作品タイトル不明
第111話 メイヤーとディエゴ
質疑応答を終えシルヴィアの部屋を退出して、エドワードがボソリと呟いた。
「それにしても……この町の住民って気のいい人ばかりだと思っていたのに、こんなトラブルがあるんだな。その二人、恐らく結婚しないだろうし……今後、どうする気だろう」
カロージェロはエドワードのこの発言を聞いて、ちょっと呆れた顔になった。
「エドワードさんは、もう少し人の狡さや醜さを知ったほうがいいと思いますよ。騙されて捻くれたからそのような罪を背負うことになったのでしょうが、シルヴィア様やジーナさんほどに純粋無垢な人は、ほとんどいらっしゃいません。私も少年時代はこのスキルのせいでかなり悩みましたが、人とは狡さと醜さを併せ持っているものだと今では理解しています。この程度の事件は、この狭い町に閉じ込められていたときでもしょっちゅうあり、私も神官長も毎日のように懺悔を聞いておりました」
エドワードがとたんにムッとする。
言い返そうとしたら、カロージェロが手で制してきた。
「嫌みではありません。心配しているのです。――貴方もまた、純粋な方です。以前の職で実際に何が行われたのか知りませんが、貴方のその純粋な性格を利用され陥れられたのだとは察します。ですが貴方は現在、シルヴィア様の側近で参謀役です。私のことを疑っていたその気持ちを忘れず、シルヴィア様 が(・) 受け入れた住民に対しても、じゅうぶん用心してください」
カロージェロの真摯な言葉にエドワードが硬直した。
まるでエドワードが傷つくのを心配しているかのような声音だ。
……いや、実際に心配しているのだと、エドワードはわかりたくもないのにわかってしまった。
「…………わかってる。もう、人の外面に騙されるのは御免だからな」
すると、ベッファがにこやかに口添えした。
「カロージェロさん、安心してください。私もサポートでついておりますから。私は幼少時から人を騙して生きてきていまして、今後もシルヴィア様のために騙していきます。純粋な心根など欠片もありませんので、エドワードさんが誰かに騙され信じたとしても、私は決して信じず逆に相手を陥れましょう!」
「お前……笑顔でとんでもないことを言うよな……」
エドワードが引く。
カロージェロも苦笑した。
「ベッファは過去の自分を懺悔し、現在はシルヴィア様のために人を騙したとしても罪と意識しませんから。――それは貴方もでしょう? 貴方はシルヴィア様のためなら罪を感じずなんでもやってのけます。だから懺悔に来なさいと言っているんですけどね……過去の自分を許しておあげなさい」
「うっせぇわ!」
エドワードが憤り、足音荒く去っていった。
*
ディエゴは、メイヤーのところへ行った。
悩み抜いて、結局料理店は自分では続けられないという結論を出し、父と姉のいる城塞で一緒に働くという決心をしたのだ。
激怒し殴られるだろうが、どのみち続けても客は入らず、入ったとしても自分一人で店を回せない。
しかし、働くしかない。
他の料理店で働くという選択肢は、端からなかった。
自分の上につけるのは、父と姉だけ。
だから、城塞で働こう、父と姉の手助けをしようと決心したのだ。
メイヤーは困った顔でディエゴを見て、首を横に振る。
「募集要項は、十五歳より下の、貴族の料理人を目指す少年少女です。ディエゴさんは当てはまりません」
ディエゴは啞然とした後、憤った。
「素人より俺のほうが腕があるのに、どういうことだ!?」
メイヤーはディエゴをまっすぐ見て返す。
「あなたは、ガストンさんから料理店を譲られたでしょう? 募集要項は貴族の料理人を目指す少年少女であって、料理が作れる方じゃないんですよ」
ディエゴはぐっと詰まる。
「で、でも……俺は親父と姉貴とずっと料理を作ってきた。きっと二人は迎え入れてくれるし、それに、呼吸だって合わせやすい」
それを聞いたメイヤーは、真面目な顔でディエゴに迫る。
「ディエゴさん、あなたは勘違いしてます」
「勘違い?」
意味がわからず繰り返す。
「ええ。――まず、料理人の募集は城塞の側近であるエドワードさんと家令のカロージェロさんが出しています。もちろん、シルヴィア様の許可を得てです。ガストンさんとデボラさんが出しているわけではないし、二人には雇用に口を出す権限すらありません」
ディエゴは殴られたような衝撃を受けた。
代々料理店を経営していた家のディエゴには、『雇われ料理人』という感覚がなかったのだ。
雇用は料理人が出すものだと勘違いしていた。