作品タイトル不明
予言師と騎士団長 1
エレナは、狼姿のレイに思わず抱きついた。
「――――それにしても、この姿の時だけは積極的だな」
「うう、モフモフ……」
もちろん、予言の結果手に入れたフェンリルのぬいぐるみは、いつだってエレナのベッドの上にある。
けれど、その手触りを上回る極上の毛並みと、暖かさ、そして今日も香るジャスミンティーのような華やかで優しい香り。
「至高のモフモフ」
「その表現……。まあ、エレナが幸せなら、それでいいのか?」
そのまま、そっとすり寄せられる鼻先は、少し湿っていて冷たい。
エレナも、その鼻先に、そっと自分の鼻をすり寄せた。
次の瞬間、レイの姿は人間に戻って、柔らかい感触の二人の唇はそっと合わさっていた。
「……どちらにしても、ジャンと一度話をする必要があるな」
そっと離れていった唇と、切り替えるように告げられた言葉に、エレナはそっと頷く。
ハルト公爵家の婚約者として、毎日忙しく過ごすエレナは、ギルド受付嬢としても働いている。
受付嬢に扮して働くリフェルとともに……。
(――――騎士団のお仕事をしなくていいのかとリフェルさんに聞いてみたけれど、すでに魔術師ギルドは、騎士団直属の魔術師団の管轄だから問題ないなんて……)
本当にそうだろうかと、首をかしげながら、けれどあっという間に仕事を覚え、焦げ付き案件は自ら出向して処理をしていくリフェルは、ギルド嬢としての地位を確立しつつある。
そしてエレナは、ギルド受付は男性でもいいのに、どうして受付嬢の格好をしているのかという質問は、今もリフェルにできずにいる。
そして、あいかわらず、すべて並という評価のままのエレナに対し、リフェルはフィルとナンバーワン受付嬢を争うほどに成長していた。
「エレナ」
考え込んでしまうと、周囲が見えなくなってしまうのが、エレナの悪い癖だ。
顔を上げると、苦笑したレイがエレナを見下ろしていた。
「ジャンは、狼の姿から戻れなくなってから、フィル嬢の部屋にいるらしい。少し話がしたいので、迎えに行ってもらえないだろうか」
「……わかりました!」
エレナは、フィルの家へ出かけていった。
その後ろを、リフェルが当然のように追いかけていく。
「…………さて、部屋の中に侵入するなんて、正面から来ればいいと思いますが」
「……予言師は、伝えたいことがあるときに、どの場所にでも現れることができるんです。古来からそういうものなので」
あいかわらず、予言というものは、押し売りされるものなのだろう。
だが、予言師ラディルに関して言えば、いつでも、その行動はエレナの幸せを見据えているということを、すでにレイは思い知らされている。
「エレナには、聞かせたくない話のようですね?」
『――――それにしても、王立騎士団長殿は、幸せの難易度が高い。その姿をコントロールできなければ、きっと大切なものを失う』
「……それは」
『赤い狼は、自由に動いた方がいいと予言は告げていた。けれど、その行動は未知数過ぎて視えない』
新たな騒動を考えて、レイはため息を一つつくと、表情を改める。
「ラディル殿」
「エレナが傷ついたり泣いている未来なんて、なんとしてでも回避してみせる」
「異論はない。どんなことでも、してみせる」
「そうですか」
赤銅色の瞳を鋭くして、告げた予言師。その瞳が、不思議な色合いに揺らめく。
何を視たのか、ラディルは口の端を不機嫌そうに歪めた。
『幸せな未来がいいに決まっている。でも、細い分岐の先に、可愛い狼の子どもたちに囲まれたエレナの幸せそうな顔と、緩みっぱなしの騎士団長殿の顔』
「は?」
「見せつけられる俺の身にもなってほしいです」
長いため息を吐いて、レイを苦々しげに見つめた後、次の瞬間には、予言師は煙のように姿を消していた。