていたのに。

「そうだな、アンジュならどこまでも行けるだろう」

「それは違います。ジルがいるから、私はどこまでも遠くに行くことができるのですよ!」

アンジェリーナだけなら迷って、きっと立ち止まってしまうだろう。

軽く寄りかかると背後にある体温をしっかりと感じた。

あのときと違って、今はこんなすぐそばにいる。

確かめるように腰に回った腕に触れると、ほんの少しだけジルベルト様の腕に力がこもった。

「セントレア王国を出て、行き先にリゾルド=ロバルディア王国を選んでよかったと今でもそう思っています」

ジルベルト様はアンジェリーナの道しるべだ。

迷ったときもジルベルト様がいるから、折れずに真っ直ぐ進むことができる。

するとアンジェリーナの耳が彼のささやく声を拾った。

「重くないか?」

彼の言う重さとはほんの少し寄りかかる体の重みのほうか、それとも好きという気持ちのほう?

何となく後者のような気がする。気がするというか、もしそうだったらうれしい。

「望むところですよ」

どちらにしても、この重さが近くにいる証だ。

いつかと同じ言葉を重ねてアンジェリーナは袖をきゅっと握った。

ジルベルト様の安堵するような吐息が首筋にかかる。

……うう、この体勢。いまさらだけれど距離が近すぎない?

きっと彼には赤く染まる首筋が見えている。

このうるさく鳴る心臓の音が聞こえてしまわないだろうか。

「よかった、ちょっと心配していたから」

「心配ですか?」

「アンジュが好きだという、この気持ちは重くないかと」

「私もいい勝負だと思いますよ。美談にしていただきましたが一国の王太子に国を捨てさせたのです」

やっぱり、気持ちのほうか。

微笑むアンジェリーナの頭上から困惑したようなジルベルト様の声が降ってくる。

「最近、加減がよくわからないんだ。自由でいて欲しいのに、誰にも触れてほしくない」

それはジルベルト様がアンジェリーナを深く思う証拠。

ふふっと笑ったアンジェリーナは腰をつかむ腕を軽く叩いた。

「大切にしてくれてうれしいですよ。だから一人で悩まずに迷ったら今度はちゃんと相談してくださいね。私も無理やり聞き出すような真似はしたくないのです」

「ああ、そうだな」

「どっちが正解なのか、ジルが迷うときは私が道しるべですよ」

そうささやくと背後でジルベルト様がぐっと呻いた。

体温が高い……風邪かしらね?

くすくすと、アンジェリーナが小さく笑ったときだ。

緊張を孕んだ王子殿下の声が甘い空気を切り裂いた。

「止まれ!」

ジルベルト様が手綱を引くとガマロの前足が空を蹴る。彼の腕が強く体を引き寄せて、アンジェリーナは胸元で身を縮めながら思わず目を閉じた。ガマロは数歩足踏みをしてその場で止まる。

「どうした!」

すかさずジルベルト様が叫んだ。

目を開けると視線の先にはガマロから降りた王子殿下とジャミル様が並んで立っている。

「目的地まではもうすぐなんだが、この辺りに厄介な魔物が巣食っていてな。危うく罠に落ちそうになったから止めたんだ」

「厄介な魔物ですか?」

ジルベルト様に地面に降ろしてもらったアンジェリーナは魔除けの力を伸ばして砂漠の奥に潜む気配を確認した。

あー、たしかに何かいるわね。

無意識に一歩踏み出すと突然足元の砂が崩れた。

「アンジュ!」

「すみません!」

間一髪、ジルベルト様がアンジェリーナを引き寄せる。

ザザッという不穏な音がして砂はさらに滑り落ちて、大きなすり鉢状の穴が空いた。穴は側面が斜めで、しかも滑りやすい砂でできている。こんなところに落ちれば自力で這い上がることなんてできないだろう。

魔物本体に気を取られていたから罠に気づかなかった。

青ざめたアンジェリーナの視線の先には、すり鉢状の穴の底で牙をすり合わせてギチギチと顎を鳴らす虫がいた。

「アントラリオン。我が国の言葉で 捕(・) 獲(・) す(・) る(・) も(・) の(・) という意味だ。虫の魔物で土中に罠を張って獲物を捕まえる。似たような習性をもつ虫を、他国ではアリジゴクと呼ぶらしいな」