作品タイトル不明
527.だから言ったのに
「じゃあ、預かっていきますね」
「夜にはある程度の感触がわかると思うから」
「ありがとう。頼んだ」
エルザとイーナがマーガレット印の炭酸水を引き取っていった。
既に店に運ばせておいた、無印の大量の炭酸水とともに、これから色々と売り込みをかけてくれる事になってる。
これが売れるかどうか――それによって今後の方針が変わる。
とはいえ、一つの成果を出したんだ、後はじっとその結果を待つだけ。
「ありがとう、マーガレット」
「わたくし、お役に立てましたか?」
「ああ、すっごく。本当にありがとう」
重ねてお礼を言うと、マーガレットは花が咲いたかのように微笑んだ。
可憐な姫の、可憐な微笑み。
……人気な訳だ。
そのマーガレットにすっかり懐いたのか、バナジウムは彼女のそばにいて、ニコニコしている。
バナジウムがここまで至ったいきさつを考えると、懐いてる人間が一人でも多く、少しでも長くそばにいた方がいいよな。
「上でお茶をだすよ。エミリーもそろそろ戻ってくる、ごちそうさせてくれ」
「はい」
微笑んだまま頷き、歩き出す俺についてくるマーガレット。
彼女とバナジウムを引き連れて、地下一階――住み慣れた屋敷に戻ってくる。
そのまま彼女を通して、俺はキッチンへ向かった。
道具とティーカップ、そして茶葉を見つけて、紅茶を淹れる。
「まいったな……」
俺は微苦笑した。
使ってる物はキッチンにあるものだから、いつも飲んでいるもので間違いはない。
だけど、入れた瞬間分かる。
これは、なんかちがう、って。
エミリーが作ってくれた料理、入れてくれたお茶。
それはいつも一口飲むだけで――いや、目の前にあって匂いを嗅ぐだけで、幸せになれるものだ。
それに比べれば、俺が今入れたのは泥水も良いところだ。
「いやいや、うん、まあ。普通だから」
エミリーがすごすぎてついつい自分のを泥水に感じてしまったが、落ち着いて味見したら別に普通だった。
俺は別に料理が上手いわけでも、下手な訳でもない。
お茶とか、エキセントリックな失敗をするわけでもないし、異次元物質を作り出せるわけでもない。
別に、普通だ。
ただ、エミリーがすごすぎるだけだ。
「それをいうと、本人はキョトンとするんだよな」
クスリと笑いながら、トレイにティーカップを乗せて、サロンに戻る。
サロンの中では、マーガレットとバナジウムがにこにこと向き合っていた。
「楽しそうだな。何を話してたんだ?」
「いいえ、何も」
「何も?」
「はい。二人でニコニコしていただけです」
「……(にこっ)」
なるほど。
それは、むしろよかったのかもしれない。
俺だと普通に色々話したがるが、バナジウム相手だと、一緒にいるだけ、というのもいいかもしれない。
俺は入れた紅茶をマーガレットに振る舞い、雑談をする。
「最近はまだ、空気箱とか作ってるのか?」
「ええ。ニホニウム様のところで」
「あれって売れるのか?」
「多分。いつも足りない、って言われてしまいますから」
「プレミアがついちゃってそうだな」
それなら炭酸水もきっといけるだろう。
彼女のファンが、収集目的に買い占めてきたらちょっと困るけど。
まあ、大丈夫だろう。
ちょっと想像したくない絵面だが、「見る」だけじゃなくて「食べたい」って人もいるだろうし。
そういう人たちから広まっていけば。
「あらためてありがとう、それとわるいな。マーガレットが積み上げてきた名前だけを借りるような感じに」
「いいえ。リョータ様のお役に立てて嬉しいですわ。ただ」
「ただ?」
「どうしてリョータ様がなさらないのかな、とは思いました」
「俺が?」
「はい、リョータ様の方がきっと売れますわ」
「あはは、ありがとう」
さすがにそれで舞い上がるほど、子供じゃない。
特にマーガレットは俺に好意のようなものを持っているみたいだから、ひいき目が入ってるんだろう。
とは言え。
「ありがとう、そう言ってもらえるのは嬉しい」
俺がそう言って、マーガレットがさらに何か言おうとして、口をひらきかけた、その時。
「リョ、リョータさん」
パッと振り向くと、エルザがサロンの入り口のところで膝に手をついて、息を切らせていた。
「た、大変です!」
「どうしたんだ? エルザ」
「足りません」
「なにが?」
「炭酸水が、全然たりません!」
「おー……さすがマーガレット。このわずかな間ではけてしまったか」
「違うんです」
「え?」
「マーガレットさんのも瞬殺ですけど、そうじゃないんです」
エルザは唾を飲み込んで、まっすぐとこっちに向かってきて。
「リョータさんが見つけた新しい製品ってわかると、一瞬で全部売り切れたんです」
「……え?」
「それって……」
「ですから、申し上げましたのに」
マーガレットは、ちょっぴりどや顔をしていた。