作品タイトル不明
ホッとできるひととき
その後、エーリク様と紅茶を囲み、十日前から熟成させていたパウンドケーキをいただく。
紅茶は香り高く、パウンドケーキはしっとりしていてドライフルーツの甘さが生地にしみしみだった。
どちらもおいしくって、幸せな時間を過ごす。
「ここ最近、バタバタしていたが、久方ぶりにゆっくりできた」
「その辺のスケジュールも、わたくしが管理できたらよかったのですが」
「いや、今はイレギュラーで動いているからな、仕方がない」
朝、ゆっくりしている時間がないというので、朝食と昼食、二食分のお弁当を作って送り出していたのだ。
今日は久しぶりに、一緒に朝食を食べることができたわけである。
「こうしてゼラと共に過ごしていると、不思議と心が穏やかになる」
「わたくしもです!」
家族とですら、こんな気持ちになった覚えなどなかったのかもしれない。
「幼少期は聖教会の教えを習ったり、聖魔法の訓練に明け暮れたりとのんびり過ごす暇もなく、十歳の頃から十年間は神学校で寮生活を送っていて、そのあとすぐにメクレンブルク大公家に嫁ぎましたので、忙しない日々を過ごしていたように思います」
両親は典型的な子育てを乳母任せにする人達で、姉妹はいてもライバルみたいなバチバチの関係性だった。
神学校に入ってからは規則正しい暮らしを行い、節制する日々だったのだ。
「ルーベン様は結婚前から体を悪くされていて、辛い闘病生活に付き添うことしかできず……」
シモンとの結婚生活は語ることもないくらい空っぽの日々だった。
「居候の身で、居心地よく過ごさせていただいているなんて、図々しいお話かもしれませんが」
「そんなことはない。というか、この家を居心地よくしているのはゼラだ」
「わたくしが、ですか?」
「ああ、他人がいて気にならないのは生まれて初めてだった」
エーリク様はお兄様と骨肉の後継者争いをしていたという話を聞いていた。
信頼できる相手も、魔法の師匠である王太子殿下しかいなかったのだ。
「そのような状況で、よくわたくしを招き入れてくださいましたね」
「ゼラのことは、よく知っていたからな」
「議会でやりあう相手として、ですか?」
「それもあるが、〝メクレンブルク大公家の聖嫁〟の噂は耳に届いていた」
「そ、それは、その、誇張されたものが、エーリク様のお耳に入っていたと思われます」
「謙遜するな。共に暮らすようになって、噂に違わぬ人物だと思っていたからな」
そこまで言われると、なんだか照れてしまう。
「ギーゼラ」
「はい!」
いつもは〝ゼラ〟なのに、〝ギーゼラ〟と初めて呼ばれたので、背筋がピンと伸びてしまう。
「お願いがあるのだが」
「なんなりとお申し付けくださいませ」
「そういうのは、聞いてから言うものだ」
「大丈夫ですわ、エーリク様のことは信頼しておりますもの!」
常日頃から、恩返しをしたいと思っていたのだ。
お願いごとはなんでも聞くつもりである、と答えると、エーリク様から「本当だな?」と聞き返されてしまった。
「わたくし、神の名に誓って嘘は言いません!」
「ならば、聖教会の問題が解決したあとも、ここに、僕の傍にいてほしい、と言ったら?」
「それは」
秘書としてこの先も雇ってくれるという意味なのか。
それとも――。
「お前は優秀だからな」
その言葉を聞いて、秘書として望まれているのだと理解する。
てっきり違う意味で〝ここにいてほしい〟と言ってくれたのかと思ったのだ。
危うく恥をかくところだった。
額から汗がぶわっと浮かび、頬も火照っているようだ。
エーリク様がいてもいいと言うのであれば、ずっとこのお屋敷で過ごしたい。
けれども結婚したら?
お相手のお方はいい気持ちにならないのでは、と思ってしまう。
私もエーリク様が誰かと結婚することについて考えたら、なんだか胸がモヤモヤしてしまうのだ。
ここははっきり答えないほうがいいのでは、と思ったが――。
「どうした?」
心配そうに顔を覗き込まれ、よく考えもせずに答えてしまった。
「いえ、お望みいただけるのであれば、わたくしはずっとここにおりますので!」
「ありがとう」
エーリク様は迷子の子どもが親を見つけたときのような、酷く安堵した表情を見せる。
私の選択は間違っていなかったのだ、と思ったのだった。