作品タイトル不明
恋と運命と予言 3
中央には、何人でも座れそうな、古代の魔道具と同じ特徴を持った装飾がなされた椅子と円卓がある。ここで、会議が行われることも、あるのだろうか。
その先の一つに陣取ると、エレナは円卓に数十冊の本を積み上げた。
「これを一度に読むのか?」
「ええ……」
スミレ色の瞳が、青く沈んだように見えて、レイはその変化に思わず息をつめる。
そのまま、いつもの快活さを潜めて、無言のままエレナは本に没頭し始める。
「……この集中力を持っている人間が、全てが並のはずもないな」
おそらく、レイが下した評価は、間違ってはいない。レイがまだ二十代半ばなのだとしても、人の上に立つものとしての見る目はあるつもりだ。
「だとすれば、やはり誰かが故意にエレナのことを隠そうとしている線が濃厚か」
それに、明らかにエレナが告げたのは、真実の一端でしかない。おそらく、エレナの知っている予言は、レイにも関係があるのだろう。
「予言など、忌々しいが……」
エレナの読書速度は、常軌を逸している。
そして、多言語に精通しているのが、間違いない。次にエレナが手に取ったのは、習得しているものが少ない、古代エルディーナ語で書かれた神話だった。
ここにあるほとんどの書に、すでに目を通しているレイですら、難解なその書だけは、あらすじをようやく理解できた程度で、十分読み解くことができたとはいえない。
期待などせずに、ただ生き延びてきたのに。
これでは、思わず期待をしてしまいそうになる。
初めて、白銀の姿を見せてしまった乙女に。
信頼という言葉で、この気持ちを表現したが、これが騎士団の部下たちや、屋敷の使用人たち、そして数少ない友人、その誰にも感じたことのない気持ちであることを、認める気にはなれなかった。
レイの姿が、銀の狼になることで、恐れるような、蔑むような眼で、いつもこちらを見ていた家族。
人ならざる者の血を引いているからこそレイの姿は狼に変わる。それは何よりも王家の血を強く引いていることの証明でありながら、畏怖と恐怖と嫌悪の対象でもあった。
「――――予言なんて知って、どうしようというんだ。エレナは……。予言は、決して変わることなんて、ないのに」
それでも、魔道具の明かりをその瞳に柔らかく映しながら、見たこともないくらい真剣な表情で、次々とページをめくっていくエレナの姿は、神聖なものにすら見えた。
欲しい。生きたい。巻き込みたくない。
レイの心の中に渦巻くのは、美しい感情ばかりではなく、濁流のように濁っているようだった。
「そばにいて欲しいなんて」
響くことすらない、レイの言葉は、まだエレナには届かない。
そうだとしても、その希望から、レイは目を逸らすことなど、できなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
それから、何時間が経っただろうか。
まったく飽きることもなく、エレナの姿を眺めていたレイは、ようやく重い腰を上げた。
本を読む集中力は素晴らしいが、このままではエレナは寝食を忘れてしまいそうだ。
それに、古代エルディーナ語で書かれた本を読み始めた瞬間から、エレナの髪の毛がほのかに光を帯びて、魔力がその周囲に流れ始めたことがレイにもはっきりと感じられた。
「集中しているから、そっとしておこうと思ったが、このままでは魔力が枯渇しそうだな。――――エレナ。そろそろ、昼食にしないか」
「――――レイ様と私の予言の特異点」
「は?」
エレナは、レイに声をかけられたことに気が付いていない。それどころか、ここがどこなのかも、レイがここにいることすら、認識してないように、読み進めた書から得た知識を口に出す。
その言葉自体が、予言のようにさえ思える。
しかし、特異点とは一体何なのか、レイには理解できなかった
「レイ様に絡まった予言……」
「俺に?」
焦点が合わないまま、エレナがレイの瞳を覗き込んだ。
エレナの瞳の色が、恐ろしいほどに美しくて、その瞳には魔力が宿って神聖な雰囲気を醸し出す。それなのに、誰もその瞳に映していないことが切なくて、思わずレイは、その華奢な肩を強く抱きしめていた。
プツンと魔力の流れが途切れ、華奢な肩が小さく揺れる。
その事に、レイは心底ほっとして、抱きしめる力を弱めた。
パチリと閉じて開いた長いまつ毛に彩られる瞼。
「――――あ、あれ? 私……」
「俺を見て欲しい……。エレナ嬢」
「は、はい? 確かに、見えてますよ? 目を逸らしても視界に映ってしまいそうなほど、近いですね」
その瞬間、エレナの瞳の中に、たしかに不安に揺れた金色の瞳が映り込む。
エレナにだけは、真っすぐ見つめて欲しいのだと、レイは認めるしかなかった。
「弱ったな……」
「えっ、何がです? あ、まさか……かなり時間が経ってしまいましたか?」
横を向けば、ほとんどの本が読み終わって、反対側に積み上げられていた。
残っているのは、銀の狼が描かれた、絵本だけ。
「レイ様……」
(どうしよう。確実に、先日告げられた予言は本物だ。だって、物語と同じ内容としか、思えないもの)
ほとんどの予言に関する物語は、どれも似たようなものばかりだった。
人生のすべてを失いかけた、あるいは、ほんの少しの魔が差した瞬間、予言は告げられる。
その結果が、ハッピーエンドなのか、悲しい結末なのかは、物語によって違ったにしても。
予言は、真っすぐな人生を歩んでいくものに与えられることはない。
だから、予言師は荒波ばかりの運命だと言ったのだ。
ただ一冊、古代エルディーナ語で書かれた本は、ほかの本とは違っていた。
予言は、覆らない絶対であるとする、ほかの本と趣が異なっていた。
古代エルディーナ語を知っているだけでは、その本の意味を理解することはできない。
おそらく普通に読めば、予言に翻弄された男女が恋を叶えるまでの物語なのだから。
でも、この本には、特別な点があった。
それは、予言が真実になっていく瞬間が、克明に記されていることだ。
いくつかの特異点を経て、予言は真実になる。
(多分、私とレイ様の予言が交わったのは、私が解毒の魔法薬を作って、騎士たちに届けたあの時)
銀の狼の姿が、瞼の裏にありありと浮かぶ。
(愛しい私の……私の)
「エレナ!」
「っ……。レイ様」
「囚われるな。今目の前に映っているのは」
(それは、モフモフが愛しいレイ様です。なぜかとても、私のことを心配そうに見ています)
抱きしめられたままだったことに、気が付いたエレナが、潤んだ瞳でレイのことを見上げた。
「食事にしよう? エレナが体を壊してしまったら、恩を返すどころではなくなってしまう」
「はい。レイ様こそ、ずっと見ていたんですか?」
「ああ、だから、今度は俺のことも見るように」
切なげな瞳を切り替えることができないまま、レイがエレナが立ち上がりやすいように手を差し伸べる。その手をつかんだ瞬間、エレナは、絶対にレイを予言が絡まる運命から救うと決めた。