作品タイトル不明
銀狼とギルド受付嬢の婚約騒動 6
美しい金の瞳は、他のものが何一つ目に入らないほど、エレナのスミレ色の瞳だけを見つめている。
短く荒い息遣いは、レイが最速でここに辿り着いたことの証明だろう。
「レイ様」
「俺から逃げるなんて、許さない」
一瞬、レイが神が創り上げたとしか思えないほどの、あまりに美しい笑顔を見せた気がした。
その直後、アーノルドを支えたままのエレナに、銀色の狼が擦り寄っていた。
「これは、想定外だな。魔力が枯渇したのは、ローグウェイ殿の能力か」
ギロリと前世からの仇でも見るように、レイが冷たい視線をローグウェイに向けた。
「これは驚いた。先日、来訪頂いたリドニック卿だけではなく、ハルト公爵令息殿も先祖返りか」
「……お見せする気はなかったのだがな。しかし、ローグウェイ殿もか。……先日の時間指定が、日の出以降だったことも関係するのだな。それと、公爵令息などと呼ぶ必要はない」
ほとんどの人間が異形と表現するだろう姿のローグウェイと、言葉を喋る銀色の狼。そして、その銀の狼が守るように背にするのは、不思議な髪と瞳をした乙女。
それは、先日エレナが読んだ、古代エルディーナ語で書かれた絵本の一場面が、再現されたようだ。
その時、複数の足音が部屋の外に響き渡る。ローグウェイの表情は、あくまで穏やかだ。しかし、先ほどよりも強い光を帯びた瞳は、怪しく光っている。
「……ハルト殿の魔力は、強いな。この身がはち切れそうだ。さて、これだけ魔力を頂けば、三人ともハルト殿の屋敷まで送り届けるぐらいは、造作もない」
「止めてくださいっ! ギルド長も一緒に行きましょう?!」
「あんなに聞き分けが良かったエレナが、自分の意志をきちんと持ってくれて、嬉しいよ」
三人の足元に、先ほど消えてしまっていた魔法陣が再び浮かび上がる。
その魔法がまさに発動しようとした瞬間、ダンッと音を立てて、扉が開く。
「エレナ殿っ! 団長殿っ!」
しかし、沈鬱な雰囲気にそぐわない勢いで飛び込んできたのは、ローグウェイ侯爵家の私兵ではなかった。
そのままエレナとレイの元に走り寄ってきた、赤みを帯びた髪と瞳を持つ若い騎士が、小ぶりな赤い狼に姿を変えて二人に突撃した。
「あれっ? 今回は、ちゃんと人間の姿で来たはず?!」
「ジャン・リドニック」
「は! 団長殿!」
「考えもなく、混戦している場に、飛び込んではならないと、いつも言っているはずだが?」
シュンッと頭だけでなく尻尾まで垂れたジャンだが、彼が勢いよく飛び込んできたお陰で魔法陣は座標を見失い発動しなかった。
「……はぁ。次々、招待してもいない客が押し掛けてくる。勘弁して欲しいな」
場の緊迫していた雰囲気が、少し緩んだところで、長い金の髪を、一つに結んだ美しい騎士が、優雅な所作で部屋へと入ってくる。
「ディアルト・ローグウェイ侯爵令息殿。只今から、あなたの身柄は、王立騎士団、そしてハルト公爵家の預かりとなりました」
公文書であることを示す魔法紙に書かれた文面は、淡々と読み上げられ、文書がこちらに向けられる。そこには、第一王子の直筆のサインが記されていた。
けれど、エレナにとって予想外だったのは、むしろ、その公文書が、恐らくほとんど全ての煩雑な手続きをすっ飛ばしてこの場に用意されていることではなかった。
いつの間に着替えたのか。確かに細身で男性にしては背が低いが、目の前にいる人は、確かに不死鳥との戦いで目にしたことがある騎士の一人だ。
「リフェルさん」
「名を呼んでいただき、光栄です。エレナ様の専属、王立騎士団副団長リフェル。馳せ参じました」
レイと、ジャンから「侍女って言葉を抜かすな!」という、抗議の声が上がったが、ふんっと鼻で笑って狼姿の二人を見やったリフェルによって、軽く流されたのだった。