作品タイトル不明
遠い距離と銀の毛並み 4
パレードが通り過ぎて、妙に静かになった室内。
キュルンッと、首を軽く傾けたモフモフと同じ空間にいる。
それは、普段なら、エレナの心をこの上なく浮き立たせただろう。……普段なら。
「あの……。リドニック卿、その姿のまま街を抜けてきたんですか?」
だが、ジャンが無茶なことをしでかすという疑いが、心が浮き立つのを阻む。
「そうですよ?」
当たり前のように、ジャンは答えた。なぜ、そんなことを聞くのだと、不思議で仕方ないと言うように、首をさらに傾げながら。
「……えっと、その姿、隠したりとか」
「ああ。公では、この姿の時は、団長の愛犬という扱いになっています。貴族の集まりでは、狩猟大会も一緒に参加しますし」
自慢げに続けられた「もちろん俺たちが一位でした!」という声は聞こえず、エレナは、あのレイが、無表情のままジャンを連れて散歩に出かける姿を想像してしまう。その直後、プルプルと頭を振って、その想像を振り払った。
「どうしてここに?」
「本当は、団長は自分で魔法薬を届けに来たかったみたいですけど、流石に抜け出せないから」
「レイ様が……?」
改めて、エレナは綺麗になって、痛みのかけらもなくなった手の甲を見つめる。
「なんだか、悔しくなるくらい、いい表情だな」
「え? 何か言いました?」
赤く薄茶色の毛並みが艶やかな狼が笑う。
「なにも言ってないですよ? さて、取り敢えず、俺はこの姿のままでは、騎士団復帰は出来ないので、しばらくここに置いて下さいね!」
「……え、団長の許可は」
「大丈夫ですよ。護衛という建前ですから」
許可はもちろん、事後で得るつもりらしい。
だが、エレナが誘拐でもされたら、レイに迷惑をかけるのは目に見えている。
「と、言っても。今の団長だったら、エレナ殿が命の危機にでも陥ったら、王の眼前に控えている瞬間でも、飛んできそうですね」
「ま、まさか……」
「俺の代わりに団長と組んでいた、リフェルも、血相を変えた団長が、不死鳥からいきなり背を向けて駆け出したから、本当に肝を冷やしたって言ってましたから」
「え? レイ様は、あの時」
今さら何を? とでも言うような視線。
確かに、アーノルドが転移魔法で、この部屋に運んでくれたとギルド長は言っていたけれど、レイがエレナの元に駆けつけていたなんて。
(聞いてない……)
「ああ、聞いてなかったんですか。そのネックレス、持ち主の危機を知らせるんですよ」
エレナは、視線を下に向けた。
ネックレスは、レイの瞳のように、静かに、美しく、エレナの胸元で輝いている。
「……え? まさか、不死鳥の戦いを中断して」
なんでそんな当たり前のことを、とでも言いたそうなジャン。
でも、そんなのダメに決まっている。
「アーノルドさんが、救援信号で駆けつけてくれたのだと思っていたのに」
「まあ、それも事実ですよ。そこで、エレナ殿を助けようと駆けつけた団長を追いかけてきた不死鳥と、あの魔術師殿は、鉢合わせしたわけです」
どうも、アーノルドには、想定外の迷惑をかけていたらしい。その結果が、二人の英雄の誕生というわけだ。
カチャリッ、と予言が再び噛み合った音がしたような気がした。
予言は、たった一人の運命の行方を告げているのではない。いくつもの予言が、複雑に絡まっているのだと、エレナはその瞬間、理解した。
「リドニック卿は、予言について何か知っていますか?」
「……団長に関する予言なら、知っています」
「っ……。リドニック卿」
「でも、それは団長本人から聞くべきです」
それだけ言うと、ジャンはエレナから、視線を逸らした。話してくれる気はないようだ。
でも、これではっきりした。
エレナは、恋の予言だと告げられたけれど、それはおそらく、レイを中心にしているのだ。
それにしても、意識が遠のく。
「……戻ってきたら、…………聞かなくちゃ」
「そうですね。因みに、さっき使った魔法薬、エレナ殿の作と思われます。それにしても、よりによって気を失いますか」
「…………道理で。……だから、残っていたのね」
火傷に特効のある魔法薬の副作用は、短時間だが意識を失うことだったと、思い出した時には、エレナは既に夢の中にいた。
「あーあ、国王陛下に謁見中だろうに、エレナ殿が気を失ったら……。間違いなく団長は」
普段は周囲に、ため息をつかせてばかりのジャンも、レイのこの後の行動を想像して、ため息をつかずにはいられなかった。