軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

終幕 ユニウム・ラグイアーナオペラの結末

女王の聖杯が稼働したのを見届けて、二日後。

今日はこれから公館に行って、魔力を充填した費用が支払われることになっていた。ちなみにセイレーンについては時間切れということにして「見つからなかった」扱いにしてもらっている。

そうしたいのだと、事前にアンジェリーナは三人に相談してあった。

「魔物でも、イグレーテのお友達を狩るわけにはいきません」

「だが結果だけ見れば、アンジェリーナを役立たずと思う人がいるかもしれない。それでもいいんだな?」

「いいのです、それでイグレーテの心が守られるのなら」

アンジェリーナは小さく笑った。

ほんの少しの時間、魔物に自由を与えただけ。精霊様もいるし、悪いことにはならないだろう。

「ああ、そうだ。精霊様と言えば」

アンジェリーナはつぶやいて、荷物を移し替えながら手に赤い実を取り出した。桃とリンゴを足して割ったような、甘い香りのする果実。アンジェリーナの手元を見たジルベルトが固まった。

「アンジュ、それは?」

「これですか? 朝起きたら窓の外に置いてあったのですよ、ご褒美ですかね!」

それだけ言ってにっこり笑うと、アンジェリーナは赤い実を鞄にしまった。

公館までの道を歩きながら、アンジェリーナはジャミルのほうを向いた。

「そういえばジャミル様、一つ厚かましいお願いがあるのですが」

アンジェリーナの顔を見て、ジャミルが表情を柔らかくする。

「厚かましいお願いの内容を当ててみせましょうか。ファハド先生に、知り合いの研究者の中からイグレーテ嬢の相談役を派遣してもらいたいという内容ではありません?」

「そうです、よくわかりましたね!」

「ケルピーは海の魔物と同じ水中に棲んでいる。同じような性質を持つ種が海にいれば、イグレーテ嬢が魔物の生態を知り、管理する助けとなるかもしれない。そう考えているのでしょう?」

「大当たりです、すごいですね!」

アンジェリーナが思わず目を丸くする。

「私は魔除けの聖女の商人です、これくらいはできて当然でしょう」

誇るようにジャミルは口角を上げた。

ーーーー

公館に到着すると、前回と同じ客間に通されてジャミルとジルベルトが担当者の差し出した契約書を確認する。

その横で、アンジェリーナはおとなしく待っていた。

しばらくすると扉が開いて、「ちょっと館内を散歩してくるな」と出て行ったアレスティオが思案する顔で戻ってくる。いつになく硬い表情に気がついて、アンジェリーナはそっとささやいた。

「アレス様、どうしました?」

「……あとで話す。ここでは誰が聞いているかわからないからな。担当者がいなくなってからだ」

確認が終わり、担当者が差し出した書類に署名が終わったところで、彼は契約書を持って部屋を出て行った。

アンジェリーナは扉が閉まるのを確認してアレスティオに視線を向ける。

「それで、散歩中に何かありました?」

「ああ、ちょっとばかり嫌な噂を耳にした」

アレスティオは苦い顔をする。

なんでも外の空気を吸おうと庭に出たところで、使用人がにぎやかに話しているのを偶然耳にしたそうだ。

「俺がいることに気がつかなかったようで、彼らは『エリティア王女が美しい声を失った』という内容を大声で話していたよ」

「え、声を失った?」

衝撃的な内容に、アンジェリーナは言葉を失った。

「正確には美しい声が、魔物のようにしゃがれた醜い声へと変わってしまったらしい。今は誰と話すこともなく、部屋に引きこもっているそうだ」

そこまで話したところで、アレスティオはなんとも言えない顔をする。

呆然として、アンジェリーナはつぶやいた。

「……どうして」

「それが原因不明らしい」

話を聞いていたジャミルが、思い出した様子でうなずいた。

「そういえば王女と最後に話したとき、声が低くて変にかすれているような気がしました。あのときは大声で叫びすぎたのだろう思っていましたが、何らかの理由で喉の状態が悪化したのかもしれませんね」

裏庭で聞いた使用人達の会話を思い出して、アレスティオは眉をひそめる。

「声による恩恵が切れたせいか、皆、言いた放題だった。『天罰』、『精霊様の呪い』、もしくは『そう思わせておいて第一王子派に薬を飲まされた』とかもあったな。好き勝手に噂をしていたが真実はどうなんだろう」

アレスティオが黙り込むと、ジルベルトやジャミルもそれぞれに思うところがあるようで同じように黙った。

アンジェリーナは最後に見たエリティアの顔を思い浮かべる。

アンジェリーナにとって、彼女はジルベルトを奪おうとするおそろしい人だった。けれど魔獣の大移動によって人生を狂わされたという意味では被害者でもある。

――――救われないまま、きっと今でも嘆いているわねセイレーンは。

イグレーテの言葉を思い出すと、なんとも言えない気持ちになる。

そのときだった。

沈黙を打ち破るように、派手な音を立てながら扉が開いた。ハッとして全員が視線を向けると、くたびれた様子のテオドーロが血相を変えて立っている。

「助けてくれ!」

「いきなり何ですか、第二王子殿下⁉︎」

「アンジェリーナ、国を出るのなら私も一緒に連れて行ってほしい!」

「は、どうしてです?」

「わからないのか。兄が帰国したら私の命があぶないからだ!」

「知りませんよ、そんなこと。なんて自分勝手な!」

不敬ど真ん中の言葉が口から飛び出たけれど、誰もアンジェリーナをとがめない。アンジェリーナを腕の中にかばうジルベルトのこめかみには青筋が立って、アレスティオはガックリと肩を落とし、呆れ顔のジャミルは深々とため息をついた。

なんと答えるか迷ったアンジェリーナは、とりあえず素直な気持ちを口にする。

「嫌です、お断りします」

「どうしてだ、何もしていない人間が不幸になってもいいのか!」

「だからですよ、何もしない人を旅に連れて行く意味があります?」

「おー、いいぞ。もっと言え!」

「アンジェリーナ、厚かましいとはこういうことを言うのですよ」

「というわけだ、帰れ」

アレスティオとジャミルがあおって、最後はジルベルトが切って捨てる。けれど命がかかっているからか、テオドーロは動かない。

ジルベルトはため息をつくと、アンジェリーナを自分の膝の上に座らせる。向かいに座るアレスティオとジャミルは顔を見合わせた。

なんでいつも膝の上、という疑問は空気を読んで呑み込んだ。

「ついでに言っておきたいことがある。万が一、テオドーロが王になれたとしても我々は国同士の付き合いをやめるだろう」

「どうして!」

「あたりまえじゃないか。だったら最初に王が我々に対して『うっかり』と言い訳したときに、なぜ止めない?」

「なぜ止めるんだ。『うっかり』は誰でもあるだろう」

ジルベルトが尋ねると、テオドーロは「わからない」という顔をする。アレスティオが頭を抱えた。

「遊んでばかりいて、勉強が足りないから王族にふさわしい振る舞いがわからない。いつも第一王子殿下に叱られていたじゃないか」

「それと、『うっかり』がどうつながる?」

心底不思議そうな顔で聞き返したテオドーロに、全員そろってため息をつく。ジルベルトは心底あきれた顔をした。

「たとえば我が国が魔獣の大移動が起きると同時に『うっかり』ラグイアーナ王国へとつながる扉を真っ先に開いたらどうする?」

「は⁉︎」

言葉に詰まったテオドーロを、アンジェリーナは追撃する。

「大変ですねー、魔獣の大移動が起きてすぐなら魔獣や魔物が元気一杯です。それがラグイアーナ王国へ真っ直ぐ突撃するのですから、どれほどの被害になるのか。でも『うっかりは誰にでもあることだから、しょうがない』ですよね!」

アンジェリーナはラグイアーナ王が言った台詞を笑顔でそのままお返しする。次にジャミルが参戦した。

「でしたら我が国も、ラグイアーナ王国限定で『うっかり』輸出品の値段が上がるでしょうね。特に需要の高い塩や水産品、武器の素材なんかはいかがでしょう。これだけ海に近いのですから自力で調達できるでしょうし、うっかりしても問題なしです」

「バカな。どれも生活必需品じゃないか、問題がありすぎるだろう!」

「おや、問題があるということはわかるのですね。意外でした」

さらっと嫌味を口にしたジャミルに、テオドーロは黙り込む。最後にアレスティオが口を開いた。

「じゃあ、我が国は『うっかり』ダイヤモンド鉱石の輸出を止めるな!」

「アレスに輸出を止める権限はないだろう、いいかげんなことを言うな!」

「いいかげんじゃない。竜王国のダイヤモンド鉱山の持ち主は俺だからな。俺がダメだと言えば間違いなく止まる」

「は、アレスが鉱山主?」

呆然とするテオドーロにアレスティオはニヤリと笑った。

「ルベルと出会ってから絶好調でな。鉱山をいくつか掘り当てたんだ。それらは国の持ち物になったが、ダイヤモンド鉱山だけは俺がもらった。ルベルが一番好きな石だからな!」

するとジルベルトが軽く目を見開いた。

「では最近見つかったダイヤモンド鉱山というのはアレスのものか」

「そうそう。だから宝飾店に伝手もあって、ラグイアーナオペラのチケットが手に入ったりするんだ!」

アレスティオがドヤ顔で胸を張る。アンジェリーナは目を丸くした。

宝石質の石が採れる鉱山は竜の住処となるような険しい場所が多い。見つけるのも大変だし、見つけても野生の竜がいれば人間が追い出される。特にダイヤモンド鉱石は硬くて磨くとピカピカだから、竜が好んで手放さないはずだ。

「ちなみに貴重なはずのダイヤモンド鉱山ですが、どうやって見つけたのです?」

「ああ、ルベルが教えてくれたんだ。『ここ掘れ』と」

「ちょっとルベル!」

アンジェリーナが勢いよく叫んで振り向くと、ルベルが秒で顔を横に向けた。察したアンジェリーナは無言でルベルに生温い視線を向ける。

……これは黒か、黒に近い灰色。

番への贔屓がすぎて、他の竜の生息域を荒らしていないか。

絶対に後でルベルを問い詰めようとアンジェリーナは心に決めた。

三人がそれぞれ思いつく「うっかり」を連発したところで、アレスティオはテオドーロに冷めた視線を向ける。

「わかるか、テオ。国を背負う王族が他国の人間がいる前で『うっかり』なんて言葉を使ってはいけないんだ。それを使った時点で、王族失格なんだよ」

「まさかこれほどとは思いませんでした。長い間、出来の悪い第二王子の婚約者として献身的に支えてきたイグレーテ嬢の苦労が察せます」

ジャミルがテオドーロに哀れむような眼差しを向ける

止めにジルベルトが言い切った。

「そういうわけで我々は第一王子殿下を推す。テオドーロが王になる目はない」

「ここで兄上がどうして出てくるんだ?」

時間をかけてジルベルトの言葉を飲み込んだテオドーロは、一気に青ざめる。

「まさか兄上と共謀したのか!」

「ようやく気がついたか」

隣から漂う冷気に、初日と同様アンジェリーナの背筋が凍りついた。ジルベルトはテオドーロに氷点下の眼差しを向ける。

「なんでもすぐ戦争というが、傷つかないで済む方法があるなら、多少遠回りでも我々はそういう道を選ぶ。国同士のいざこざがあるたびに剣を抜いていたら、人の命が失われるばかりでキリがないからな」

「な、な……!」

アンジェリーナを膝から下ろすと、身を乗り出したジルベルトはテオドーロに顔を近づける。

「アンジュに手を出すからだ。魔除けの聖女の慈悲に感謝することだな」

顔色を悪くしたテオドーロの背後で、扉が派手な音を立てて開く。

ジルベルトはニヤリと笑って扉を指した。

「というわけで、お迎えだ。二度と会うことはないと思うが元気でな」

「安心していい、テオ。第一王子殿下も悪いようにはしないと思うぞ……口先どおり、おまえが本当に何もしていないならな!」

「アレス、知っているか? 『何もしていない』という奴に限って、だいたい何かやらかしているものだ」

「いいこと言うなー、ジル。それは俺も同感だ」

真っ青な顔をしたテオドーロがおそるおそる振り向いた。そこにはこわい顔をした屈強な兵士がずらりと並んでいる。果樹園を警護していた兵士達とは違って、鍛え上げられた堂々とした姿にジルベルトが感嘆の声を上げた。

「第一王子殿下付きの兵士か。よく鍛えられている」

「客人に対してご無礼をいたしました。すぐに回収いたします」

兵士は深く礼の姿勢をとると、震えるテオドーロの肩をつかんだ。

「テオドーロ様、帰りますよ。都合が悪くなるとすぐに逃げ出すのは悪い癖です」

「は、放せ!」

「放しません。いつも言っているでしょう。後始末をする人間の苦労を考えたことがありますか?」

アンジェリーナは兵士の小言を聞いているうちにだんだんと居心地が悪くなった。そっと視線をそらすと、なぜかジルベルトがこちらを見ている。アンジェリーナと視線を合わせてからかうように笑うと、ジルベルトは兵士に視線を向けた。

「第一王子殿下は?」

「無事に王城へと帰還されました。各国のご支援に深く感謝いたします」

テオドーロは叫ぶ間も与えられず、手際よく回収されていった。扉が静かに閉じて、ジルベルトがほっと息を吐く。

「ようやく元凶が退場したな」

「なんというか……不思議な方でしたねー」

今のアンジェリーナにはそれしか言いようがない。

ジルベルトはテオドーロの消えていった扉の先を見つめた。

「ユニウム・ラグイアーナオペラの結末は第一王子による王位奪取。これにて終幕だ」