軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

137.忠犬ケルベロス

雨がやんだあとの夜、シクロの街。ビールが美味しい酒場、ビラディエーチ。

リョータ・ファミリー総出でここにやってきた。

広い酒場の中で、一番奥の席にしてもらって、俺とエミリー、セレストとイヴ、そしてアリスの五人が椅子に座っていた。

そのすぐ隣でケルベロスが上半身を立てた座り方をしていて、獰猛そうな顔で酒場全体を睥睨している。

俺たちが飲み食いしている中、ケルベロスが番犬そのものの役割を果たしている。

「おい、あれってサーベラスだろ?」

「地獄の番犬じゃねえか。っておい、あのちっちゃい子からものを食べたぞ」

「ちっちゃいってお前、エミリーさんを知らないとかモグリか」

酒場全体がこっちを注目して、あれこれ言い合っている。

注文した料理とビールが運ばれてくる、エプロンと頭巾を着けた看板娘が近づいた途端、ケルベロスが立ち上がった。

人間よりも大きい犬、牙を剥き出しにして見下ろす形になる。

看板娘はガクガク震えた。

「ケルベロス、その人はここの店員だから大丈夫だ」

俺がいうと、ケルベロスは再び座った。

ホッとした看板娘が料理をテーブルの上に置く。

「悪かったね脅かして。もう大丈夫だから」

「そ、そうなんですか?」

「ああ、ほら」

まだちょっと怯える看板娘にむかって横をさす。

アリスが持ってきたばかりの料理をケルベロスの前に置いた。

尻尾を思いっきり揺らして笑顔でアリスの手から料理を食べているケルベロスは、図体こそでかいが完全に犬だった。

「うちのワンコは聞き分けがいいんだ。その分敵には容赦ないけど敵じゃないって言えばわかってくれる」

「そ、そうですね。大きいけどわんちゃんですね」

「触ってみるですか?」

「え?」

エミリーの提案に驚く看板娘。

「うさぎにニンジン料理オマケしたら、触らせてあげる」

「大丈夫なんですか?」

「ケル、こっち来なさい」

セレストが言うと、ケルベロスは言われた通り隣にやってきた。

そのまま頭を撫でつつ流れる動きで伏せさせる。

「どうぞ」

「じゃ、じゃあ」

おそるおそる、って感じでケルベロスを撫でる看板娘。

ケルベロスはそのままさせた、主人の――リョータファミリーの命令に従って看板娘に撫でさせた。

それでまたまわりがざわつく。

「すげえ従順だ」

「地獄の番犬をあそこまで飼い慣らすとは、リョータファミリー恐るべき」

「ふ、ふん。別にたいしたことないね、あんなのサーベラスの第一形態だし」

「声が震えてるぞおまえ」

「それに従順な番犬ってのがいちばん恐ろしいんだ。飼い主の命令以外何も聞かないから容赦が無いんだよ」

聞こえてくるひそひそ話に俺は満足して、仲間たちともアイコンタクトをしてうなずき合った。

一家総出でここに来たのはケルベロスをアピールするためだ。

ケルベロスはサーベラスというモンスターのハグレモノ、首輪をつけてるとは言え何かの間違いで倒されないとも限らない。

こうして酒場に連れてきて、「飼い犬」として完璧なのだとアピールするのが今日の目的だ。

そして、こっちに都合のいいことが更におきた。

「震えてねえよ声!」

「震えてただろうが」

「ねえって言ってんだろうが」

「ああん?」

離れたところで喧嘩が勃発した。

男の一人がテーブルをひっくり返したと思ったら、相手の男がそのテーブルを蹴り飛ばした。

蹴られたテーブルがこっちに飛んできた。

まっすぐ飛んできたテーブルを、ケルベロスがかみ砕いた。

俺に飛んでくるテーブルの前に割り込んで、でっかい口をあけてかみ砕いたのだ。

八人がけのテーブルが一瞬にして粉々にされた。

「ぐるるるるる……」

ケルベロスが低いうなり声を上げた、主の敵はどこだ、ってまたしても獰猛な顔に戻った。

予定にないハプニング、しかしナイスだ。

まわりは静まりかえった、地獄の改めリョータ一家の番犬に圧倒される。

「大丈夫だケルベロス、今のは事故だ。敵はいない」

俺が静かに言うと、ケルベロスは唸るのもやめて、再び伏せて看板娘が撫でやすいポーズをした。

「すごいな……本当に飼い慣らして命令聞かせてる」

「それよりもあれ見ろ、やったメシ喰ってないだろあの犬」

「ホントだ。それがどうしたんだ?」

「犬ってのは家の中で格付けをする生き物でな、家長が食べる前に自分も食べないんだよ」

「家長って……あっ」

ひそひそ話と共に俺に視線が集中した。

都合がよかった、俺は運ばれてきた料理に口をつけた。

俺が食べたあと、赦しを得たようにケルベロスも食べ始めた。

それで更に歓声が上がった。

「すげえリョータファミリ-」

「毎回毎回驚かせる、リョータ・サトウ」

「恐ろしい男だ……あの一家と敵対するような事だけはやめよう」

「ああ、俺も知りあいによーく言い聞かせとくぜ」

まわりのひそひそ話を聞いて、ケルベロスが完全に俺の飼い犬として認識され、この後噂話も広がりそうで、今日ここに来た目的は完全に果たされた、と満足した。

家に帰って、自分の部屋でくつろぐ。

今日も一日いろんな事があったな、とそろそろ寝ようとしたとき。

ドアがトントン、と叩かれた。

妙にぎこちない叩き方だな。

「誰だ」

「ぼくだよご主人様」

「ケルベロスか」

俺は立ち上がってドアを開けた。廊下にケルベロスが座っていた。

ハチ公像のようにまるっきり忠犬の座り方をしているが、図体がでかい分やはり威圧感がある。

「どうした、部屋が気に入らなかったか?」

「ううん! そんなことない! ありがとうご主人様。まさかお部屋までもらえるなんて思わなかった」

「そうか。……ふむ。人間の部屋だと出入りも上手く行かないだろ」

さっきのノックといい、屋敷の空いている部屋をケルベロスに与えたけど、使いやすいとは思えない。

「あした業者を呼んで住みやすいように改造してやる」

「そんな! 大丈夫ですよぼく、天井のあるお部屋だけで死ぬくらい幸せですから」

「その台詞は一週間後にまた聞く。エミリーがいるんだ、今以上の幸せがまだまだ残ってるぞ」

「……ありがとうございます、ご主人様」

ケルベロスは低く伏せて、俺を下から見上げる様にした。

「ご主人様に拾われて幸せです、温かいご飯と温かい部屋で寝れるなんて夢にも思いませんでした」

「そうか」

「だから、本当にありがとう、ご主人様!」

そう話すケルベロスの顔が幸せそうで。

ゴミや残飯をあさる事を強いられていたハグレモノがそんな顔を出来る様になっただけで、俺は満足したのだった。