作品タイトル不明
遠い距離と銀の毛並み 5
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レイが登城した時、王宮には、錚々たる顔ぶれが、揃っていた。
「レイ、良くやったな。お前は、ハルト公爵家の、誉だ」
「父上。お褒めに預かり光栄です」
たぶん、エレナが今のレイの顔を見たら、押し黙ってしまいそうだ。そしてその後に、もしかしたら半泣きで詰め寄るかもしれない。
今まで、当たり前に感情を押し殺して生きていたことに、初めてレイは気がついた。
気がつかなかった、というより、気づかないようにしていた。
幼い頃から、狼の姿になる長男を、家族は持て余していた。というより、畏怖していたし、距離を置いていた。
15になり、騎士団の入団が決まった日、別邸で暮らすことを伝えると、父と母は露骨なくらいほっとした顔を見せた。
「ところで、魔術師ギルドに借りを使ったそうだな」
「ええ、命を救われましたが」
「……まあ、起こってしまったものは仕方がない。だが、足を掬われないように、注意しろ。弱点を狙われる可能性を常に意識しておけ」
「父上……」
ハルト公爵は、どこまで把握しているのか。ハルト家の情報網を考えれば、相当なところまで掴んでいそうだと、レイは考える。
「だが、お前に告げられた予言の結末が、もしも今回のことで好転しそうなのであれば…………。なんとしてもその機会を、手放すな」
「……はい」
どうして今さら。今まで、触れることすら恐ろしげにしていたのに、急に父親の顔をして。そんな思いが、レイの胸中を過ぎる。
それでも、何故か、数日前より少しだけ素直に、受け入れられるのは、間違いなくエレナの存在のせいだろう。
お人好しで、困った人間を放っておくこともできず、自分が傷つくことを厭わない。
可愛らしく、愛しいエレナは、きっともう、レイの唯一の弱点になっている。
「王立騎士団長レイ・ハルト。上級魔術師アーノルド」
王の御前に呼び出され、膝をつく。
今回の企みも上手くいかずに、表情を変えている人間がいないか、頭を垂れる瞬間にも、冷静に周囲の気配を探る。
「やはり、予想通りか」
ほんの少しの憎悪の気配と香りをレイは見逃さなかった。
「此度の働きに報いる。なんでも、申してみよ」
欲しいものは、この場で求めても、手には入らない。レイは密かに、嘆息した。
時々、気まぐれに国王陛下が言う、何でもというのが曲者だ。
前回は、危うく従兄弟である姫君の一人と婚約させられそうになった。王家にも、秘匿し続けている狼の姿。結婚相手に隠し通すのは、不可能だ。
それに、その姿を見て受け入れてくれる人がいるなんて、つい先日まで想像すらしていなかった。
「それとも、今度こそ受けてもらえるか?」
ああ、やはり来たか。
何度も断っているにも関わらず。
心に決めた方がおりますので、そう言ってしまえれば、どんなにいいだろうか。
そもそもレイは、予言の通りなら、狼の姿を見た乙女と結ばれなければ、あとがないのだ。
その瞬間、ピシリとレイの耳に嵌め込まれたピアスにヒビが入る。
「エレナ?」
行かなくては。どうして、彼女はこんなにも短期間に何度も危機に陥る。それでもレイは、全ての感情を覆い隠して微笑んだ。
その微笑みに魅入られ、会場は音を無くす。
エレナを失えば、きっとレイは、どちらにしても生きていられない。
正直に認めろ。それが答えなのだろう。
「心に決めた方がおります。彼女との婚姻をお許し頂きたいです」
その直後、静まり返った会場は、喧騒に包まれた。公爵家長男は、頑なに婚約を拒んできた。恋人がいると言う噂すらなかった。
「……許そう」
後戻りはできない。エレナも巻き込む。
それでも、今すぐに行かなくては。
「願わくば、早速、愛しき人に赦しが得られたことを伝えたく。……退席させていただけますか?」
「そうか、許す。早く行くが良い」
「御心に感謝いたします」
おそらく、聡明な義理の兄は、レイが置かれた状況を把握したのだろう。レイを解放するという、選択をしたようだ。
長年、王家すら凌駕する勢いで成長してきた派閥の混乱と解体は、義理兄にとって、都合が良いことなのかもしれない。
そんな思惑を知りながらも、許しが得られたのなら、レイが向かう場所は一つしかない。
会場を通り抜けた瞬間に、レイは走り出す。
この時ばかりは、自分が魔術師でないことに、苛立ちを覚えた。
「エレナ!」
狼の姿を見てしまった乙女であるエレナを得られなければ、死を迎えるしかないというのが、レイの予言に定められた運命。
真実の愛があるのだと、知ってしまった今、その運命に飛び込むことに、ほんの少しのためらいも、レイにはなかった。
人間の足では、出ない速度を求めて、その姿は銀の狼へと変わる。
銀色に輝く流れ星のように、レイは暗くなり始めた王都を、ただ駆け抜けていった。