作品タイトル不明
506.先物買い
夜、縁側部屋。
バナジウムの力で、満月に風鈴という最高の晩酌ロケーションの中、俺はイーナと二人っきりで顔をつきあわせていた。
そのイーナは、普段の飄々とした表情ではなく、かなり真剣な眼差しで俺を見つめて言った。
「赤字です」
「ぐはっ!」
イーナに突きつけられた現実。
分かっていた事とはいえ、こうやってはっきり言われると大分 ク(、) るものがあるな。
「どう計算をしても、ううん、計算するまでもなく、リョータさんの収支は赤字です。残高はまだまだ残ってますがとにかく赤です」
「計算するまでもないレベルっすか……」
思いっきり低姿勢な敬語になってしまう。
「はい、計算するまでもありません。ぶっちゃけますね、背負い込みすぎです」
「ぐふっ!」
「リョータさんが今背負い込んでるものをリストアップする方が難しいです。そのどれもお金がかかってしまうものばかり」
「えっと……」
「その最たるものがこのバナジウムダンジョンの賃料です」
「うん、そうだよね」
それは良くも悪くも事実だ。
バナジウムダンジョンを、他の人間から遠ざけるために、俺は年間十五億という金額を払って借り切った。
稼げるようになったとはいえ、十五億の――しかも年間という支出は決して軽いものじゃない。
「やっぱりみんなで分担した方が――」
「それはだめ」
俺はきっぱりと言い切った。
「イーナの言いたい事は分かる、でもそれは絶対にだめ」
「絶対に?」
そこまで言いきるの? って顔をされた。
「うん、絶対に。バナジウムは『俺』を信頼してる」
俺は部屋の中を見回して、他に誰もいないことを確認してから、声のトーンを低くしながらいった。
「依存してる、って言った方がいいかもしれない。俺が全部払ってるって事に意味があるんだ」
「でも……」
「バナジウムは喋らない、でも、そういう子だからこそ繊細で、鋭敏なんだ。この金を俺だけじゃなくて、みんなが出し合っているって分かると絶対によくない」
「……分かりました、じゃあそれはもういいません。まったく……」
イーナはそう言って、しょうがなさそうに微笑んだ。
とりあえずは納得してくれたということだろう。
「つまりはお金の事です。アウルムから金塊を出してもらうのは? 彼女なら喜んで出しますよ」
「それもダメだ」
「どうしてですか?」
「いま、アウルムが外を見たいというのを叶えるために、アウルムダンジョンは九時五時にしてる」
「はい、もう二年くらい? そうしてますよね」
「それに対して不満もなくやれてるのは、俺から黄金の換金がないからなんだ。最初の頃はもらってたけど、最近はもう、ドロップの砂金追加ドロップもやめてもらった」
「どうしてですか?」
「イーナならわかると思うけど、大口の冒険者が何を売ったのかはほぼ公開されてるようなものだろ」
「はい」
頷くイーナ。
それは、かつて元の世界にもあった長者番付に似たものだ。
トップ層の冒険者の金の動き、それにからむドロップの内訳はものすごいレベルで透明化――悪くいえばばらされている。
「俺がアウルムから大量の黄金をもらってるってなると、金の為にアウルムをひとりじめにしてるってなりかねない。今の九時五時に支障がでる」
「絶望的って事ですね」
「ああ、俺がテルルをメインで稼いでいるのもそれが原因だ。今後テルルがここに加わるような事があれば、メインの狩り場を別にしないといけないな」
「まったく……」
イーナはため息をついた。
しかし何故か、その苦笑いはますます嬉しそうに見えた。
「じゃあ、稼いで下さい。収支は真っ赤っかですから」
「そうだな、それが一番だな。月末だし次の決済とか引き落としまで時間が無いな。一時的にでも残業するしかないか」
「それは私達に任せて下さい」
「任せる?」
どういう事? という顔でイーナをみる。
「先払いします。一ヶ月後にこれだけ納入して下さい。その分の金額を先払いします」
イーナは用意していたのか、紙を一枚差し出した。
その紙には、俺の主戦場、テルルでドロップする品物のリストが書かれていた。
どれもトン――いや十トン百トンという単位だった。
30日間ダンジョンにこもれば普通に稼げる量だ。
「一ヶ月くらいの分だ」
「そうです。リョータさんの信用なら、この数のノルマで先払い出来ます。これは正当な商取引で――『金のなる木』が安定して仕入れる事ができるので双方にメリットがある取引です」
「そっか。ありがとう、気持ちに甘えさせてもらうよ」
「ですから対等な……もう」
イーナはまたまた、嬉しそうにもみえる苦笑いをした。
「それじゃ、明日になったら口座に一億ピロ前払いしておきますね」
「ありがとう」
「これからもごひいきに」
イーナはそう言って、ウインクを飛ばして、縁側部屋から出て行った。
仲間に恵まれたなぁ……。
その仲間に心配されないために、ちゃんと働かないとな。